中小製造業の内製DXシリーズ ── 記事一覧

受注生産・多品種少量の中小製造業で、社内SEとして内製DXに取り組んできた経験をもとに書いた記事シリーズです。高額なパッケージ導入ではなく、自社の業務を理解した上で、身の丈に合った仕組みを内製で作るという考え方を軸にしています。


品質管理

品質管理をデータ管理の視点から捉えた記事です。

考え方

社内SEとして10年働く中で辿り着いた、仕事の進め方や知識との付き合い方についての記事です。

著者について

神奈川県小田原市を拠点に活動。中小製造業(受注生産・多品種少量)で生産管理を10年、社内SEを10年。副業で大手テック系企業の広報チームに参画し、日経系・IT専門メディアへのメディアアプローチやプレスリリース対応を担当した経験もある。現場の業務を理解した上で、今ある商売の中からデータを見えるようにし、課題を見つけて改善する——というスタイルで内製DXに取り組んでいます。

商売を大きく変える提案ではなく、今の業務の延長線上で、原価・納期・在庫などの数字を見える形にして、そこから改善を積み上げていく。数十人規模の製造業に必要なのは「あるべき姿」の提案ではなく、今あるデータから何が見えるかを起点にした、実装まで一貫してできる人間だと考えています。

このシリーズは、高額なパッケージやコンサルに頼らず、身の丈に合った仕組みを自分たちで作るための考え方と具体的な方法を共有するために書いています。

お仕事のご相談

数十人〜百人規模の中小製造業(受注生産・多品種少量)を対象に、月額定額の相談サポートをお受けしています。

「社内にいないタイプの知識を持った、気軽に相談できる人が欲しい」という会社向けのサービスです。原価・納期・在庫の見える化、Excel・VBAの整理、内製ツールの設計、ツール選定の相談など、業務とITの両面から対応します。

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中小製造業とAI ── 人間の「計算する力」が超えられたとき、何が残るか

人間の中にある二つの力

以前の記事で「AIはインフラになる」と書いた。具体的な未来予測はどうでもいい、構えを取っておけばいい、と。

AIの具体的な未来予測はどうでもいい ── それでも中小製造業が今から触るべき理由

ただ最近、もう少し根本的なことを考えるようになった。AIが進化した先に、人間には何が残るのか。中小製造業の話をいったん離れて、もっと大きな枠で考えてみたい。

人間には、大きく分けて二つの力があると思っている。

一つは 「計算する力」。データを分析する、最適解を出す、効率よく処理する。もう一つは 「不確実に飛び込む力」。まだ結果がわからないことに対して、「それでもやる」と決める力。希望と呼んでもいいし、意志と呼んでもいい。

この二つは別々のものに見えるが、人間の中では一体になって動いてきた。データを見て「いけそうだ」と計算し、でも最終的には確証のないまま「やろう」と決める。計算と飛び込みが交互に回ることで、人間はここまで来た。

計算する力だけが外部化された

ここ数百年で起きたことを振り返ると、面白い非対称がある。

そろばん、計算機、コンピュータ、そしてAI。人間の「計算する力」は道具として外部化され、どんどん磨かれ、ついに人間を超えた。コードレビューも、レポート作成も、最適な判断も、文脈さえあればAIのほうが速くて正確に出せる時代になりつつある。

一方で、「不確実に飛び込む力」は一度も外部化されていない。数値化できないし、最適化の対象にもならない。だから道具にできなかった。数百年間、ずっと人間の中に残ったままになっている。

つまりAIは、人間の半分——計算する側——だけが独立して進化したものだと言える。AIが人間を超えたように見えるが、超えたのは半分だけだ。

超えられた側はもう価値にならない

ここに逆転がある。

計算する力が人間を超えた瞬間、その力は人間の価値ではなくなる。正確なデータ分析、効率的な処理、ミスのないレポート作成。どれもAIのほうがうまくやれるなら、人間がそれをやる理由は薄れていく。

残るのは、AIが持てない側。不確実に飛び込む力のほうが、人間の本質的な価値として浮かび上がってくる。

ここで言う「飛び込む力」は、無謀に突っ込むことではない。 「確率では計算できないものに向かう力」 と言い換えたほうが正確かもしれない。

AIは過去のデータから確率的に未来を予測できる。精度も上がり続ける。しかし「こうなってほしい」という希望は持てない。「まだ誰も成功していないが、やるべきだ」という意志は生成できない。データに基づく正しい回答は出せても、 「前例がないからこそやる」 という判断は出てこない。

AIに「誰もやったことがないことをやりたい」と相談したら、たぶんこう返ってくる。「成功事例がありません。リスクが高いです。代替案を検討しましょう」。データに基づく正しい助言だ。でもそれに従っていたら、世の中の大半のイノベーションは生まれていなかった。

社会は「計算する人間」を前提に作られている

問題は、ほとんどの仕事が「計算する力」の側で成り立っていることだ。正確に処理する、効率よく回す、ミスなく仕上げる。会社で評価される能力の大半はそちら側にある。

計算する力が人間の価値でなくなったとき、多くの人は自分の足場を失うことになる。

中小製造業に引きつけると、この話はもっと具体的に見える。以前の記事で、バックオフィスの定型業務がAIの影響を最も受けると書いた。

中小製造業とAI ── 現場は残り、事務が変わる

伝票入力、データ転記、請求書処理。こうした業務は「計算する力」で回っている仕事そのものだ。判断はほぼ不要で、ルールに従って正確に処理することが求められる。AIどころか、今の技術でもかなり自動化できる領域にある。

飛び込む力だけでは足りない

では「計算する力」はもう不要かというと、そう単純でもない。

不確実に飛び込むためには、 飛び込む方向を見定める目 が必要になる。基盤がなければ「どこが未知なのか」すらわからない。「AIがあるから勉強しなくていい」は最も危険な結論だと思う。

製造現場でベテランが機械の音を聞いて「今日は調子が悪い」とわかるのは、何千時間もその音を聞いてきたからだ。プログラミングでも、何年もコードを書いてきた人がバグを見たときの「なんかここ気持ち悪い」という嗅覚は、説明しろと言われてもできない。一つの分野に深く打ち込んで初めて養われる感覚がある。

以前の記事で「身体性、コンテキスト、構造化能力」という3つの能力を挙げた。

中小製造業の内製DX ── AIに代替されない能力は現場でしか身につかない

あの記事で書いた「身体性」や「コンテキストの蓄積」は、今回の話で言えば 基礎を積み上げた先にしか見えない直感 のことだ。言語化は難しいが、一つの分野に何年も浸かった人間だけが持てる感覚。AIにセンサーデータを分析させれば異常検知はできる。でも「この異常は放っていい、この異常はまずい」の判断は、現場を知っている人間の直感でしか下せない。

飛び込む力と直感は、同じ根から育つ

ここまで考えてきて気づいたのは、「不確実に飛び込む力」と「深い直感」は別々の能力ではないということだ。

一つの分野に何年も打ち込むこと自体が、すでに「不確実に飛び込む行為」になっている。その分野を極めた先に何があるかは、やる前にはわからない。報われるかもわからない。それでも続ける。これは合理的な計算からは出てこない判断で、まさに「確率で計算できないものに向かう力」そのものだ。

逆に言えば、何にも深く打ち込まずに「飛び込む力」だけ鍛えても、方向が定まらない。飛び込む先が見えないまま飛んでも、それはただの無謀になる。

飛び込む力と直感は、一つのことを続けた人間の中に同時に育つ。

AIは人間を原点に戻す

狩りに出るのも、海を渡るのも、確率なんて計算できなかった。でも「あっちに何かあるはずだ」と思って動いた。根拠はなかった。でも行った。計算という「後から身につけた能力」が道具に移ったことで、人間は「最初から持っていたもの」に戻る。技術の到達点が、人間の出発点に帰ってくる。

ただし、その原点に戻るためにも、深い基礎の蓄積は必要になる。以前の記事で「泥臭さが最後に残る」と書いた。現場に足を運び、人と話し、業務の混沌を自分の中に取り込む蓄積。その先にある直感が「不確実に飛び込む方向」を照らす光になる。

世の中は合理的に全てが決まるわけではないし、当面その世界にはたどり着かない。しかし方向としてはそちらに進む。技術は後退しない。目の前の仕事に深く潜ること——それが、今できる準備だと思う。


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中小製造業が広報活動を始めるなら ── プレスリリースとメディアアプローチの基本

この記事の前提

前の記事で、中小製造業のHPは「届ける相手がいないなら、作りっぱなしで十分」と書いた。

中小製造業のホームページ ── 「作りっぱなし」が正解の場合と、そうでない場合

この記事はその続きで、「積極的に情報発信していきたい」という会社向けになる。新規取引先の開拓、採用強化、自社技術の認知向上——そういう目的で広報活動を考えているケースを対象にしている。

プレスリリースとは何か

広報活動の基本的な手段の一つに、プレスリリースがある。自社のニュース——新製品・新技術・取り組みなど——をまとめた文書を、新聞・雑誌・Webメディアの記者や編集者に送り、記事として取り上げてもらうことを狙う方法になる。費用はかからず、価値ある情報があれば誰でも送れる。

ただし、広報は宣伝ではない。プレスリリースを受け取る記者は、自社の読者にとって価値ある情報を探しているのであって、「紹介してほしい」という依頼を聞く場ではない。記者は美辞麗句より事実を求めており、「〇〇という課題に対して〇〇という方法で解決した」という具体的な事実だけが残る。

ニュース価値がなければ採用されない

プレスリリースが採用されるかどうかは、ニュース価値で決まる。以下のどれかに当てはまらないと、記者はスルーすることになる。

  • 初めてのこと(初・新・最):業界初、地域初など。「この地域・この業界でうちが初めてではないか」という視点で考えてみると、意外と見つかることがある
  • 社会課題の解決:人手不足、環境負荷、サプライチェーンの問題など、今の社会が抱えている課題と自社の取り組みがつながっているか
  • なぜ今か:流行・行事・社会情勢との関連。「なぜ今この話題か」に答えられないと、タイミングが合わないと判断されてスルーされることが多い
  • 読者が知りたいこと・読者を喜ばせること:記者の頭の中には常に「うちの読者はこれを読みたいか」という問いがある
  • 意外な事実:「えっ、そうなの」という驚きがあると取り上げられやすい
  • 弱者を助けること、正義に関わること:地域の雇用を守る、環境に配慮するという文脈は記者の関心を引きやすい

上記のどれにも当てはまらない情報は、どれだけ丁寧に送っても採用されない。まず「今、ニュースになる情報があるか」を問うことが先になる。

中小製造業が狙えるメディアはどこか

メディアには特性があり、その特性に合わない情報は採用されない。テレビや全国紙は取り上げる基準が高く、中小製造業の話題が乗るケースはほぼないと考えた方がいい。

狙いやすいのは以下になる。

  • 地方紙・地域メディア:地域密着の話題は取り上げられやすい。全国メディアでは弱い話題でも地方紙では価値がある
  • 業界Webメディア:monoistや製造業専門のWebメディアは製造業の取り組みを積極的に取り上げる。技術・工法・素材の話との相性がいい
  • 地元のフリーペーパーや商工会メディア:採用・地域貢献の文脈で動きやすい

まずプレスリリースを送ってみる

送り先はメディアの問い合わせ窓口(報道関係者向けの連絡先)が基本になる。多くのメディアはHPに「プレスリリース受付」の窓口を持っている。SNS(特にX)で「プレスリリース受け付けます」と発信している記者・編集者に直接送るのも有効になる。ただし、情報受け付けを明示している人だけに限る。

正直なところ、プレスリリースは送っても採用されないことの方が多い。記者は毎日大量のリリースを受け取っており、ニュース価値の判断は厳しい。ただ、費用ゼロで試せる手段なので、まずここから始めてみることには意味がある。

確実に載せたいなら有料記事という選択肢もある

「確実に掲載したい」「記事の流れを経験したい」という場合、 有料記事(タイアップ) という方法もある。業界メディアの多くは、費用を支払うことで記事掲載や取材記事の作成を依頼できるサービスを持っている。費用は媒体や形式によって幅があるが、数十万円単位になることが多い。

多くの媒体では、契約前に媒体資料(メディアシート)でタイアップ記事の平均PVを確認できる。公開後にはPVレポートも共有されるので、費用に対してどれだけ読まれたかを数字で振り返ることができる。

ただし、費用をかけて記事を出しても、その媒体の読者が自社のターゲットと合っていなければ効果は出ない。届けたい相手を決め、その相手が読んでいる媒体を選ぶ順番が必要になる。


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中小製造業のホームページ ── 「作りっぱなし」が正解の場合と、そうでない場合

作りっぱなしになっていることが多い

受注生産・BtoBの中小製造業のHPを見ると、会社概要・製品・ニュースが並んでいて、ニュースが数年前で止まっているケースは珍しくない。Web制作会社に依頼して作ったまま、その後ほぼ手が入っていない状態のまま、というケースも少なくない。

ただ、これを即座に「問題だ」と言い切る前に一度整理してみたい。作りっぱなしが「問題」なのか、それとも「合理的な選択」なのかは、その会社の商売の構造によって変わってくる。

なお、ECを運営している会社やtoC直販の会社は話が別になる。ここで対象にしているのは、受注生産・BtoBが中心の中小製造業になる。

まず「HPで誰かに何かを届ける必要があるか」を問う

設計の起点はシンプルにこの問いになる。そのためには、自分たちの商売の構造を整理する必要がある。

toBかtoCか

受注生産の中小製造業はほぼBtoBになる。届ける相手は一般消費者ではなく、取引先の調達担当者や経営者になる。一般消費者向けのHP運営とは目的が根本から変わってくる。

商圏に物理的な制限があるか

製造業は製品を作る以上、配送や据え付けに物理的な制約が出ることが多い。地域密着で動いている会社が全国に向けて情報発信しても、仕事につながりにくい。商圏が限られているなら、HPで広くリーチしようとしても意味がない。

既存の取引先との関係で商売が回っているか

受注生産の中小製造業の多くは、既存顧客との継続的な取引で成り立っている。新規顧客をHPで獲得する必要がそもそもない会社も少なくない。

届ける相手がいないなら、存在確認の場所として割り切っていい

上記を整理した結果、「HPで新規顧客を獲得する必要はない」「HPを通じて情報を届けるべき相手が来るわけでもない」という結論になる会社は少なくない。

そういう会社にとってHPの主な役割は、会社の存在と連絡先を確認できる場所になる。新規取引先から問い合わせをもらう前に会社概要を確認される、採用に応募してきた人が会社を調べる、名刺を受け取った相手が会社の事業内容を見る——そういった用途になる。

この役割で十分なら、会社概要・事業内容・連絡先が正確に掲載されていれば機能する。ニュースを毎月更新する必要はないし、SEOを意識したコンテンツを作る必要もない。更新が止まっていても、その用途としては十分に機能している。

毎月固定額を払ってニュースを更新し続けているケースをたまに見るが、この役割しか想定していないHPにそのコストをかける必要はない。

届ける必要があるなら、設計が要る

一方、こういう状況なら話が変わってくる。

  • 新規の取引先を開拓したい
  • 採用を強化したい(求人票だけでなく、会社の雰囲気や仕事内容を伝えたい)
  • 自社の技術・製品の認知を広げたい

こうした目的があるなら、HPは「誰に何を届けるか」を設計した上で運営する必要がある。

HPへの導線は基本的に2つしかない。検索リンクになる。

検索からの流入を狙うなら、SEOを意識したコンテンツが要る。どんなキーワードで検索されるかを考えずにニュースを更新しても、検索には引っかからない。「〇〇の技術 中小製造業」「〇〇部品 受注生産」のような、実際に取引先が検索しそうなキーワードを意識してコンテンツを作る必要がある。

リンクからの流入は、求人サイトや業界ポータルサイト、商工会のページなどから発生する。こちらは比較的コントロールしやすい。

運営するなら、自分たちで更新できる環境を整える

「誰に届けるか」が決まり、運営していく方針になったなら、もう一つ重要なことがある。自分たちで更新できる環境を整えることになる。

Web制作会社に更新を依頼し続けるモデルは、コストがかかる上に更新のたびに時間がかかる。記事を1本追加するだけで数万円、という状況では継続的な運営は難しい。

WordPressのようなCMSを使えば、HTMLやCSSの知識がなくても自分たちでコンテンツを追加・修正できる。内製DXの文脈でいえば、HPの運営も「自分たちでコントロールできる状態」にしておく方が、長期的には機動的に動けることになる。

Web制作会社に依頼する段階で「自分たちで更新できる環境にしてほしい」と要件に入れておくか、そもそも自分たちでCMSを立ち上げてしまう判断もある。作ってもらった後から環境を変えるのは手間がかかるので、最初に決めておく方がいい。

「誰に届けるか」が決まってから、ツールを選ぶ

内製DXと同じで、目的が曖昧なまま手段を先に選ぶと失敗することになる。

「WordPressにするかWixにするか」「ブログを書くべきか」「SNSと連携すべきか」という話の前に、「うちの商売でHPを通じて誰かに何かを届ける必要があるか」を先に決める必要がある。

その答えがノーなら、存在確認の場所として割り切ればいい。更新が止まっていることは問題ではない。

イエスなら、届ける相手・届ける内容・届ける導線を設計した上で、自分たちで運営できる環境ごと選ぶことになる。Web制作会社は「作る」のが仕事なので、「あなたの会社には作りっぱなしで十分」とは言わない。設計の判断は自分たちでする必要がある。「作りっぱなし」が問題なのではなく、「考えずに作りっぱなし」が問題になる。


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中小製造業とAI ── 「何ができるか」より「誰に頼むか」で選ばれる時代

「ちょっとITに詳しい」が武器だった

少し前まで、中小製造業で「ちょっとプログラミングができる」「ちょっとITに詳しい」というだけで、それなりの武器になった。周りにできる人がいないから、VBAでツールを作れるだけで重宝された。自分もまさにそのポジションにいた。

以前の記事で、AIの普及によってこの武器の価値が下がると書いた。実装力が相対的に下がり、ドメイン知識が差別化になると。

中小製造業の内製DX ── AIに代替されない能力は現場でしか身につかない

「何が残るか」については、すでに書いた。身体性、コンテキスト、構造化能力。この3つは今も変わらない。しかし、あの記事では触れなかった問題がある。残った武器を、どうやって届ければいいのか。最近、そこで引っかかっている。

スキルには「見せ方」があった

「ちょっとITに詳しい」が武器だった時代には、見せ方のフォーマットがあった。「こういうツールが作れます」「VBAでこんな自動化をしました」「こういう資格を持っています」。聞かれたら答えられるし、見せれば伝わった。

ドメイン知識にはそれがない。「製造業の現場がわかります」と言っても、どう証明すればいいのか。「業務の課題を見極められます」と言っても、会話してみないと伝わらない。「適切な規模感で落とし所を出せます」と言っても、実際にやってみせないとわからない。

スキルは名刺に書ける。ドメイン知識は書けない。以前の記事では「ドメイン知識が残る」と書いたが、残ったところで伝え方がわからないという問題がその先にある。

「何ができるか」で差がつかなくなる

これは自分だけの話ではないと思っている。

以前の記事で、AIの影響は中小製造業の中で一律ではないと書いた。現場の手仕事は代替されにくく、バックオフィスの定型業務が最も影響を受ける。

中小製造業とAI ── 現場は残り、事務が変わる

この構図をもう一段引いて見ると、 「ちょっとした知的作業」が最もAIに食われやすい ことに気づく。ちょっとしたプログラミング、ちょっとした分析、ちょっとした資料作成。AIがあれば誰でもそこそこできてしまう。

身体を使う現場の仕事は代替されない。高度な専門職は判断の深さで差がつく。一番立場が危ういのは、その間にいる「ちょっとできる」層だろう。「ちょっとITに詳しい」は、まさにそこに入る。自分がいた場所だ。

「何ができるか」で差がつかなくなったとき、選ぶ側は別の基準を探し始める。

「誰に頼むか」で決まっていく

たぶん、その基準は「誰に頼むか」になる。

考えてみれば、中小製造業では昔からそうだった。大企業ならRFPを出して3社比較ができる。しかし数十人規模の会社では、社長や工場長が「あの人に聞いてみよう」で決まる。

中小製造業の「強み」は、取引先との関係の中にしかない

以前の記事で、中小製造業の強みは取引先との関係の中にしかないと書いた。これは企業同士の話だったが、個人にも同じことが起きているのだと思う。

「何ができるか」の差が小さくなると、判断基準は別のものに移る。過去にこの人が出した判断は正しかったか。この人なら説明が少なくて済むか。知らない人に頼むより安心できるか。どれもスキル一覧には載らない情報だ。

スキルで選ばれる時代は「できること」を並べれば勝負できた。名前で選ばれる時代は、 相手の中に自分の輪郭が残っているかどうか で決まるのだと思う。

見せ方にフォーマットがない

スキルには見せ方があった。資格、実績一覧、ポートフォリオ。フォーマットに従えばよかった。

「人」にはそれがない。「自分はこういう人間です」を伝える標準的なフォーマットは存在しない。

ある人は飲みの席で話が面白くて、それで覚えられる。ある人は展示会に毎回顔を出していて、それで認知される。ある人は困っているときに「ちょっと見ましょうか」と手を動かしてくれて、それが忘れられない。ある人は業界の話をSNSで発信していて、それで輪郭が見える。

どれが正解ということはない。共通しているのは、スキルの看板ではなく、 人としての輪郭が相手に残っているかどうか だけだ。

自分の場合は、こういう記事を書くことがたまたま合っていた。しかしそれは自分のやり方であって、答えではない。

不安だが、自由でもある

正直なところ、まだ手探りの状態にいる。

「何ができるか」で勝負する時代にはルールブックがあった。資格を取る、実績を積む、ポートフォリオを作る。やるべきことが見えていた。

「誰に頼むか」で選ばれる時代には、決まった型がない。型がないというのは不安でもあるが、考えようによっては自由でもある。文章が合う人は書けばいいし、話が合う人は話せばいい。手を動かすのが合う人は、目の前の人の困りごとを拾えばいい。

以前の記事で書いた3つの能力——身体性、コンテキスト、構造化——は確かにAIに代替されない。しかし、持っているだけでは届かない。持っていることが相手に伝わる接点がなければ、持っていないのと同じになる。

「どうやって自分を売り込むか」という問いの立て方は、まだスキルの時代の発想かもしれない。問いはたぶんもっとシンプルで、自分という人間を知ってもらえる接点が、どこかにあるかどうか。

人に何かを頼むとき、本当に知りたいのは「何のツールが使えるか」ではなく、「この人は自分の世界を理解してくれるか」だと思う。そこだけは、たぶん昔から変わっていない。


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中小製造業の内製DX ── AIで「自分のためのツール」が数時間で作れる時代

内製DXは大きなシステムだけではない

内製DXというと、受発注管理や在庫管理のような業務システムを想像するかもしれない。しかし現場で本当に求められるのは、もっと小さなツールであることが多い。

ファイルのバックアップを定期的に取りたい。特定のフォルダを監視して変更があったら通知したい。CSVを決まったフォーマットに変換したい。こうした「ちょっとしたこと」は、Excelのマクロでは対応しきれないが、かといって業者に頼むほどの規模でもない。結果として、誰かが手作業で回しているか、そもそも諦めているかのどちらかになる。

以前の記事で「大半はExcel VBAで回る」と書いた。それは今も変わらない。しかしVBAでは対応しにくい領域——GUIを持ったWindowsアプリケーション、ファイルシステムの操作、ネットワーク越しの処理——になると、VBAの外に出る必要がある。

中小製造業の内製DX ── Excel VBAで済む領域と、専用言語で作るべき領域

これまでは、その「外に出る」ハードルが高かった。C#やPythonを覚えて、GUIフレームワークを調べて、ビルド環境を整えて——DX担当者がこれをやるには、時間も学習コストもかかりすぎた。

AIに全部書かせて、1行もコードを書かなかった

最近、Windowsのrobocopyコマンドを操作するGUIツールを作った。robocopyはWindowsに標準で入っているファイルコピーのコマンドで、バックアップや同期に使える強力なツールだが、コマンドラインでしか動かない。オプションも多い。毎回コマンドを手打ちするのは面倒だし、実行結果も見にくい。

ほしかったのは、コピー元とコピー先をGUIで指定できて、進捗がリアルタイムで見えて、エラーがあれば一目でわかるツール。加えて、定期実行のスケジューラーと、コピー後のチェックサム検証もほしかった。

このツールをAIコーディングツール(Claude Code)で作った。自分ではコードを1行も書いていない。やったのは「何がほしいか」を言葉で伝えることだけ。

作業時間はトータルで数時間。数日に分けて、空いた時間に少しずつ進めた。できあがったのは、C#/.NET 8.0のWindows Formsアプリケーション。進捗表示、エラーログの抽出、一時停止・再開、定期実行スケジューラー、チェックサム検証——機能としては十分に実用的なものになった。ソースコードはGitHubで公開している。

RobocopyWrapper(GitHub)

「何がほしいか」を伝える力だけが問われる

以前の記事で「AIにコードを書かせるとき、最も重要なのは何を書くかの指示だ」と書いた。

AI時代の内製DXエンジニア ── 実装の先にある仕事が本業になる

今回のツール作成で実感したのは、まさにこれだった。C#のWindows Formsの書き方を自分が知っている必要はなかった。SplitContainerのレイアウトも、ConcurrentQueueによるバッファリングも、robocopyの出力パースも、すべてAIが書いた。

自分がやったのは、「バックアップの進捗をリアルタイムで見たい」「エラーだけ別パネルに出したい」「定期実行できるようにしたい」——こうした要求を伝えること。そして出てきたものを動かして、「ここが違う」「これも追加で」とフィードバックを返すこと。

これは7485で書いた「VBAの関数をAIに書かせる」の延長にあるが、規模がまったく違う。関数1つではなく、アプリケーション1本を丸ごとAIが書いた。

内製DXの開発にAIを使う ── VBAでも「AIに書かせる設計」はできる

こういうツールが社内には山ほど必要になる

robocopyのGUIラッパーは自分用に作ったツールだが、中小製造業の社内にも似た状況はいくらでもある。

  • 図面PDFを取引先ごとのフォルダに自動振り分けしたい
  • 検査データのCSVをまとめて月報のフォーマットに変換したい
  • 共有フォルダの特定ファイルが更新されたら通知がほしい
  • 古い形式のデータを新しいシステムに流し込む変換ツールがほしい

どれも「あったら便利だけど、作るほどでもない」と思われてきたもの。業者に頼めば見積もりだけで数十万円になるし、自分で作るにはVBAの外に出る必要がある。結局、手作業のまま放置される。

AIコーディングツールは、この「作るほどでもない」の閾値を大きく下げる。数時間で実用的なツールが作れるなら、「作ったほうが早い」になる。

DX担当者の武器が増える

以前の記事で「1人のDX担当者がカバーできる範囲が変わる」と書いた。そのときはVBAの関数レベルの話だったが、今はアプリケーション単位の話になっている。

内製DXの開発にAIを使う ── VBAでも「AIに書かせる設計」はできる

VBAで済む業務改善はVBAでやればいい。しかし「VBAでは無理」と諦めていた領域——GUIツール、ファイル処理、外部コマンドの制御——にも、AIを使えば手が届くようになった。DX担当者の道具箱に、新しい武器が加わったということになる。

内製DXエンジニアの道具箱 ── Excel・テキストエディタ・SQLの組み合わせ

ただし、以前の記事で書いた注意点はそのまま当てはまる。AIが書いたコードを外部に公開するなら、セキュリティの担保が必要になる。今回のような社内ツール——社内ネットワークに閉じて、ユーザーが自分だけ、あるいは社員数人——であれば、リスクは低い。こういうツールこそ、AIコーディングの最も安全な適用先になる。

中小製造業の内製DX ── AIが書いたコードを外に出すなら「得意なプラットフォーム」を持っておく

作れなかったものが作れるようになっている

以前の記事で「挑戦自体が資産になる」と書いた。

AIの具体的な未来予測はどうでもいい ── それでも中小製造業が今から触るべき理由

今回のツールは、その具体的な一例になる。C#を深く知らなくても、GUIフレームワークの経験がなくても、「何がほしいか」を言葉で伝えられれば、実用的なツールが手に入る。

内製DXの範囲は、大きなシステムだけではない。日常の手作業を1つ自動化する小さなツール。それが数時間で作れるなら、手を動かさない理由がなくなる。


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中小製造業の「強み」は、取引先との関係の中にしかない

自分たちの強みを説明できるか

中小製造業の経営者に「御社の強みは?」と聞くと、返ってくる答えはだいたい決まっている。「技術力がある」「柔軟に対応できる」「価格が安い」「納期に強い」。

間違いではないのだろう。しかし、その強みはどの取引先に対しても同じように機能しているだろうか。

以前の記事で「BtoB取引は既存の関係性で回っている」と書いた。値段が安ければ売れるという単純な話ではなく、長年の付き合いと信頼の上に受注がある。

中小製造業の「値決めできない」問題に、内製DXはどこまで効くか

この構造を前提にすると、「強み」の意味がもう少し複雑になる。

会社の強みと、担当者の強みは違う

中小製造業の強みには、2つの層がある。

会社の強み は、人が変わっても残るもの。保有している設備、蓄積した加工ノウハウ、品質管理の体制、納期の実績——こうしたものは担当者が誰であっても変わらない。取引先にとって「この会社に頼めば品質が安定している」という評価は、会社の強みに基づいている。

担当者の強み は、人と人の間にあるもの。レスポンスの速さ、コミュニケーションのスタイル、相手のニーズを先読みする力、いざというときの融通——こうしたものは、担当者が変われば変わる。そして重要なのは、担当者の強みは相手との相性で価値が決まるということ。

「1言ったら10やってくれる」担当者がいるとする。信頼関係ができている相手にとって、これは最高の強みになる。しかし、まだ関係が浅い相手から見れば「説明もなく勝手にやる」と映る。提供しているものは同じなのに、受け取る側が変わると評価が逆転する。

うまくいっているときは区別できない

問題は、取引がうまく回っているときに、この2つが区別できないことにある。

取引先から「あの会社はいい」と言われているとき、それが会社の技術力への評価なのか、担当者同士の相性が良いだけなのか、混ざって見えている。たいていは両方が合わさった結果だが、どちらの比重が大きいかは見えない。

見えるようになるのは、何かが変わったときになる。

担当者が変わった。引き継ぎもした。技術力も設備も変わっていない。なのに取引先の態度が変わった——こういう場面で初めて「あの取引は、会社の力ではなく担当者の相性で成り立っていたんだ」と気づく。

以前の記事で、仕入先との関係が担当者の頭の中にしかない問題を書いた。あの記事では「情報」が属人化している話を中心に書いたが、属人化しているのは情報だけではない。 関係そのもの が特定の担当者に紐づいている。

中小製造業の仕入先との関係は、担当者の頭の中にしかない

関係の見方がずれている

もう一つ厄介なのは、自社と取引先の間で、関係の見方がずれていることがある点になる。

こちらにとっては複数ある取引先の一つでも、相手にとっては重要なパートナーかもしれない。逆もある。この非対称性に気づかないまま、自社の都合で担当者を変えたり、対応の優先度を下げたりすると、相手にとっては「大事にされていない」という信号になる。

相手は信頼関係だと思っている。こちらは業務上の取引だと思っている。このズレがあるから、担当者の交代を軽く扱ってしまう。相手の立場からすれば、長年の信頼を一方的にリセットされたように見える。

担当者が変わること自体が問題なのではない。関係を雑に扱うことが問題になる。

「この取引は何で成り立っているか」を把握する

ではどうするか。経営者が把握すべきなのは「うちの強みは何か」という自社目線の話ではなく、 「この取引は何で成り立っているか」 という取引ごとの見極めになる。

取引先ごとに、会社の強みと担当者の相性の比重は違う。

設備や技術力で選ばれている取引なら、担当者が変わっても関係は続く。会社の強みが土台にあるから、人が変わっても価値は変わらない。

しかし、担当者のコミュニケーションスタイルや対応力が関係の核になっている取引は、人が変われば関係も変わる。これは避けられない。避けられないからこそ、そのリスクを把握しておくことに意味がある。

以前の記事で属人化のトリアージについて書いた。致命的なものから順に対策を打つという考え方は、取引先との関係にも使える。

中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

すべての取引先との関係を組織的に管理するのは、中小製造業の体力では現実的ではない。しかし「この取引先との関係は、あの担当者がいなくなったら危ない」という認識を持っておくだけで、打てる手は変わってくる。

担当者を変えるなら、関係の接ぎ木をする

担当者の交代が避けられないなら、交代の仕方が問題になる。

一対一の関係をいきなり別の一対一に切り替えるのは、関係のリセットに等しい。引き継ぎ資料がどれだけ完璧でも、相手の信頼はデータでは移らない。

以前の記事で「接点を一人にしない」と書いた。これは平常時の備えだが、交代のときはさらに意識する必要がある。

中小製造業の仕入先との関係は、担当者の頭の中にしかない

一対一を一旦一対二にする。前任と後任が同時に関わる期間を設ける。相手に「この人にも信頼を渡していいんだ」と思ってもらう時間を作る。書類の引き継ぎではなく、関係の接ぎ木をする。

これは当たり前のことに聞こえるかもしれない。しかし、中小製造業では人数が限られているから、引き継ぎ期間を確保する余裕がないことが多い。結果として、ある日突然「担当が変わりました」になる。相手から見れば、関係を雑に扱われたとしか映らない。

強みは自分で決めるものではない

中小製造業の強みは、カタログに書けるスペックだけでは説明できない。設備や技術力という会社の強みは確かにある。しかし、それを「強み」として受け取ってくれるかどうかは、取引先との関係の中で決まる。

自分たちが思う強みと、相手が感じている価値は、必ずしも一致しない。一致しているうちはうまくいく。しかし、担当者が変わったとき、相手の経営方針が変わったとき、そのズレが表面化する。

取引先との関係を雑に扱わないこと。自社の強みが関係の中でどう見えているかに意識を向けること。そして、担当者に紐づいた関係がどれだけあるかを把握しておくこと。

地味な話だが、これは中小製造業が長く取引を続けていくための、最も基本的な経営判断の一つだと思っている。


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中小製造業とAI ── 現場は残り、事務が変わる

AIの影響は一律ではない

以前の記事で「AIはインフラになる。予測に振り回される必要はないが、構えは取っておくべき」と書いた。

AIの具体的な未来予測はどうでもいい ── それでも中小製造業が今から触るべき理由

では具体的に、中小製造業の中で何が変わって何が変わらないのか。「AIで業務が変わる」という話は多いが、製造業の中身を知らないまま語られていることが多い気がしている。

中小製造業の業務を大きく3つに分けると、AIの影響がそれぞれまったく違うことに気づく。現場の仕事、バックオフィスの仕事、そして経営者の営業。この3つを分けて考えないと、対策がぼやける。

現場の仕事はAIに代替されにくい

多品種少量の製造現場は、AIが最も入りにくい領域の一つだと思っている。

理由はシンプルで、身体を使う仕事だから。材料の段取り替え、加工条件の微調整、仕上がりの目視確認——こうした作業は五感と経験が必要になる。以前の記事で「身体性はAIに渡せない」と書いたが、製造現場はまさにその典型になる。

中小製造業の内製DX ── AIに代替されない能力は現場でしか身につかない

大手メーカーの大量生産ラインなら、ロボットやAI検査の投資対効果が出る。しかし多品種少量では、品目ごとに条件が違いすぎて自動化が合わない。「この材料、今日は湿度が高いから送り速度を変える」といった判断は、まだ人間の領域にある。

中小製造業の現場作業者は、AI時代において最も安定した立ち位置にいると言える。

バックオフィスが最も影響を受ける——ただし経路が違う

一方で、事務・管理業務はAIの影響を最も受ける領域になる。ただし、事務員自身がAIを使いこなすという形ではない。

受発注の処理、見積書の作成、生産スケジュールの調整、月次の集計、経理処理——こうした業務の大半は「考える」より「処理する」が中心になる。AIに相談することがそもそもない。ChatGPTに「この伝票を入力して」とは言えない。

変化が起きるとしたら、経路は別のところにある。会計ソフトにAI機能が組み込まれて仕訳が自動化される、OCRで請求書を読み取って転記が不要になる、DX担当者がAIを使って業務の仕組み自体を作り替える——事務員がAIを道具として使うのではなく、事務作業そのものがAIを組み込んだ仕組みに吸収されていく形になる。

中小製造業のバックオフィスは人数が少ない。事務員が1〜2人で受発注と庶務を回している、という規模感が珍しくない。こうした仕組みの変化が進んだとき、「3人でやっていた事務が2人で回る」「2人が1人+AIで済む」という状況は起きうる。大企業なら100人の部署が80人になっても組織は揺らがないが、3人が2人になるのは中小企業にとってはかなり大きな変化になる。

社長の営業は変わらない

中小製造業、特に受注生産の会社では、社長自身が最大の営業マンであることが多い。

取引先との関係は、長年の信頼で成り立っている。「あの社長だから頼む」「この会社とは付き合いが長いから」——こうした人間関係の上に受注がある。以前の記事で「BtoB取引は既存の関係性で回っている」と書いたが、この構造はAIが来ても変わらないだろう。

中小製造業の「値決めできない」問題に、内製DXはどこまで効くか

AIで見積書を速く作れるようになる、提案資料の精度が上がる——こうした部分は変わる。しかし取引先との関係づくり、信頼の積み上げ、いざというときの対応力は、人間同士の話になる。会社と会社の取引が完全に自動化されることは、当面ないと思っている。

ただし、人間関係に依存するということは、担当者が変わったときのリスクも大きいということでもある。以前の記事で、仕入先との関係が担当者の頭の中にしかない問題と、属人化への備え方について書いた。AIが来ても変わらない領域だからこそ、人で回す設計と最低限の記録は必要になる。

中小製造業の仕入先との関係は、担当者の頭の中にしかない
中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

「事務の人」と「現場の人」の価値が逆転する

ここまでの話を整理すると、AIが中小製造業にもたらす変化には構造的な偏りがあることがわかる。

  • 現場作業者:影響が小さい。むしろ人材不足で価値が上がる
  • バックオフィス:影響が大きい。業務の一部がAIに置き換わる可能性がある
  • 経営者の営業:影響が小さい。人間関係と信頼の領域

以前の記事で、中小製造業の人材不足の正体は現場作業者の問題だと書いた。事務職は募集すれば集まる。

中小製造業の「人材不足」の正体と、DXにできること

AIの普及は、この構造をさらに強調する方向に動く。事務の仕事はAIで効率化できるが、現場の仕事は人がいなければ回らない。需要と供給で考えれば、現場作業者の価値が相対的に上がり、事務作業の価値は下がっていく。

今まで暗黙に存在していた「事務>現場」という序列が揺らぐ、と言ったら大げさかもしれない。ただ、身体を使って現場で働く人が最も代替困難な存在になるという構図は、中小製造業に限って言えば、すでに始まっている変化だと思う。

バックオフィスは「消える」のではなく「中身が変わる」

では、バックオフィスの人を減らしてAIに置き換えるべきかというと、話はそう単純ではない。

中小製造業のバックオフィスは、業務が属人化していることが多い。「あの人に聞かないとわからない」という状態は、AIに置き換える以前に、まず業務を整理する必要があるということを意味している。

以前の記事で原価管理にはバックオフィスの仕組みが必要だと書いたが、AIが一部の作業を代替できたとしても、業務の全体を見渡してデータの流れを管理する人間は残る。

中小製造業の多品種少量生産における原価計算の「落とし所」

現実的な変化はおそらくこうなる。バックオフィスの「量」は減るが、「質」が変わる。データ入力や転記のような作業はAIに移り、残る仕事はデータの確認、例外処理、社内外の調整になっていく。「事務員」の仕事が「データを使った判断と調整」にシフトする、という言い方のほうが正確かもしれない。

影響を受ける場所を特定して、そこに手を打つ

AIの話になると「全部変わる」か「うちには関係ない」の二極端になりがちだが、中小製造業に限って言えば、変わる部分と変わらない部分がはっきりしている。

  • 現場の手仕事は変わらない。できる人の価値はむしろ上がる
  • バックオフィスの定型業務は変わる。ただし一気に消えるのではなく、仕事の中身が徐々にシフトしていく
  • 取引先との関係で取ってくる営業は変わらない

この見取り図を持っておくだけで、AIに対する構え方が変わってくる。どこにAIを入れれば効果があるのか、どこは人を確保し続けなければならないのか。漠然と「AIで何とかしたい」ではなく、影響を受ける場所を特定して、そこに手を打つ。

以前の記事で「予測に乗るのではなく、構えを取る」と書いたが、その構えの具体的な中身は、こうした業務ごとの見極めから始まるのだと思う。


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中小製造業の内製DX ── 同じ問題が2回起きたら「仕組み」を疑う

製造現場はすでに「仕組みで防ぐ」を知っている

製造現場にいた頃から感じていたことがある。現場にはポカヨケ、QC活動、標準作業手順書といった仕組みがあって、同じ不良が2回出たら作業者を責めるのではなく工程を疑う。「人の注意力」ではなく「工程の設計」で品質を守るという考え方が、意識しているかどうかに関わらず根付いている。

ところが同じ会社の事務・管理業務になると、この発想が出てこないことが多い。

事務の世界は「気をつけます」で終わる

見積もりの転記ミス、発注漏れ、納期の伝達ミス。事務のトラブルが起きたとき、原因追及の結果はだいたい「担当者の確認不足」になる。対策は「今後気をつけます」。しばらくすると同じミスがまた起きる。

製造現場で同じことをやったら「それは対策になっていない」と言われる。注意力に頼る品質管理は管理になっていない、というのは現場では常識だと思う。なのに事務の世界では、同じ構造がそのまま通っていることが多い。

理由は、事務作業には「工程」という概念が薄いことにあると思っている。製造は物が流れるから工程が見える。事務は情報が流れるが、その流れが可視化されていないことが多い。だから「どの工程で漏れたか」ではなく「誰がミスしたか」に話が向きやすい。

「誰が悪い」ではなく「何が悪い」

同じ問題が2回起きたら、人ではなく仕組みを疑う。

1回目は仕方がない。想定外のことは起きる。ただ2回目が起きたということは、1回目のあとに仕組みとして手を打てていなかったということになる。「なぜ起きたか」よりも「なぜ防げなかったか」の方が、改善につながる問いになる。

具体的には、こういう手の打ち方がある。

  • 入力時にありえない値を弾く(入力制限)
  • チェックリストで抜け漏れを防ぐ(標準化)
  • 承認フローを入れて、1人の判断だけで進まないようにする(ダブルチェック)
  • そもそも手入力をなくす(データの自動転記)

どれもExcelやVBAのレベルで実装できる。大がかりなシステムは必要ない。

中小製造業の業務プロセスは、ワークフローで「型」にして定着させる

エラーは起きる前提で「戻し方」を設計する

仕組みで防ぐといっても、すべてのエラーを事前に潰すことは難しい。だからもう一つ重要なのが、「エラーが起きたあとに、どれだけ早く気づけるか」「どれだけ簡単に戻せるか」という設計になる。

同じ発注ミスでも、出荷後に気づくのと入力直後に気づくのでは、リカバリーのコストがまるで違う。ミスそのものを減らす努力と同時に、ミスに早く気づく仕組みを入れておくことで、影響を最小限に抑えられる。

自分はセキュリティの記事で「守り方より戻し方」と書いたが、業務プロセスにも同じことが言える。完璧に防御しようとするより、異常に早く気づいて戻せる状態を作っておく方が、結果的に業務は安定する。

中小製造業のセキュリティは「守り方」より「戻し方」

事務にも「工程」を持ち込む

製造現場に品質管理の考え方が定着しているのは、工程が見えているからだと思う。逆に言えば、事務・管理業務でも情報の流れを「工程」として可視化すれば、同じ考え方が使えるようになる。

見積もりの作成→承認→発注→納品確認→請求。この流れをワークフローとして定義し、各ステップにチェックを入れる。すると「誰がミスしたか」ではなく「どのステップで漏れたか」という話に変わる。

内製DXの役割は、こうした工程化と、エラーの検知・回復の仕組みをセットで作ることにある。Excelの入力規則、VBAによるチェック処理、簡易的なワークフロー。道具は地味でも、「人の注意力に頼らない」という設計思想が入るだけで、事務作業の信頼性は変わってくる。


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正しいのに通らない ── 知識を持つ人が組織の中で詰まる理由

知識があると2択になる

ITの知識がある人間が組織の中で詰まるとき、たいていこういう構造になっている。

知識から見れば答えはこれだ、という確信がある。確信があるから主張する。主張したとき、通るか通らないかの2択になる。通らなかったとき、「なぜわかってもらえないのか」という摩擦が残る。

悪循環というほどでもないが、スッキリしない状態が続く。

正しさと、通ることは別の話

知識の正しさと、組織の中で何かが通ることは、別の話になる。

予算がある。進めたい方向がある。判断する人間の経験や優先順位がある。「正しい答え」があっても、それがそのまま採用されるかどうかは、別の軸で決まることが多い。

もう一つ、見落としやすいことがある。自分が正しいと確信している答えが、本当にすべてを見た上での「正しい」なのかという問題。たとえばこのシステムを入れるべきだと確信していても、その資金をどう確保するのか。他の部門にどんな影響が出るのか。自分のポジションからは見えていない事情が、実はたくさんある。

通らない理由が社内の力学だけとは限らない。自分の見えていない範囲に、通さない合理的な理由があることもある。これは不合理でも理不尽でもなく、単に自分の視野の外に判断材料があるという話になる。

3つの時期があった

自分の話をすると、社内SEとして10年過ごす中で、考え方が変わっていった時期が3つある。

最初は 主張する時期 だった。知識から導いた答えを持って、それを通そうとする。技術的に正しいのだからわかるはずだ、という気持ちがあった。通ることもあったが、なんとなくスッキリしなかった。通った場合でも、何かが引っかかる感覚があった。

次は 傍観者になった時期 だった。聞かれたら答える。聞かれなければ動かない。ひたすら専門家として精度を上げることに集中する。問題は起きなかった。ただ、自分の知識が何かに使われているかどうかは別の話だった。

その次が 知識を手段にした時期 になる。自分の中に「こうあるべき答え」を持たない。会社やチームが進もうとしている方向に対して、自分の知識が使える場面があれば使う。管理者が自分でやってみたいならそれでいい。自分が指摘すれば精度が上がるとわかっていても、求められていなければ手を出さない。

手段化というのは、空気を読んで引くということではない。自分の知識がカバーしている範囲と、自分には見えていない範囲がある。技術的に正しくても、コスト・人員・他部門への影響まで含めた判断は、自分だけではできないことがある。その自覚を持つことが、結果的に周囲との関わり方を変えていった。

今すぐ変わらなくていい

この変遷を書いたのは、「早く手段化しろ」と言いたいわけではない。

主張する時期は必要だった。傍観者になったことも、その後があったから意味があった。どの時期も、経験として積み重なっている。

知識があって、正しいのに通らない——という状態にいる人に伝えたいのは、今すぐ諦めなくていいということ。ただ、時間をかけて、少しずつ変わっていく余地がある。知識を持っていること自体は、どの段階でも間違っていない。それをどう使うか、という軸が少しずつ動いていく。その中で、自分に見えていないものがある、という謙虚さが加わると、知識の使い方がもう一段変わる。


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中小製造業の内製DX ── AIで基幹システムは作れるが、「作れること」と「任せていいこと」は違う

AIがあれば基幹システムは作れてしまう

別の記事で「ERPの主戦場は受発注・在庫・会計の統合であり、製造プロセスの部分は自社に合った小さなツールを内製で作るほうが合う」と書いた。Excelベースの業務ツール、VBAのマクロ、ちょっとしたデータベース——内製DXの「小さなツール」は、そのあたりの規模感を想定している。

「ERP」という言葉の解像度が低すぎる ── 中小製造業が本当に必要な仕組みを考える

しかしAIコーディングツールの普及で、内製で作れるものの範囲は広がりつつある。

受注管理、発注管理、在庫管理、原価計算、納期管理。ロジック自体はそこまで複雑ではない。複雑なのは業務の例外処理と運用の細かいルール——つまりドメイン知識の部分になる。そのドメイン知識を持っている人間がAIに指示を出せば、従来は数百万から数千万円かかっていた規模のシステムを、数ヶ月で内製できてしまう。

否定的な意見はまだ多いだろう。「AIが書いたコードで基幹業務を回すなんて危険だ」「品質が担保できない」。気持ちはわかる。しかし別の記事でも書いた通り、AIがインフラになる方向性は確定している。AIの実装力は上がり続ける。できるかどうかの議論は、遅かれ早かれ決着がつく。

AIの具体的な未来予測はどうでもいい ── それでも中小製造業が今から触るべき理由

問題は「作れるか」ではなく、 「作ったものを1人のSEに任せていいのか」 という別の次元にある。

最初はコスパが圧倒的に見える

1人の社内SE、あるいは外部のDXエンジニアが、AIを使って基幹システムを内製する。パッケージを買えば数百万、カスタマイズを入れれば数千万。それを人件費の一部で実現できるなら、経営者にとっては魅力的に見える。

実際、最初は機能する。業務をわかっている人間がAIを使って作るから、現場に合ったものができる。パッケージにありがちな「導入したけど使われない機能」がなく、必要なものだけが揃っている。業務をシステムに合わせる必要もないし、修正も即座にできる。

コスト、フィット感、柔軟性。どれを取っても、パッケージ導入より内製のほうが良く見える。少なくとも最初の数年は。

3年後に何が起きるか

問題は、そのSEがいなくなったときに起きる。

退職、異動、病気、家庭の事情。理由は何でもいい。基幹システムを作った人間が、ある日いなくなる。残されたのは、その人が作って、その人が保守していたシステム。他に触れる人がいない。

AIのおかげで1人のSEが作れる範囲が広がった分、その人に依存するリスクも広がっている。受注も発注も在庫も原価も、すべてが1人のSEが作ったシステムに乗っている。 会社全体の業務が、1人の人間に依存する構造 になる。

しかもAIで作ったシステムには、従来にはなかった厄介な性質がある。

AI時代の属人化はさらに深い

これまでの属人化は「その人の頭の中にある」だった。少なくとも本人は理解している。聞けば説明してくれる。引き継ぎの時間があれば、ある程度の知識移転はできる。

AIで作ったシステムの場合、 作った本人ですらコードの全体を完全には把握していない 可能性がある。AIに指示を出して、出てきたコードを検証して、動いたから採用する。部分ごとには理解しているが、全体がどう組み合わさっているかは、AIとの対話の中でしか存在していない。

別の記事で「全部読んで確認する方法はどこかで限界が来る」と書いた。基幹システムの規模になれば、まさにその限界に直面する。

AI時代の内製DXエンジニア ── 実装の先にある仕事が本業になる

このシステムを引き継ぐ人間は、元のSEが持っていたドメイン知識、AIとの対話で生まれた設計判断、動作検証のノウハウ——これらをすべて再構築しなければならない。引き継ぎのハードルは、人間が書いたシステムよりもはるかに高くなる。

任せていい——ただし「替えがきく」前提で

ここまでの話を整理すると、問いは2つに分かれる。

AIで基幹システムを作れるか。 → 作れる。ロジックは複雑ではなく、ドメイン知識があれば十分に可能。

それを1人のSEに任せていいか。 → 任せていい。ただし条件がある。

従来の基幹システムは、一度作ったら何年も使い続けるものだった。だからこそ、作った人間がいなくなることが致命的なリスクになった。

しかしAI時代は前提が変わる。 基幹システムそのものが「替えのきくもの」になる。 1人のSEがAIを使って数ヶ月で作れたなら、別のSEがAIを使って数ヶ月で作り直せる。システムを守り続ける必要はない。必要なら作り直せばいい。

ただし、作り直せるためには条件がある。 システムは替えがきいても、データは替えがきかない。

守るべきはシステムではなく、データと、そのデータがどういう意味を持っているかの記録になる。

データの持ち方を標準化する。 別の記事で「データの文法」について書いている。基幹システムであれ小さなツールであれ、データが標準的な形で保持されていれば、システムを作り直してもデータはそのまま引き継げる。

Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つ ── データの文法という考え方

業務の構造を記録する。 何がどうつながっているか、どのテーブルにどんなデータがあるか。コードの詳細は後からAIに読ませれば再構築できるが、業務の構造と設計の意図は記録しないと消える。

入れ替えられる設計にしておく。 内製の基幹システムであっても、いつか別のものに置き換える日が来る前提で設計する。データが特定のシステムに閉じ込められない状態を維持する。

中小製造業のIT環境は「入れ替えられる設計」で組む ── OSSとSaaSの使い分け

守るものが変わる

AIで基幹システムが作れる時代になると、守るべきものが変わる。

従来は システムを守る 発想だった。作ったものを壊さないように保守し、動かし続ける。だから作った人間がいなくなると困る。

AI時代は データと業務知識を守る 発想に変わる。システムはいつでも作り直せる。しかしデータが壊れたら、どんなに優秀なSEがいても復元できない。業務の構造が誰の頭にも残っていなければ、AIに指示を出すこともできない。

別の記事で「8割内製、2割外部」と書いた。基幹システムであっても、業務の構造を言語化して外部と共有しておくことで、知識が1人に閉じるリスクを減らせる。

中小製造業の内製DXと外注の線引き ──「自社固有」か「汎用」かで決める

1人のSEに任せること自体は問題ではない。 そのSEがいなくなったときに、別の人間がAIを使って作り直せる状態を維持しておくこと。 それがAI時代の基幹システムとの付き合い方になる。


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