中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

標準化が現場に合わないとき

外部の業者は、判で押したように標準化や脱属人化を勧めてくる。その目的は、業務を特定の人に依存させず、誰がやっても同じように回る体制を整えること。管理する側にとっては正しいが、それをそのまま中小企業に持ち込むと、入力コストだけが膨れ上がって現場が疲弊する。

数千人規模の会社と数十人の会社では、標準化にかけられる体力がまるで違う。にもかかわらず、同じフレームワークを当てはめようとするから無理が生じる。

属人化は本当に悪か

「属人化は危険」という指摘は正しい。特定の誰かがいなくなったときに業務が止まるなら、それは経営上のリスクに他ならない。

しかし、すべての属人化を同列に扱うのは間違っている。

中小製造業では、 「属人化」と呼ばれているものの中に、その会社の強みそのものが埋まっている ことが多い。音で機械の異常がわかる、この客はこういう仕上げを好むと知っている、材料を見れば加工の段取りが頭に浮かぶ。こうした力は、同じ業務を何年もやり続けた結果として身についたもの。属人化とは、裏を返せば特定の人が時間をかけて専門性を積み上げてきた状態でもある。

そもそも中小製造業には、属人化が進みやすい構造的な理由がある。大企業のように人材が豊富ではないから、1つの業務を複数人で回す余裕がない。結果として、特定の人が特定の業務を長く担い続け、自然とベテラン化していく。これは怠慢ではなく、限られた人数で回す中小企業の必然に近い。

「誰がやっても同じように回る」ことを目指す標準化は、70点で回せる体制をつくることはできても、ベテランと同じ95点には届かない。その差の部分こそが会社の競争力になっている。そのうえ中小の人員規模では、脱属人化そのものが構造的に難しい。職人的な強みを失わせ、しかも実現もできない。

目指すべきは「脱属人化」でも「属人化の肯定」でもなく、属人化のトリアージ。つまり、どの知識が消えたら致命傷になるかでランク分けをして、対処の優先度を決めることにある。

対策の基本は「人で回す」設計

ただ、仕分けの前に一つ大事な前提がある。

属人化への最も基本的な対策は、同じ業務をできる人を複数つくること。重要な業務を定年まで1人にやらせ続ける状態は、そもそも設計ミスと言っていい。

中小企業に専任のバックアップを置く余裕はない。だから同じ部署の人が、自分の業務をこなしながら隣の業務も最低限カバーできる状態をつくる。ベテランと同じ水準にはなれなくても、いざというとき業務が止まらない体制にはできる。定年が近いベテランなら、かなり前から後任を横に付けて一緒に仕事をさせる。こうしたソフトランディングの設計が、属人化対策の基本になる。

中小製造業の現場では、文字にしづらい判断のタイミングや勘所が業務の質を左右する。マニュアルを読むより、隣で見て一緒にやった方が伝わることの方が多い。だから「人で引き継ぐ」設計がまずあって、文書化はそのうえでのプラスアルファになる。

ただし、人の配置にも限界はある。後任が辞めることもあれば、異動や体調不良もある。だからこそ、どの領域に追加の備えが必要かを仕分けるトリアージが要る。

属人化のトリアージ

致命的リスク:絶対に属人化してはいけない領域

システムの管理者パスワード、サーバーの構成情報、基幹業務が止まるプロセスの手順。これらが特定の1人の頭の中にしかない状態は、戦略ではなくただの怠慢。

ここは最優先で文書化・共有する。コストがかかるとかの問題ではなく、この人が明日いなくなったら会社が止まるかどうかで判断する。

深刻なリスク:段階的に共有すべき領域

見積もりのロジック、主要取引先との暗黙の取り決め、特殊工程の段取りノウハウなど。完全なマニュアル化は現実的ではないが、判断の根拠だけでも記録しておけば、引き継ぎ時のダメージは大幅に軽減される。

ここは「完璧な手順書」ではなく「なぜその判断をしたか」のメモで十分。

軽微なリスク:属人化を許容してよい領域

現場のベテランの微調整、経験に基づく加工順序の組み立て、長年の付き合いで成立している取引関係。これらを標準化するコストは、中小企業の体力では回収できないことが多い。

ここに無理やり標準化を持ち込むくらいなら、その時間とコストを致命的リスクの解消に使った方がいい。

線引きの基準

属人化を残すか潰すかの線引きは、その作業に判断が伴うかどうかだけでは足りない。もう一つ、その人がいなくなったとき何が起きるかという視点が必要になる。

判断が不要で、かつ誰がやっても同じであるべき作業は標準化する。判断が必要で、かつ代わりがすぐ見つかる領域は属人化を許容する。判断が必要で、かつ代わりがいない領域は、判断そのものではなく判断の根拠を共有する。

この仕分けを現場のベテランと一緒にやることが、トリアージの第一歩になる。

文書化で「もしも」に備える

人の配置で引き継ぎの設計ができたら、次はそれを補う「記録」に手をつける。「致命的リスク」に該当する領域は、引き継ぎ体制が整っていても、情報そのものを残しておく価値がある。

ここで陥りがちなのが、仕組み化=大きなシステム導入と考えてしまうこと。実際には、もっと手前にやるべきことがある。まず残すだけでいい。

パスワードが1人の頭にしかないなら、台帳を作る。サーバーの構成を誰も把握していないなら、構成図を1枚書く。見積もりのロジックがベテランの勘に頼っているなら、「なぜこの金額にしたか」のメモを1件分だけ残す。

形式はどうでもいい。Excelでも紙でも、共有フォルダに置いたテキストファイルでもいい。大事なのは、今この瞬間に1人の頭の中にしかない情報を、もう1箇所に写すこと。それだけで致命的リスクは致命的でなくなる。

完璧なマニュアルを作ろうとすると手が止まる。まずは雑でいいから残す。それが、属人化と向き合う最も確実な一歩になる。


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