AIが知っているのは、世の中の標準です。あなたが欲しいのは、自社の答えです。その差分は、AIの性能ではなく、AIに渡す情報で埋めるしかありません。
高度なモデルを使っているのに、欲しい答えが返ってこない。この相談をよく受けますが、原因はほぼこの差分にあります。そして、AIに任せるときに必要な情報量は、新人にその仕事を任せるときに必要な情報量と、ほぼ同じです。
前回の記事で、AIの確率的な挙動を業務のどこに置くかという話を書きました。今回はその対になる話で、AIが参照する知識をどこに置くか、という話です。着地は同じです。本体はAIではなく、AIに渡す情報のほうにあります。
AIは、渡さなければ標準的な答えしか返せない
まず前提として、AIは世の中のテキストから学んだ「もっともらしい答え」を返す仕組みです。固有の情報を渡さなければ、一般的で標準的な知識をもとに答えるしかない。あなたが欲しい答えを知っているわけではないので、欲しい答えがあるなら、それをあらかじめ伝えておく必要があります。
この先どんなにAIが賢くなっても、ここは変わりません。賢さが上げるのは標準的な答えの質であって、あなたが何を欲しいかは、性能では埋まらないからです。
AIに渡すことと、人に渡すことは同じ作業
たとえば、誰かに何かを伝える文章を書くとします。文体や体裁、誤字脱字の話を除けば、書き手に明確に伝えたいことがあるなら、AIが持ってくるものはありません。AI自体には伝えたいことがないので、内容は人が渡すしかない。そして、AIに内容を渡す作業と、それを他の人に渡す作業は、同じ作業です。
だから、AIを使えばすべてが楽になる、というわけではありません。楽になるのは、伝えたいことがすでに言語化されている場合です。
逆に、内容を渡さずにAIに任せると、伝えるべき内容そのものが変わってしまいます。「AIの使い方を社内向けにまとめて」と頼めば、それらしい文章は出てきます。でもそれは標準的な内容であって、自分が経験して得たノウハウではない。読んだ人は、標準的なことを知るだけです。
積算業務で言えば、「積算して」と伝えるだけではだめで、新人が積算をできるようになる程度の情報は当然必要です。単価表、拾い方のルール、例外の扱い、過去の案件でどう判断したか。これは新人に教えるときに渡す情報と、まったく同じものです。
言い換えると、新人に任せられる程度に言語化できていない仕事は、AIにも任せられません。「AIに何を渡せばいいか分からない」という状態は、たいてい「その仕事がまだ言語化されていない」という状態です。
渡す情報は三種類ある
では、その情報をどう管理するか。「どこに誰が保存するのか、フォーマットは何か、人が更新するのかAIが更新するのか、どうやってAIに渡すのか」を考えていくと、情報は三種類に分かれます。
| 種類 | 例 | 渡し方 | 更新 |
|---|---|---|---|
| 固定のルール | 社内規程、単価表、判断基準、出力の形式 | 毎回、最初に渡す | 人が更新する |
| 更新される情報 | 案件の進捗、過去の見積、対応履歴 | 必要なときに検索させる | 人とAIの両方が更新する |
| 使い捨ての情報 | 今回の依頼の条件、今回の相手 | その場で渡す | 保存しない |
この分類が決まると、保存場所も決まります。固定のルールは誰もが同じものを参照すべきなので、一か所に置いて全員が同じものを渡す。更新される情報はDBや文書に置いて、検索できるようにする。使い捨ての情報は、チャットに書けばいい。
前回の記事で「中央化されるのはAIではなく、AIが参照するデータとルール」と書きましたが、その中身がこの表の上二行です。
ベースは渡し、残りは検索させる
なぜ三種類に分ける必要があるかというと、AIに一度に渡せる情報には限りがあるからです。チャットのようなUIでは、一つの会話で保持できる情報量が有限で、膨大な前提情報を全部載せることはできません。
なので設計としては、ベースとなる知識(固定のルール)は最初に渡し、必要な情報(更新される情報)は検索させる、という形になります。全部を渡そうとすると入りきらないし、全部を検索させると毎回ルールを見失う。
この制約はモデルの進化で緩む可能性がありますが、原則は変わりません。汎用知識と自社の知識は別物で、後者はどこかに置いて渡さなければ、AIにとっては存在しないのと同じです。
AIが「知っている」ように見えることの罠
勘違いしやすいのは、AIがネット上のテキストを学んでいるので、何でも知っているように見えることです。積算の一般的な手順も、業界の用語も、それらしく答えます。
でも、それは標準的な知識であって、あなたの会社の単価表でも、あなたの会社の判断基準でもありません。AIが持っている知識を使おうとすると、たいてい失敗するのはこのためです。一般論としては合っているが、自社の答えとしては違う、という結果になります。
冒頭に書いた通り、標準と自社の答えの差分は、渡すしかありません。
結局、言語化と置き場所の話に戻る
まとめると、こうなります。
AIは渡さなければ標準的な答えしか返せず、欲しい答えは渡す情報で決まる。渡す情報は、人に渡すときと同じものが必要で、それが言語化されていない仕事はAIにも任せられない。渡す情報は固定のルール、更新される情報、使い捨ての情報の三つに分かれ、前二つは置き場所を決めて管理する必要がある。
だから、AIを使いこなすために必要なのは、AIの操作方法ではなく、自分の仕事を新人に教えられる程度に言語化することと、それを置く場所を用意することです。前回の記事のデータ整備と、言っていることは同じです。AIに渡す準備ができている会社は、AIが賢くなるたびに、そのまま恩恵を受けられます。
AIに任せられる仕事は、新人に任せられる仕事です。