中小製造業の内製DXシリーズ ── 記事一覧

受注生産・多品種少量の中小製造業で、社内SEとして内製DXに取り組んできた経験をもとに書いた記事シリーズです。高額なパッケージ導入ではなく、自社の業務を理解した上で、身の丈に合った仕組みを内製で作るという考え方を軸にしています。


品質管理

品質管理をデータ管理の視点から捉えた記事です。

考え方

社内SEとして10年働く中で辿り着いた、仕事の進め方や知識との付き合い方についての記事です。


著者について

神奈川県小田原市を拠点に活動。中小製造業(受注生産・多品種少量)で生産管理を10年、社内SEを10年。現場の業務を理解した上で、今ある商売の中からデータを見えるようにし、課題を見つけて改善する——というスタイルで内製DXに取り組んでいます。

商売を大きく変える提案ではなく、今の業務の延長線上で、原価・納期・在庫などの数字を見える形にして、そこから改善を積み上げていく。数十人規模の製造業に必要なのは「あるべき姿」の提案ではなく、今あるデータから何が見えるかを起点にした、実装まで一貫してできる人間だと考えています。

このシリーズは、高額なパッケージやコンサルに頼らず、身の丈に合った仕組みを自分たちで作るための考え方と具体的な方法を共有するために書いています。

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数十人〜百人規模の中小製造業(受注生産・多品種少量)を対象に、月額定額の相談サポートをお受けしています。

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中小製造業の内製DX ── AIで「自分のためのツール」が数時間で作れる時代

内製DXは大きなシステムだけではない

内製DXというと、受発注管理や在庫管理のような業務システムを想像するかもしれない。しかし現場で本当に求められるのは、もっと小さなツールであることが多い。

ファイルのバックアップを定期的に取りたい。特定のフォルダを監視して変更があったら通知したい。CSVを決まったフォーマットに変換したい。こうした「ちょっとしたこと」は、Excelのマクロでは対応しきれないが、かといって業者に頼むほどの規模でもない。結果として、誰かが手作業で回しているか、そもそも諦めているかのどちらかになる。

以前の記事で「大半はExcel VBAで回る」と書いた。それは今も変わらない。しかしVBAでは対応しにくい領域——GUIを持ったWindowsアプリケーション、ファイルシステムの操作、ネットワーク越しの処理——になると、VBAの外に出る必要がある。

中小製造業の内製DX ── Excel VBAで済む領域と、専用言語で作るべき領域

これまでは、その「外に出る」ハードルが高かった。C#やPythonを覚えて、GUIフレームワークを調べて、ビルド環境を整えて——DX担当者がこれをやるには、時間も学習コストもかかりすぎた。

AIに全部書かせて、1行もコードを書かなかった

最近、Windowsのrobocopyコマンドを操作するGUIツールを作った。robocopyはWindowsに標準で入っているファイルコピーのコマンドで、バックアップや同期に使える強力なツールだが、コマンドラインでしか動かない。オプションも多い。毎回コマンドを手打ちするのは面倒だし、実行結果も見にくい。

ほしかったのは、コピー元とコピー先をGUIで指定できて、進捗がリアルタイムで見えて、エラーがあれば一目でわかるツール。加えて、定期実行のスケジューラーと、コピー後のチェックサム検証もほしかった。

このツールをAIコーディングツール(Claude Code)で作った。自分ではコードを1行も書いていない。やったのは「何がほしいか」を言葉で伝えることだけ。

作業時間はトータルで数時間。数日に分けて、空いた時間に少しずつ進めた。できあがったのは、C#/.NET 8.0のWindows Formsアプリケーション。進捗表示、エラーログの抽出、一時停止・再開、定期実行スケジューラー、チェックサム検証——機能としては十分に実用的なものになった。ソースコードはGitHubで公開している。

RobocopyWrapper(GitHub)

「何がほしいか」を伝える力だけが問われる

以前の記事で「AIにコードを書かせるとき、最も重要なのは何を書くかの指示だ」と書いた。

AI時代の内製DXエンジニア ── 実装の先にある仕事が本業になる

今回のツール作成で実感したのは、まさにこれだった。C#のWindows Formsの書き方を自分が知っている必要はなかった。SplitContainerのレイアウトも、ConcurrentQueueによるバッファリングも、robocopyの出力パースも、すべてAIが書いた。

自分がやったのは、「バックアップの進捗をリアルタイムで見たい」「エラーだけ別パネルに出したい」「定期実行できるようにしたい」——こうした要求を伝えること。そして出てきたものを動かして、「ここが違う」「これも追加で」とフィードバックを返すこと。

これは7485で書いた「VBAの関数をAIに書かせる」の延長にあるが、規模がまったく違う。関数1つではなく、アプリケーション1本を丸ごとAIが書いた。

内製DXの開発にAIを使う ── VBAでも「AIに書かせる設計」はできる

こういうツールが社内には山ほど必要になる

robocopyのGUIラッパーは自分用に作ったツールだが、中小製造業の社内にも似た状況はいくらでもある。

  • 図面PDFを取引先ごとのフォルダに自動振り分けしたい
  • 検査データのCSVをまとめて月報のフォーマットに変換したい
  • 共有フォルダの特定ファイルが更新されたら通知がほしい
  • 古い形式のデータを新しいシステムに流し込む変換ツールがほしい

どれも「あったら便利だけど、作るほどでもない」と思われてきたもの。業者に頼めば見積もりだけで数十万円になるし、自分で作るにはVBAの外に出る必要がある。結局、手作業のまま放置される。

AIコーディングツールは、この「作るほどでもない」の閾値を大きく下げる。数時間で実用的なツールが作れるなら、「作ったほうが早い」になる。

DX担当者の武器が増える

以前の記事で「1人のDX担当者がカバーできる範囲が変わる」と書いた。そのときはVBAの関数レベルの話だったが、今はアプリケーション単位の話になっている。

内製DXの開発にAIを使う ── VBAでも「AIに書かせる設計」はできる

VBAで済む業務改善はVBAでやればいい。しかし「VBAでは無理」と諦めていた領域——GUIツール、ファイル処理、外部コマンドの制御——にも、AIを使えば手が届くようになった。DX担当者の道具箱に、新しい武器が加わったということになる。

内製DXエンジニアの道具箱 ── Excel・テキストエディタ・SQLの組み合わせ

ただし、以前の記事で書いた注意点はそのまま当てはまる。AIが書いたコードを外部に公開するなら、セキュリティの担保が必要になる。今回のような社内ツール——社内ネットワークに閉じて、ユーザーが自分だけ、あるいは社員数人——であれば、リスクは低い。こういうツールこそ、AIコーディングの最も安全な適用先になる。

中小製造業の内製DX ── AIが書いたコードを外に出すなら「得意なプラットフォーム」を持っておく

作れなかったものが作れるようになっている

以前の記事で「挑戦自体が資産になる」と書いた。

AIの具体的な未来予測はどうでもいい ── それでも中小製造業が今から触るべき理由

今回のツールは、その具体的な一例になる。C#を深く知らなくても、GUIフレームワークの経験がなくても、「何がほしいか」を言葉で伝えられれば、実用的なツールが手に入る。

内製DXの範囲は、大きなシステムだけではない。日常の手作業を1つ自動化する小さなツール。それが数時間で作れるなら、手を動かさない理由がなくなる。


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中小製造業の「強み」は、取引先との関係の中にしかない

自分たちの強みを説明できるか

中小製造業の経営者に「御社の強みは?」と聞くと、返ってくる答えはだいたい決まっている。「技術力がある」「柔軟に対応できる」「価格が安い」「納期に強い」。

間違いではないのだろう。しかし、その強みはどの取引先に対しても同じように機能しているだろうか。

以前の記事で「BtoB取引は既存の関係性で回っている」と書いた。値段が安ければ売れるという単純な話ではなく、長年の付き合いと信頼の上に受注がある。

中小製造業の「値決めできない」問題に、内製DXはどこまで効くか

この構造を前提にすると、「強み」の意味がもう少し複雑になる。

会社の強みと、担当者の強みは違う

中小製造業の強みには、2つの層がある。

会社の強み は、人が変わっても残るもの。保有している設備、蓄積した加工ノウハウ、品質管理の体制、納期の実績——こうしたものは担当者が誰であっても変わらない。取引先にとって「この会社に頼めば品質が安定している」という評価は、会社の強みに基づいている。

担当者の強み は、人と人の間にあるもの。レスポンスの速さ、コミュニケーションのスタイル、相手のニーズを先読みする力、いざというときの融通——こうしたものは、担当者が変われば変わる。そして重要なのは、担当者の強みは相手との相性で価値が決まるということ。

「1言ったら10やってくれる」担当者がいるとする。信頼関係ができている相手にとって、これは最高の強みになる。しかし、まだ関係が浅い相手から見れば「説明もなく勝手にやる」と映る。提供しているものは同じなのに、受け取る側が変わると評価が逆転する。

うまくいっているときは区別できない

問題は、取引がうまく回っているときに、この2つが区別できないことにある。

取引先から「あの会社はいい」と言われているとき、それが会社の技術力への評価なのか、担当者同士の相性が良いだけなのか、混ざって見えている。たいていは両方が合わさった結果だが、どちらの比重が大きいかは見えない。

見えるようになるのは、何かが変わったときになる。

担当者が変わった。引き継ぎもした。技術力も設備も変わっていない。なのに取引先の態度が変わった——こういう場面で初めて「あの取引は、会社の力ではなく担当者の相性で成り立っていたんだ」と気づく。

以前の記事で、仕入先との関係が担当者の頭の中にしかない問題を書いた。あの記事では「情報」が属人化している話を中心に書いたが、属人化しているのは情報だけではない。 関係そのもの が特定の担当者に紐づいている。

中小製造業の仕入先との関係は、担当者の頭の中にしかない

関係の見方がずれている

もう一つ厄介なのは、自社と取引先の間で、関係の見方がずれていることがある点になる。

こちらにとっては複数ある取引先の一つでも、相手にとっては重要なパートナーかもしれない。逆もある。この非対称性に気づかないまま、自社の都合で担当者を変えたり、対応の優先度を下げたりすると、相手にとっては「大事にされていない」という信号になる。

相手は信頼関係だと思っている。こちらは業務上の取引だと思っている。このズレがあるから、担当者の交代を軽く扱ってしまう。相手の立場からすれば、長年の信頼を一方的にリセットされたように見える。

担当者が変わること自体が問題なのではない。関係を雑に扱うことが問題になる。

「この取引は何で成り立っているか」を把握する

ではどうするか。経営者が把握すべきなのは「うちの強みは何か」という自社目線の話ではなく、 「この取引は何で成り立っているか」 という取引ごとの見極めになる。

取引先ごとに、会社の強みと担当者の相性の比重は違う。

設備や技術力で選ばれている取引なら、担当者が変わっても関係は続く。会社の強みが土台にあるから、人が変わっても価値は変わらない。

しかし、担当者のコミュニケーションスタイルや対応力が関係の核になっている取引は、人が変われば関係も変わる。これは避けられない。避けられないからこそ、そのリスクを把握しておくことに意味がある。

以前の記事で属人化のトリアージについて書いた。致命的なものから順に対策を打つという考え方は、取引先との関係にも使える。

中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

すべての取引先との関係を組織的に管理するのは、中小製造業の体力では現実的ではない。しかし「この取引先との関係は、あの担当者がいなくなったら危ない」という認識を持っておくだけで、打てる手は変わってくる。

担当者を変えるなら、関係の接ぎ木をする

担当者の交代が避けられないなら、交代の仕方が問題になる。

一対一の関係をいきなり別の一対一に切り替えるのは、関係のリセットに等しい。引き継ぎ資料がどれだけ完璧でも、相手の信頼はデータでは移らない。

以前の記事で「接点を一人にしない」と書いた。これは平常時の備えだが、交代のときはさらに意識する必要がある。

中小製造業の仕入先との関係は、担当者の頭の中にしかない

一対一を一旦一対二にする。前任と後任が同時に関わる期間を設ける。相手に「この人にも信頼を渡していいんだ」と思ってもらう時間を作る。書類の引き継ぎではなく、関係の接ぎ木をする。

これは当たり前のことに聞こえるかもしれない。しかし、中小製造業では人数が限られているから、引き継ぎ期間を確保する余裕がないことが多い。結果として、ある日突然「担当が変わりました」になる。相手から見れば、関係を雑に扱われたとしか映らない。

強みは自分で決めるものではない

中小製造業の強みは、カタログに書けるスペックだけでは説明できない。設備や技術力という会社の強みは確かにある。しかし、それを「強み」として受け取ってくれるかどうかは、取引先との関係の中で決まる。

自分たちが思う強みと、相手が感じている価値は、必ずしも一致しない。一致しているうちはうまくいく。しかし、担当者が変わったとき、相手の経営方針が変わったとき、そのズレが表面化する。

取引先との関係を雑に扱わないこと。自社の強みが関係の中でどう見えているかに意識を向けること。そして、担当者に紐づいた関係がどれだけあるかを把握しておくこと。

地味な話だが、これは中小製造業が長く取引を続けていくための、最も基本的な経営判断の一つだと思っている。


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中小製造業とAI ── 現場は残り、事務が変わる

AIの影響は一律ではない

以前の記事で「AIはインフラになる。予測に振り回される必要はないが、構えは取っておくべき」と書いた。

AIの具体的な未来予測はどうでもいい ── それでも中小製造業が今から触るべき理由

では具体的に、中小製造業の中で何が変わって何が変わらないのか。「AIで業務が変わる」という話は多いが、製造業の中身を知らないまま語られていることが多い気がしている。

中小製造業の業務を大きく3つに分けると、AIの影響がそれぞれまったく違うことに気づく。現場の仕事、バックオフィスの仕事、そして経営者の営業。この3つを分けて考えないと、対策がぼやける。

現場の仕事はAIに代替されにくい

多品種少量の製造現場は、AIが最も入りにくい領域の一つだと思っている。

理由はシンプルで、身体を使う仕事だから。材料の段取り替え、加工条件の微調整、仕上がりの目視確認——こうした作業は五感と経験が必要になる。以前の記事で「身体性はAIに渡せない」と書いたが、製造現場はまさにその典型になる。

中小製造業の内製DX ── AIに代替されない能力は現場でしか身につかない

大手メーカーの大量生産ラインなら、ロボットやAI検査の投資対効果が出る。しかし多品種少量では、品目ごとに条件が違いすぎて自動化が合わない。「この材料、今日は湿度が高いから送り速度を変える」といった判断は、まだ人間の領域にある。

中小製造業の現場作業者は、AI時代において最も安定した立ち位置にいると言える。

バックオフィスが最も影響を受ける——ただし経路が違う

一方で、事務・管理業務はAIの影響を最も受ける領域になる。ただし、事務員自身がAIを使いこなすという形ではない。

受発注の処理、見積書の作成、生産スケジュールの調整、月次の集計、経理処理——こうした業務の大半は「考える」より「処理する」が中心になる。AIに相談することがそもそもない。ChatGPTに「この伝票を入力して」とは言えない。

変化が起きるとしたら、経路は別のところにある。会計ソフトにAI機能が組み込まれて仕訳が自動化される、OCRで請求書を読み取って転記が不要になる、DX担当者がAIを使って業務の仕組み自体を作り替える——事務員がAIを道具として使うのではなく、事務作業そのものがAIを組み込んだ仕組みに吸収されていく形になる。

中小製造業のバックオフィスは人数が少ない。事務員が1〜2人で受発注と庶務を回している、という規模感が珍しくない。こうした仕組みの変化が進んだとき、「3人でやっていた事務が2人で回る」「2人が1人+AIで済む」という状況は起きうる。大企業なら100人の部署が80人になっても組織は揺らがないが、3人が2人になるのは中小企業にとってはかなり大きな変化になる。

社長の営業は変わらない

中小製造業、特に受注生産の会社では、社長自身が最大の営業マンであることが多い。

取引先との関係は、長年の信頼で成り立っている。「あの社長だから頼む」「この会社とは付き合いが長いから」——こうした人間関係の上に受注がある。以前の記事で「BtoB取引は既存の関係性で回っている」と書いたが、この構造はAIが来ても変わらないだろう。

中小製造業の「値決めできない」問題に、内製DXはどこまで効くか

AIで見積書を速く作れるようになる、提案資料の精度が上がる——こうした部分は変わる。しかし取引先との関係づくり、信頼の積み上げ、いざというときの対応力は、人間同士の話になる。会社と会社の取引が完全に自動化されることは、当面ないと思っている。

ただし、人間関係に依存するということは、担当者が変わったときのリスクも大きいということでもある。以前の記事で、仕入先との関係が担当者の頭の中にしかない問題と、属人化への備え方について書いた。AIが来ても変わらない領域だからこそ、人で回す設計と最低限の記録は必要になる。

中小製造業の仕入先との関係は、担当者の頭の中にしかない
中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

「事務の人」と「現場の人」の価値が逆転する

ここまでの話を整理すると、AIが中小製造業にもたらす変化には構造的な偏りがあることがわかる。

  • 現場作業者:影響が小さい。むしろ人材不足で価値が上がる
  • バックオフィス:影響が大きい。業務の一部がAIに置き換わる可能性がある
  • 経営者の営業:影響が小さい。人間関係と信頼の領域

以前の記事で、中小製造業の人材不足の正体は現場作業者の問題だと書いた。事務職は募集すれば集まる。

中小製造業の「人材不足」の正体と、DXにできること

AIの普及は、この構造をさらに強調する方向に動く。事務の仕事はAIで効率化できるが、現場の仕事は人がいなければ回らない。需要と供給で考えれば、現場作業者の価値が相対的に上がり、事務作業の価値は下がっていく。

今まで暗黙に存在していた「事務>現場」という序列が揺らぐ、と言ったら大げさかもしれない。ただ、身体を使って現場で働く人が最も代替困難な存在になるという構図は、中小製造業に限って言えば、すでに始まっている変化だと思う。

バックオフィスは「消える」のではなく「中身が変わる」

では、バックオフィスの人を減らしてAIに置き換えるべきかというと、話はそう単純ではない。

中小製造業のバックオフィスは、業務が属人化していることが多い。「あの人に聞かないとわからない」という状態は、AIに置き換える以前に、まず業務を整理する必要があるということを意味している。

以前の記事で原価管理にはバックオフィスの仕組みが必要だと書いたが、AIが一部の作業を代替できたとしても、業務の全体を見渡してデータの流れを管理する人間は残る。

中小製造業の多品種少量生産における原価計算の「落とし所」

現実的な変化はおそらくこうなる。バックオフィスの「量」は減るが、「質」が変わる。データ入力や転記のような作業はAIに移り、残る仕事はデータの確認、例外処理、社内外の調整になっていく。「事務員」の仕事が「データを使った判断と調整」にシフトする、という言い方のほうが正確かもしれない。

影響を受ける場所を特定して、そこに手を打つ

AIの話になると「全部変わる」か「うちには関係ない」の二極端になりがちだが、中小製造業に限って言えば、変わる部分と変わらない部分がはっきりしている。

  • 現場の手仕事は変わらない。できる人の価値はむしろ上がる
  • バックオフィスの定型業務は変わる。ただし一気に消えるのではなく、仕事の中身が徐々にシフトしていく
  • 取引先との関係で取ってくる営業は変わらない

この見取り図を持っておくだけで、AIに対する構え方が変わってくる。どこにAIを入れれば効果があるのか、どこは人を確保し続けなければならないのか。漠然と「AIで何とかしたい」ではなく、影響を受ける場所を特定して、そこに手を打つ。

以前の記事で「予測に乗るのではなく、構えを取る」と書いたが、その構えの具体的な中身は、こうした業務ごとの見極めから始まるのだと思う。


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中小製造業の内製DX ── 同じ問題が2回起きたら「仕組み」を疑う

製造現場はすでに「仕組みで防ぐ」を知っている

製造現場にいた頃から感じていたことがある。現場にはポカヨケ、QC活動、標準作業手順書といった仕組みがあって、同じ不良が2回出たら作業者を責めるのではなく工程を疑う。「人の注意力」ではなく「工程の設計」で品質を守るという考え方が、意識しているかどうかに関わらず根付いている。

ところが同じ会社の事務・管理業務になると、この発想が出てこないことが多い。

事務の世界は「気をつけます」で終わる

見積もりの転記ミス、発注漏れ、納期の伝達ミス。事務のトラブルが起きたとき、原因追及の結果はだいたい「担当者の確認不足」になる。対策は「今後気をつけます」。しばらくすると同じミスがまた起きる。

製造現場で同じことをやったら「それは対策になっていない」と言われる。注意力に頼る品質管理は管理になっていない、というのは現場では常識だと思う。なのに事務の世界では、同じ構造がそのまま通っていることが多い。

理由は、事務作業には「工程」という概念が薄いことにあると思っている。製造は物が流れるから工程が見える。事務は情報が流れるが、その流れが可視化されていないことが多い。だから「どの工程で漏れたか」ではなく「誰がミスしたか」に話が向きやすい。

「誰が悪い」ではなく「何が悪い」

同じ問題が2回起きたら、人ではなく仕組みを疑う。

1回目は仕方がない。想定外のことは起きる。ただ2回目が起きたということは、1回目のあとに仕組みとして手を打てていなかったということになる。「なぜ起きたか」よりも「なぜ防げなかったか」の方が、改善につながる問いになる。

具体的には、こういう手の打ち方がある。

  • 入力時にありえない値を弾く(入力制限)
  • チェックリストで抜け漏れを防ぐ(標準化)
  • 承認フローを入れて、1人の判断だけで進まないようにする(ダブルチェック)
  • そもそも手入力をなくす(データの自動転記)

どれもExcelやVBAのレベルで実装できる。大がかりなシステムは必要ない。

中小製造業の業務プロセスは、ワークフローで「型」にして定着させる

エラーは起きる前提で「戻し方」を設計する

仕組みで防ぐといっても、すべてのエラーを事前に潰すことは難しい。だからもう一つ重要なのが、「エラーが起きたあとに、どれだけ早く気づけるか」「どれだけ簡単に戻せるか」という設計になる。

同じ発注ミスでも、出荷後に気づくのと入力直後に気づくのでは、リカバリーのコストがまるで違う。ミスそのものを減らす努力と同時に、ミスに早く気づく仕組みを入れておくことで、影響を最小限に抑えられる。

自分はセキュリティの記事で「守り方より戻し方」と書いたが、業務プロセスにも同じことが言える。完璧に防御しようとするより、異常に早く気づいて戻せる状態を作っておく方が、結果的に業務は安定する。

中小製造業のセキュリティは「守り方」より「戻し方」

事務にも「工程」を持ち込む

製造現場に品質管理の考え方が定着しているのは、工程が見えているからだと思う。逆に言えば、事務・管理業務でも情報の流れを「工程」として可視化すれば、同じ考え方が使えるようになる。

見積もりの作成→承認→発注→納品確認→請求。この流れをワークフローとして定義し、各ステップにチェックを入れる。すると「誰がミスしたか」ではなく「どのステップで漏れたか」という話に変わる。

内製DXの役割は、こうした工程化と、エラーの検知・回復の仕組みをセットで作ることにある。Excelの入力規則、VBAによるチェック処理、簡易的なワークフロー。道具は地味でも、「人の注意力に頼らない」という設計思想が入るだけで、事務作業の信頼性は変わってくる。


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正しいのに通らない ── 知識を持つ人が組織の中で詰まる理由

知識があると2択になる

ITの知識がある人間が組織の中で詰まるとき、たいていこういう構造になっている。

知識から見れば答えはこれだ、という確信がある。確信があるから主張する。主張したとき、通るか通らないかの2択になる。通らなかったとき、「なぜわかってもらえないのか」という摩擦が残る。

悪循環というほどでもないが、スッキリしない状態が続く。

正しさと、通ることは別の話

知識の正しさと、組織の中で何かが通ることは、別の話になる。

予算がある。進めたい方向がある。判断する人間の経験や優先順位がある。「正しい答え」があっても、それがそのまま採用されるかどうかは、別の軸で決まることが多い。お金に絡むことが大半だったりもする。

これは不合理に見えるかもしれないが、そうとも言い切れない。会社はチームで動いていて、知識だけが意思決定の材料ではない。

3つの時期があった

自分の話をすると、社内SEとして10年過ごす中で、考え方が変わっていった時期が3つある。

最初は 主張する時期 だった。知識から導いた答えを持って、それを通そうとする。強く言えば通ったかもしれない場面もあったが、なんとなくスッキリしなかった。通った場合でも、何かが引っかかる感覚があった。

次は 傍観者になった時期 だった。聞かれたら答える。聞かれなければ動かない。ひたすら専門家として精度を上げることに集中する。問題は起きなかった。ただ、自分の知識が何かに使われているかどうかは別の話だった。

その次が 知識を手段にした時期 になる。自分の中に「こうあるべき答え」を持たない。会社やチームが進もうとしている方向に対して、自分の知識が使える場面があれば使う。管理者が自分でやってみたいならそれでいい。自分が指摘すれば精度が上がるとわかっていても、求められていなければ手を出さない。

今すぐ変わらなくていい

この変遷を書いたのは、「早く手段化しろ」と言いたいわけではない。

主張する時期は必要だった。傍観者になったことも、その後があったから意味があった。どの時期も、経験として積み重なっている。

知識があって、正しいのに通らない——という状態にいる人に伝えたいのは、今すぐ諦めなくていいということ。ただ、時間をかけて、少しずつ変わっていく余地がある。知識を持っていること自体は、どの段階でも間違っていない。それをどう使うか、という軸が少しずつ動いていく。


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中小製造業の内製DX ── AIで基幹システムは作れるが、「作れること」と「任せていいこと」は違う

AIがあれば基幹システムは作れてしまう

別の記事で「ERPの主戦場は受発注・在庫・会計の統合であり、製造プロセスの部分は自社に合った小さなツールを内製で作るほうが合う」と書いた。Excelベースの業務ツール、VBAのマクロ、ちょっとしたデータベース——内製DXの「小さなツール」は、そのあたりの規模感を想定している。

「ERP」という言葉の解像度が低すぎる ── 中小製造業が本当に必要な仕組みを考える

しかしAIコーディングツールの普及で、内製で作れるものの範囲は広がりつつある。

受注管理、発注管理、在庫管理、原価計算、納期管理。ロジック自体はそこまで複雑ではない。複雑なのは業務の例外処理と運用の細かいルール——つまりドメイン知識の部分になる。そのドメイン知識を持っている人間がAIに指示を出せば、従来は数百万から数千万円かかっていた規模のシステムを、数ヶ月で内製できてしまう。

否定的な意見はまだ多いだろう。「AIが書いたコードで基幹業務を回すなんて危険だ」「品質が担保できない」。気持ちはわかる。しかし別の記事でも書いた通り、AIがインフラになる方向性は確定している。AIの実装力は上がり続ける。できるかどうかの議論は、遅かれ早かれ決着がつく。

AIの具体的な未来予測はどうでもいい ── それでも中小製造業が今から触るべき理由

問題は「作れるか」ではなく、 「作ったものを1人のSEに任せていいのか」 という別の次元にある。

最初はコスパが圧倒的に見える

1人の社内SE、あるいは外部のDXエンジニアが、AIを使って基幹システムを内製する。パッケージを買えば数百万、カスタマイズを入れれば数千万。それを人件費の一部で実現できるなら、経営者にとっては魅力的に見える。

実際、最初は機能する。業務をわかっている人間がAIを使って作るから、現場に合ったものができる。パッケージにありがちな「導入したけど使われない機能」がなく、必要なものだけが揃っている。業務をシステムに合わせる必要もないし、修正も即座にできる。

コスト、フィット感、柔軟性。どれを取っても、パッケージ導入より内製のほうが良く見える。少なくとも最初の数年は。

3年後に何が起きるか

問題は、そのSEがいなくなったときに起きる。

退職、異動、病気、家庭の事情。理由は何でもいい。基幹システムを作った人間が、ある日いなくなる。残されたのは、その人が作って、その人が保守していたシステム。他に触れる人がいない。

AIのおかげで1人のSEが作れる範囲が広がった分、その人に依存するリスクも広がっている。受注も発注も在庫も原価も、すべてが1人のSEが作ったシステムに乗っている。 会社全体の業務が、1人の人間に依存する構造 になる。

しかもAIで作ったシステムには、従来にはなかった厄介な性質がある。

AI時代の属人化はさらに深い

これまでの属人化は「その人の頭の中にある」だった。少なくとも本人は理解している。聞けば説明してくれる。引き継ぎの時間があれば、ある程度の知識移転はできる。

AIで作ったシステムの場合、 作った本人ですらコードの全体を完全には把握していない 可能性がある。AIに指示を出して、出てきたコードを検証して、動いたから採用する。部分ごとには理解しているが、全体がどう組み合わさっているかは、AIとの対話の中でしか存在していない。

別の記事で「全部読んで確認する方法はどこかで限界が来る」と書いた。基幹システムの規模になれば、まさにその限界に直面する。

AI時代の内製DXエンジニア ── 実装の先にある仕事が本業になる

このシステムを引き継ぐ人間は、元のSEが持っていたドメイン知識、AIとの対話で生まれた設計判断、動作検証のノウハウ——これらをすべて再構築しなければならない。引き継ぎのハードルは、人間が書いたシステムよりもはるかに高くなる。

任せていい——ただし「替えがきく」前提で

ここまでの話を整理すると、問いは2つに分かれる。

AIで基幹システムを作れるか。 → 作れる。ロジックは複雑ではなく、ドメイン知識があれば十分に可能。

それを1人のSEに任せていいか。 → 任せていい。ただし条件がある。

従来の基幹システムは、一度作ったら何年も使い続けるものだった。だからこそ、作った人間がいなくなることが致命的なリスクになった。

しかしAI時代は前提が変わる。 基幹システムそのものが「替えのきくもの」になる。 1人のSEがAIを使って数ヶ月で作れたなら、別のSEがAIを使って数ヶ月で作り直せる。システムを守り続ける必要はない。必要なら作り直せばいい。

ただし、作り直せるためには条件がある。 システムは替えがきいても、データは替えがきかない。

守るべきはシステムではなく、データと、そのデータがどういう意味を持っているかの記録になる。

データの持ち方を標準化する。 別の記事で「データの文法」について書いている。基幹システムであれ小さなツールであれ、データが標準的な形で保持されていれば、システムを作り直してもデータはそのまま引き継げる。

Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つ ── データの文法という考え方

業務の構造を記録する。 何がどうつながっているか、どのテーブルにどんなデータがあるか。コードの詳細は後からAIに読ませれば再構築できるが、業務の構造と設計の意図は記録しないと消える。

入れ替えられる設計にしておく。 内製の基幹システムであっても、いつか別のものに置き換える日が来る前提で設計する。データが特定のシステムに閉じ込められない状態を維持する。

中小製造業のIT環境は「入れ替えられる設計」で組む ── OSSとSaaSの使い分け

守るものが変わる

AIで基幹システムが作れる時代になると、守るべきものが変わる。

従来は システムを守る 発想だった。作ったものを壊さないように保守し、動かし続ける。だから作った人間がいなくなると困る。

AI時代は データと業務知識を守る 発想に変わる。システムはいつでも作り直せる。しかしデータが壊れたら、どんなに優秀なSEがいても復元できない。業務の構造が誰の頭にも残っていなければ、AIに指示を出すこともできない。

別の記事で「8割内製、2割外部」と書いた。基幹システムであっても、業務の構造を言語化して外部と共有しておくことで、知識が1人に閉じるリスクを減らせる。

中小製造業の内製DXと外注の線引き ──「自社固有」か「汎用」かで決める

1人のSEに任せること自体は問題ではない。 そのSEがいなくなったときに、別の人間がAIを使って作り直せる状態を維持しておくこと。 それがAI時代の基幹システムとの付き合い方になる。


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中小製造業の内製DX ── AIが書いたコードを外に出すなら「得意なプラットフォーム」を持っておく

AIがコードを書く時代のセキュリティ問題

別の記事で「AIが実装を肩代わりする時代に、内製DXエンジニアの仕事はどう変わるか」を書いた。

AI時代の内製DXエンジニア ── 実装の先にある仕事が本業になる

AIコーディングツールの普及で、コードを書くスピードは劇的に上がった。しかし、速く書けるようになった分だけ、新しい問題が出てきている。 AIが書いたコードのセキュリティを、誰がどうレビューするのか。

IT業界全体で見ると、これは深刻な問題になりつつある。コードを書くスピードが上がった分、レビューが追いつかなくなっている。Webサービスを開発している会社にとっては、セキュリティレビューの体制をどう整えるかが経営課題になりつつある。

セキュリティは「悪魔の証明」

なぜセキュリティレビューが追いつかないのか。根本的な理由は、セキュリティの検証がコーディングとは性質が違うことにある。

コーディングには達成すべき目的がある。「この入力に対してこの出力を返す」というゴールが明確で、テストで検証できる。別の記事で書いた「テストで検証する」アプローチは、機能面には有効に働く。

AI時代の内製DXエンジニア ── 実装の先にある仕事が本業になる

しかしセキュリティは 「穴がないこと」を証明する作業 になる。既知の脆弱性パターンはチェックできるが、まだ知られていない攻撃手法には対応できない。攻撃する側は1つの穴を見つければ勝ち。守る側はすべてを塞がないと負け。この非対称性は、AIを使ってもなかなか解消できない。

いずれAIがセキュリティの問題を解決する日は来ると思う。しかし「穴がありません」とAIが保証する形がどうなるかは、まだ見えていない。しばらくは人間の判断が必要な領域として残るだろう。

内製DXは「閉じている」から影響が小さい

ただし、この問題が中小製造業の内製DXにとって緊急かと言えば、 そこまでではない。

理由は単純で、内製DXのツールはほとんどが社内ネットワークに閉じているから。ユーザーは社員数十人。外部からのアクセスはない。攻撃者から見て、社内の業務ツールに直接到達するのは非常に難しい。

AIが書いたコードに問題があったとしても、そのコードが社内ネットワークの中でしか動いていなければ、外部から突かれることはない。内製DXの世界では、AIのコードをそのまま使うことのリスクは、外部公開サービスとは比較にならないほど小さい。

だから、内製DXにおけるAI活用は 使う方向で問題ない。 コーディングの難易度もそれほど高くなく、環境が閉じているから、AIとの相性は良い。別の記事でVBAとAIの組み合わせについて書いているが、内製DXの開発にAIを取り入れることへの障壁は低い。

内製DXの開発にAIを使う ── VBAでも「AIに書かせる設計」はできる

外に出すなら話が変わる

問題になるのは、AIが書いたものを 外部に公開する 場面になる。

たとえば、自社のWebサイトに問い合わせフォームを設置する。社外向けの受発注ポータルを作る。取引先とのファイル共有の仕組みを構築する。こうした「外に開けた」システムをAIに書かせて、セキュリティレビューなしにそのまま公開するのは危ない。

「得意なプラットフォーム」を1つ持っておく

では、外に開けた環境でAIを使いたいならどうするか。答えは 自分がある程度理解しているプラットフォームを1つ決めて、そこで動かす ことになる。

VPSなら基本的なセキュリティの設定ができる、という人はVPSでやればいい。クラウド(AWSやGCP)のセキュリティグループの設定がわかるなら、そこでやればいい。FileMakerやkintoneのようなノーコード系のプラットフォームで外部公開の仕組みを作る手もある。セキュリティの基本的な部分はプラットフォーム側が担保してくれるので、自分でインフラを管理するよりハードルは低い。何のプラットフォームでもいいが、大事なのは 自分が仕組みを理解している「箱」の上で動かすこと になる。

別の記事で「自社固有の領域は自分で理解すべき」と書いた。これと同じ構造になる。AIがコードを書いてくれても、そのコードが動く環境の安全性は自分が担保する。コードの中身はAIに任せても、インフラの理解は手放さない。

中小製造業の内製DXと外注の線引き ──「自社固有」か「汎用」かで決める

逆に言えば、 AIが書いたコードをコピペして、よくわからないプラットフォームに載せて外に出す のが一番危ないパターンになる。コードもわからない、環境もわからない。何かあったときに、何が起きているかも判断できない。

閉じた環境から始めて、得意な場所に広げる

中小製造業の内製DXとしての現実的なステップは明確になる。

まずは社内に閉じた環境でAIを使って開発する。 ここはリスクが低いので、積極的に活用していい。コーディングの速度が上がり、これまで手が回らなかった改善にも着手できるようになる。

外部に公開する必要が出てきたら、得意なプラットフォームを1つ決める。 そのプラットフォームの基本的なセキュリティ——ファイアウォールの設定、アクセス制御、SSL証明書の管理——を自分で理解して設定できる状態にしておく。

わからなければ、その部分は業者に頼む。 セキュリティは汎用領域なので外注が自然。ただし、何を守りたいかは自分で把握しておく。

中小製造業のDXとランサムウェア ── 便利にした分だけ攻撃面が増える


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中小製造業の資金繰り予定表に、内製DXはどこまで効くか

資金繰り予定表の「変動費」はどうやって埋めているか

受注生産の中小製造業なら、資金繰り予定表は作っているだろう。入金予定と出金予定を並べて、向こう数ヶ月の資金の過不足を見る。経営の基本になる。

入金側は比較的見通しが立てやすい。販売管理ソフトに受注を登録していれば、納期と顧客ごとの回収サイト(締日・支払日)から入金予定が組める。すでに出荷・請求済みの売掛金は会計ソフトにも入っている。

出金側のうち固定費——家賃、リース料、給与、社会保険料——も毎月ほぼ一定で、過去のデータから予測できる。すでに発注済みの材料費や外注費は、販売管理に買掛として入っているから出金予定は見える。

では、受注は決まっているが、まだ材料を手配していない案件の変動費 はどうやって予定表に載せているか。

ここが資金繰り予定表の最も作りにくい部分になる。受注残が多い会社ほど、この「受注済み・未発注」の層が厚い。

しかもこの変動費の根拠データは、経理からは入手しづらい構造になっている。材料費や外注費の内訳を持っているのは設計部門で、積算資料(見積もりの原価明細)の中にある。資金繰り予定表を作る経理と、変動費の根拠を持つ設計が別の部門にいるから、案件ごとの積算が予定表に反映されにくい。結果として、経理は経験則や過去の傾向で埋めることになるが、受注の内容によって変動費は大きく変わるから、精度に限界がある。

受注が増えれば運転資金も比例して増える。その見通しの精度を左右するのが、この未発注分の変動費をどれだけ正確に予定表に載せられるか、という部分になる。

設計の積算データを経理につなげる

ここで内製DXの出番がある。

受注生産では、すべての受注に見積もりがある。設計部門が作る積算資料の中に、材料費と外注費の内訳がすでに入っている。つまり受注残の全案件について、変動費の根拠データは社内に存在している。問題は、そのデータが資金繰り予定表に活用できる仕組みになっていないことにある。

以前の記事で「見積もりは使い捨てにするには惜しいデータ」と書いたが、資金繰りの文脈でも同じことが言える。

受注生産のデータは見積番号から始める ── 受注起点では見えないフィードバックループ

やることは、受注データに以下の情報を紐づけるだけになる。

  • 入金側: 納期 → 請求 → 回収サイト → 入金予定日
  • 出金側: 見積の材料費・外注費 → 仕入先の支払条件 → 出金予定日

これを受注案件ごとに並べれば、「この案件は出金が入金より2ヶ月先行する。その額は約○万円」という見通しが立つ。受注残の全案件を積み上げれば、資金繰り予定表の変動費の部分が、経理の経験則ではなく設計の積算データに基づいた数字で埋まる。

内製DXの仕事は、設計部門が持っている積算データを、経理が資金繰り予定表に使える形で引き出すこと。新しいデータを作る話ではなく、すでに社内にあるデータを部門をまたいでつなげる話になる。

来月の案件も3ヶ月先の案件も、見積もりを出している以上、予測の精度は同じになる。受注生産の強みは、受注残の範囲内であれば時間軸に関係なく同じ精度で出金を予測できることにある。見えないのは受注残の外——まだ受注していない仕事だけになる。

もちろん、資金繰りの実態は会社によってまったく違う。数ヶ月かけて大型設備を1台作る会社なら、1案件の出金インパクトが大きく、その1件の入金タイミングで資金繰りが左右される。数日で小物部品を数百個作る会社なら、1案件ごとの影響は小さいが、件数が多い分だけ全体の積み上げが要る。どちらにしても、見積データを資金繰り予定表につなげる原理は同じになる。

精度は見積の精度で決まる、でもそれで十分

予測の精度は見積もりの精度に依存する。見積ベースの材料費と実際の仕入額は一致しない。ただし、ここで必要なのは1円単位の正確さではなく、 「資金がショートしそうかどうか」の判断材料 になる。以前の記事で原価管理の精度について「70点で十分」と書いたが、資金繰りの予測も同じ。見積もりの読みが大きく外れていなければ、見通しとしては十分に使える。

中小製造業の多品種少量生産における原価計算の「落とし所」

もちろん、DXで改善できるのは予定表の精度まで。支払条件の交渉、大口案件の前受金、金融機関との資金調達——こうした資金繰りそのものの改善は経営判断の領域であり、データの問題ではない。

ただ、3ヶ月先に資金が足りなくなりそうだとわかっていれば、手の打ちようはいくらでもある。来週の支払いに足りないとわかったときには、選択肢はほとんどない。予定表の変動費が経験則ではなくデータで裏付けられていれば、経営者はより早く、より正確に手を打てる。

中小製造業の「値決めできない」問題に、内製DXはどこまで効くか

受注が増えて会社が成長するとき、運転資金の負担は必ず大きくなる。設計の積算データを資金繰り予定表につなげておくこと。経理の仕事を代替するのではなく、設計部門が持っている原価情報を、経理が使える形で届けること。部門をまたぐデータの橋渡し——それが資金繰りにおける内製DXの役割になる。


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中小製造業の仕入先との関係は、担当者の頭の中にしかない

仕入先にも種類がある

中小製造業の「仕入先」と一口に言っても、中身はかなり違う。

製品の材料を買う鋼材商社。ボルトやナットを買う部品商社。自社の製品の一部を加工してもらう外注先。自社ではできない条件があるときに頼む同業の協力会社。ネットワークやサーバーを面倒見てくれるIT業者。

材料を買うだけの取引なら、発注・納品・請求というデータの「点」で関係が完結する。価格と納期と品質が合えばそれでいい。

しかし、加工外注や協力会社になると話が変わってくる。「この形状ならあそこに頼めばうまくやってくれる」「急ぎのときは無理を聞いてくれる」「図面に書いていないニュアンスを汲んでくれる」——こういう関係は、発注データには載らない。データとしての接点は「点」でも、実際の関係はもっと深いところで動いている。

別会社という壁

当たり前だが、仕入先は別会社になる。相手のシステムに入り込むことはできないし、相手の工程や負荷状況を直接見ることもできない。

やりとりの手段は、メール、電話、チャットに参加してもらう、あるいは社員が検査や打ち合わせで訪問する——この程度が現実的な接点になる。以前の記事で外注先をチャットに入れる運用を紹介したが、あれにしても日常のやりとりがスムーズになるだけで、相手の内部が見えるようになるわけではない。

中小製造業の社内連絡は、メールでも電話でもなくチャットがちょうどいい

お互い懐を見せられない、という事情もある。こちらの原価構造を相手に見せたくないのと同じように、相手も自社の情報は出したくない。中小同士の取引では、このあたりの距離感は特に繊細だと思う。

担当者の関係で成り立っている

結局のところ、中小製造業の仕入先との関係は、担当者同士の人間関係で成り立っている部分が大きい。

関係の始まり方も様々で、実務者レベルで完結しているケースもある。飛び込み営業がきっかけで付き合いが始まり、そのまま現場の担当者同士でやりとりが続いている。この場合、経営者はその仕入先と具体的にどういう関係にあるのか、詳しくは把握していないことも多い。

一方で、経営者同士が知り合いというパターンもある。もともと社員だった人が独立して作った会社、業界の集まりで知り合った同業者——こうした関係は、経営者の個人的なつながりに依存している。

どちらのパターンでも、関係の実態は特定の誰かの頭の中にある。自社にとってどれだけ重要な仕入先であっても、その関係の経緯や背景、相手の特徴や注意点は、担当者が抱えたまま共有されていないことが多い。

担当者が変わると関係が切れる

以前の記事で、IT業者との関係が担当者の異動で崩壊した例を書いた。仕入先との関係でも同じことが起きる。

中小製造業の内製DXと外注の線引き

担当者が退職する、異動する、あるいは相手側の担当者が変わる。それだけで、長年かけて築いた関係がリセットされる。やりとりの経緯、暗黙の了解、「前にこういうことがあったから今はこうしている」という判断の背景——こうした情報が一人の頭の中にしかなければ、その人がいなくなった時点ですべて失われる。

大企業なら組織として関係を管理する仕組みがある。引き継ぎの手順があり、複数人で対応する体制がある。しかし中小製造業では、仕入先との関係が文字通り一人の担当者に紐づいていることが珍しくない。自社の製造能力に直接影響するような重要な協力会社との関係ですら、そうなっていることがある。

DXの限界を認める

正直に書くと、この問題にDXが直接効く場面は限られている。

仕入先との関係の本質は、信頼と暗黙知で成り立っている。「あそこは急ぎでも嫌な顔をしない」「この手の加工はあそこが一番うまい」「あの担当者にはこう言えば通る」——こうした情報はシステムに載せにくい。載せたところで、信頼関係そのものが移るわけではない。

以前の記事で内製DXの弱点を正直に書いた。今回も同じスタンスで、できないことはできないと認めた上で、それでもやれることを考えたい。

内製DXの弱点を正直に書く ── 小さなツールの組み合わせで起きること

接点を一人にしない

これはDXの話ではなく組織の話になるが、最も効果があるのは 仕入先との接点を担当者一人に閉じないこと だと思う。

打ち合わせに複数人で参加する。訪問するときに別の社員も連れていく。チャットのチャンネルに担当者以外も入れておく。こうした小さな積み重ねで、関係が一本の線ではなく複数の線で結ばれた状態になる。

一人が抜けても、別の誰かが関係の文脈を持っている。完全な引き継ぎは難しくても、ゼロからの再スタートにはならない。

仕入先マスタにナレッジを足す

もう一つ、これはDXの領域になる。仕入先に関する情報を、担当者の頭の中から取り出して残すこと。

営業先の管理にはCRMという考え方がある。担当者名、商談の履歴、関係の経緯——顧客との関係を組織として蓄積する仕組み。同じことが、仕入先に対しても必要ではないかと思っている。売る側には仕組みがあるのに、買う側には何もない——これは中小製造業に限らず、多くの会社で見落とされている部分だろう。

ただし、ゼロから仕入先データベースを作る必要はない。仕入先とお金のやりとりをしている以上、会計ソフトなり業務システムなりに仕入先マスタはすでにある。会社名、支払い条件、振込先——取引に必要な情報は登録されている。箱はすでにあるので、そこにナレッジを足すほうが自然だと思う。

受注生産の中小製造業における仕入管理は「今のやり方」から始めればいい

足すべき情報は、たとえばこういうものになる。

  • 相手側の担当者名、連絡先
  • 得意な加工、対応できる条件、設備の特徴
  • 過去のトラブルや注意点
  • 関係の経緯(どういう縁で付き合いが始まったか)
  • 価格感の目安、納期の傾向

どれも担当者に聞けばすぐ出てくる情報だが、聞かなければどこにも残らない。以前の記事でナレッジ管理の話を書いたとき、対象は社内業務のノウハウだった。しかし同じ方法論——聞き取り役が翻訳して残す——は、仕入先の情報にも使える。

中小製造業のナレッジ管理が進まない本当の理由

担当者が辞めたときに、次の人が「この会社とはこういう付き合いをしてきた」とわかる程度の情報があるだけで、ダメージは大きく変わる。7516で書いた「30点からスタートできる状態」と同じ考え方になる。

関係の見える化は、仕入先の棚卸しでもある

仕入先の情報を整理してみると、副次的に見えてくることがある。

特定の仕入先に依存しすぎていないか。代替先はあるか。関係が一人の担当者に集中していないか。以前の記事で「依存先は常に分散させる」と書いたが、仕入先との関係にも同じことが言える。

中小製造業の内製DX ── 判断に迷ったときの基準を持っておく

仕入先の情報を残す作業は、単なる記録ではなく、自社の外部依存の構造を可視化する作業でもある。見えていなかったリスクが見えるようになるという意味では、これも一つの「見える化」だと思っている。


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中小製造業の「人材不足」の正体と、DXにできること

「人材不足」とは誰の話か

中小製造業で「人材不足」という言葉はよく聞く。しかし、この言葉はかなり雑に使われている気がしている。

事務職が足りないという話はほとんど聞かない。経理、総務、購買事務——こうしたポジションは、募集すればそれなりに応募が来る。

足りないのは現場作業者のほうだろう。製造ラインに入る人、溶接や機械加工のオペレーター、検査員——ものを作る現場で手を動かす人が来ない。これが中小製造業の「人材不足」の正体ではないかと思っている。

集まりにくい構造がある

理由を突き詰めると、きつい仕事のわりに給与が高くないという話に行き着く。

立ち仕事、重いものを扱う、暑い・寒い・油がつく——製造現場の仕事は身体的な負荷が高い。それに対して、同じ地域のサービス業や事務職と比べて給与が突出して高いかというと、そうでもないことが多い。特に数十人規模の中小製造業は、大手メーカーの賃金テーブルとは差がある。

同じ給与なら、身体への負担が少ない仕事のほうに人が流れるのは自然なことだと思う。「人材不足」と言い続けることで、賃金や労働条件の問題に向き合う機会を逃している面もある気がしている。

DXだけでは解決しない

この問題に対して「DXで解決しましょう」と言うのは無責任だろう。

現場作業者が足りない本質は、賃金と労働条件の問題にある。業務効率化で多少の負荷を減らせたとしても、それだけで応募が急に増えるわけではない。以前の記事で「受注が足りないときは内製DXでは解決しない」と書いたが、人材不足にも似た構造がある。打てる手の限界を認識した上で、それでもDXにできることを考えたほうが誠実だと思う。

中小製造業の「値決めできない」問題に、内製DXはどこまで効くか

「その他が同じ条件なら」で差がつく

ただ、一つ気づいていることがある。

同じ業種、同じ地域、同じくらいの給与水準でも、人が集まっている会社とそうでない会社がある。その差がどこにあるかというと、社内環境の印象ではないかと感じている。

求職者の立場で考えてみる。どちらも同じような製造業の求人で、給与も大差ない。片方はホームページに工場の写真が載っていて、社内の雰囲気が見える。もう片方はホームページすらない。どちらに応募したくなるかと言えば、やはり前者だろう。

これは見た目の話だけではない。入社後の環境にも差が出てくる。情報が整備されていて、教育体制がある会社と、「とりあえず見て覚えて」の会社。社内の連絡がチャットで整理されている会社と、口頭と紙のメモだけの会社。現場にタブレットや端末があって図面や手順書がすぐ見られる会社と、事務所まで取りに行かないと確認できない会社。

きつい仕事であること自体は変わらない。しかし、 その他の条件で「ここはちゃんとしている」と感じてもらえるかどうか が、応募の分岐点になっている気がする。

具体的に何が効くか

社内環境の整備が、結果として採用力につながる場面がある。いくつか挙げてみる。

ホームページで社内環境をオープンにする。 受注を取るためのHPではなく、採用のためのHPという発想になる。工場の写真、設備の紹介、社員の働いている様子——検索で求人にたどり着いた人が「ここで働くイメージ」を持てるかどうかは意外と大きい。以前の記事でHPだけで受注は来ないと書いたが、採用における役割はまた別の話になる。

中小製造業の「値決めできない」問題に、内製DXはどこまで効くか

社内の情報に携帯からアクセスできる。 勤怠、給与明細、社内連絡——こうした情報に自分のスマホからアクセスできる環境は、今の求職者にとっては当たり前に近くなっている。逆にこれがないと、それだけで「古い会社」という印象を持たれやすい。

現場に端末がある。 図面を確認する、作業手順を見る、不良の記録を入力する——紙ではなくデジタルで完結する現場は、見た目にも整った印象を与える。以前の記事でタブレットを入れて最終的に固定PCに落ち着いた経験を書いたが、タブレットでも固定PCでも、現場で必要な情報にすぐアクセスできる状態を作ることが大事になる。

中小製造業のデータ入力は、タブレットでは定着しない

入社時に情報が整備されている。 業務マニュアル、作業手順書、安全規定——入社初日に「これを読んでおいて」と渡せるものがあるかどうか。ナレッジが整備されている会社は、教育の負担が減るだけでなく、「受け入れ体制がちゃんとある」という安心感にもつながる。

中小製造業のナレッジ管理が進まない本当の理由

どれも特別な投資が必要な話ではない。社内のDXを進めていく中で、副産物として手に入るものが多い。

賃金の話を避けずに

社内環境を整えても、賃金が相場より明らかに低ければ人は来にくい。それは事実として受け止める必要があると思う。

ただ、原価管理ができていて利益が見えている会社は、賃上げの判断もしやすくなる。どの仕事でいくら利益が出ているかがわかれば、「ここまでなら賃金に回せる」という根拠が持てる。データがないまま「上げるべきか、上げたら赤字にならないか」と悩み続けるよりは、前向きな判断がしやすい。

中小製造業の多品種少量生産における原価計算の「落とし所」

DXが人材不足を直接解決するわけではない。しかし、社内環境の整備を通じて「選ばれる会社」に近づくことはできるし、原価管理を通じて賃上げの判断に根拠を持つこともできる。回り道に見えるかもしれないが、構造的な問題に対して打てる手としては、これが現実的な範囲ではないかと思っている。


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