品質管理の正体はデータ管理 ── 中小製造業のトレーサビリティと統計管理を阻むもの

品質管理の「手法」は足りている

品質管理の教科書は山ほどある。QC7つ道具、なぜなぜ分析、FMEA、SPC(統計的工程管理)。手法そのものは体系化されていて、学ぼうと思えばいくらでも学べる。

しかし中小製造業の現場で品質管理が回っていないとき、原因は手法を知らないことではない場合が多い。管理図を描きたくてもデータがない。不良の傾向を分析したくても記録が残っていない。トレーサビリティを求められても、どのロットがどの材料でいつ誰が作ったのか追えない。

品質管理の問題に見えて、実はデータ管理の問題であるケースが非常に多い。

トレーサビリティは「紐づけ」の問題

トレーサビリティとは、製品がどの材料から、どの工程を経て、いつ、誰の手で作られたかを追跡できる状態を指す。顧客からのクレーム対応、リコール時の影響範囲の特定、工程改善のための原因分析——いずれもトレーサビリティがなければ始まらない。

ここで必要なのは高度なシステムではなく、データ同士の紐づけになる。

受注番号、ロット番号、仕入先、材料ロット、工程、作業日、作業者。これらの情報がバラバラに存在していても、紐づけのキーがあれば追跡できる。逆に、どれだけ丁寧に検査記録を書いていても、紐づけのキーがなければ追跡できない。

受注番号と製品の紐づきは、規模の小さい工場でも大抵できている。受注を受けて製品を作る以上、どの注文に対して何を作ったかは自然と追える。

切れがちなのは、その先——仕入の情報との紐づけになる。どの受注の製品に、どの仕入先から、いつ届いた、どのロットの材料を使ったか。ここが結びついていないケースが非常に多い。検査成績書には「合格」と書いてあるが、使った材料のロットまでは追えない。これではクレームが入ったとき、同じ材料ロットで作った他の製品を特定できない。材料起因の不良なのか工程起因なのかの切り分けもできない。

もう一つ切れやすいポイントがある。以前の記事で、生産管理ではバッファ在庫を置いて前後工程を分断する「ポイントスケジューリング」が有効だと書いた。管理の負荷を下げるには良い考え方だが、品質の追跡という観点では、このバッファ在庫が情報の断絶点になりやすい。前工程で加工された部品がバッファに入った時点で、どのロットの材料をいつ加工したものかという情報が消え、後工程ではただ「棚にある部品」として使われる。生産効率のための分断が、トレーサビリティの分断にもなってしまう。

ここは割り切りが要る。全部品にロット番号を貼って追跡するのは中小の体力では現実的でないことが多い。ただし、少なくともバッファ在庫に入れるタイミングで「いつの加工分か」がわかる程度の単位管理——たとえば加工日や加工週で棚を分ける、現品票に加工日を書く——をしておくだけで、問題発生時の追跡範囲は大幅に絞れる。完璧な個体追跡でなくても、「3月第2週の加工分」まで絞れれば、全数回収よりはるかにましになる。

以前の記事で、受注生産の仕入管理は受注番号を軸にした紐づけで成り立っていると書いた。品質管理のトレーサビリティもまったく同じ構造になる。受注番号を一本の串として、仕入・工程・検査・出荷のデータを通す。特別な仕組みは要らない。串になるキーが存在し、各記録にそのキーが入っていること。それだけで追跡は可能になる。

紙の記録が悪いのではない

誤解のないように書いておくと、紙の検査記録が悪いわけではない。中小製造業の現場で、検査のたびにPCを開いて入力するのが現実的でない場面は多い。

問題は紙かデジタルかではなく、その記録に紐づけのキーが入っているかどうかになる。

検査記録の用紙に受注番号(またはロット番号)の記入欄があり、それが確実に書かれていれば、紙の記録でもトレーサビリティは成立する。後からデジタル化したくなったときも、キーさえあれば紐づけられる。

逆に、キーのない記録を何年分積み上げても、それは「記録した」という事実があるだけで、追跡可能な品質データにはなっていない。

検査データは「社外への証明」になる

このシリーズでは、原価や負荷、仕入といった社内向けのデータ管理を中心に書いてきた。これらは自社の判断のために使うデータであり、保管方法はExcelファイルで十分だった。

しかし検査データは性質が異なる。検査成績書は顧客への品質保証の証拠であり、クレーム対応時の根拠資料であり、業種によっては法令や規格(ISO 9001など)で保管期間が定められている。社内の管理データとは違い、「あとから出せること」が要件になる

ここで問題になるのが、紙の検査記録のまま何年分もファイルキャビネットに積み上がっている状態になる。記録は存在するが、3年前の特定の受注番号の検査成績書を探そうとすると、棚を端から探すことになる。顧客から急ぎで求められたとき、見つからないのは「記録がない」のと実質同じになる。

紙で記録すること自体は問題ないと先に書いた。ただし保管については、検索できる状態を維持する必要がある。現実的な方法としては、紙の記録をスキャンしてPDFにし、ファイル名に受注番号と日付を入れて保存するだけでも十分に機能する。検索キーがファイル名に入っていれば、フォルダの中から探せる。

以前の記事で、管理精度の向上は経営者の判断力を引き上げる「武器」だと書いた。原価の見える化や負荷の可視化は、経営者が攻めの判断をするためのデータになる。

一方、品質保証のデータは 「防具」 になる。経営者が日常的に見るものではない。しかしクレームが入ったとき、取引先の監査が来たとき、万が一リコールが必要になったとき、このデータがあるかないかで会社が受けるダメージがまったく変わる。武器と違って、防具は使わずに済むに越したことはない。しかし持っていなければ、一撃が致命傷になりかねない。

紐づけのキーと、検索可能な保管。この二つが揃っていれば、紙ベースの運用でも防具としての機能は果たせる。

統計的品質管理はデータの「形」が前提

統計的工程管理(SPC)は品質管理の中でも特にデータへの依存度が高い領域になる。Xbar-R管理図を描くには、同じ測定項目の数値データが時系列で蓄積されている必要がある。工程能力指数(Cp、Cpk)を算出するにも、十分な件数の測定値が規則的に記録されていなければならない。

ここで壁になるのが、データの「形」の問題になる。

以前の記事で、Excelのデータには「文法」があると書いた。1セル1値、型の統一、1行1件。品質データにもこの文法がそのまま当てはまる。

測定データが使えない形で残っている例:

日付 検査結果
3/5 外径 φ10.02、内径 φ5.01、OK
3/5 外径 φ10.05(※上限ギリギリ)、内径 φ4.98
3/6 OK

人間が読めば内容はわかる。しかしこのデータから管理図は描けない。数値と判定とコメントが1つのセルに混在し、測定項目が行ごとに違う形で書かれている。

使える形:

日付 受注番号 測定項目 測定値 規格下限 規格上限 判定 備考
2025-03-05 J-2501 外径 10.02 9.95 10.05 OK
2025-03-05 J-2501 内径 5.01 4.95 5.05 OK
2025-03-05 J-2502 外径 10.05 9.95 10.05 OK 上限ギリギリ
2025-03-05 J-2502 内径 4.98 4.95 5.05 OK
2025-03-06 J-2503 外径 10.01 9.95 10.05 OK
2025-03-06 J-2503 内径 5.02 4.95 5.05 OK

この形であれば、外径だけをフィルタして時系列に並べれば管理図が描ける。受注番号でフィルタすれば特定案件の検査結果が一覧できる。工程能力指数も計算できる。そして受注番号というキーを通じて、仕入データや工程データとも紐づく。

今すぐSPCをやるかどうかは関係ない。データの持ち方さえ正しければ、やりたくなったときにすぐできる。持ち方が間違っていれば、まずデータの整形から始めることになり、過去のデータは使えない。

「全数記録」で破綻するパターン

品質データの管理を始めようとすると、「全工程・全項目を記録しよう」という話になりがちになる。しかし中小製造業の現場で全数記録を徹底しようとすると、記録作業の負荷が高すぎて破綻するケースが多い。

以前の記事で、生産管理において全工程スケジューリングではなくポイントスケジューリングが有効だと書いた。品質管理でも同じ発想が使える。

押さえるべきポイントは3つ:

  1. 受入検査 ── 材料・部品が入ってきた段階。ここで記録を残せば、不良発生時に材料起因かどうかを切り分けられる
  2. 最終検査 ── 出荷前の段階。製品品質の最後の砦であり、顧客に対する品質保証の根拠になる
  3. クレーム・不良記録 ── 発生した問題の記録。これがなければ改善のサイクルが回らない

この3点だけ押さえれば、品質の追跡は8割方カバーできる。中間工程の記録は、特定の工程で不良が頻発しているなど、必要性が見えてから追加すればいい。最初から全部やろうとして、結局どれも中途半端になるよりも、3つを確実に残す方がはるかに実効性がある。

不良データは「件数」ではなく「分類」で持つ

不良の記録で最もよく見るのが、月次で不良件数だけを集計しているケース。「今月の不良は12件」という数字はあるが、どの工程で、どんな種類の不良が、どの程度の頻度で起きているかがわからない。

パレート図を描いて不良の優先順位をつけるには、不良の分類データが必要になる。分類といっても、最初から細かく定義する必要はない。

日付 受注番号 工程 不良区分 内容 数量
2025-03-05 J-2501 機械加工 寸法不良 外径公差外れ 2
2025-03-06 J-2503 溶接 外観不良 ビード不整 1
2025-03-07 J-2505 組立 欠品 ボルト不足 1

不良区分を5〜10種類程度に絞り、ドロップダウンリストで選択式にしておく。自由記述にすると「寸法不良」「寸法NG」「寸法はずれ」のように表記がゆれて集計できなくなる。これもデータの文法の記事で書いた、名称の統一と選択式の原則がそのまま効く話になる。

この形でデータが蓄積されれば、月次でパレート図を作って「先月は寸法不良が6割を占めている。機械加工の外径加工を重点的に見直す」という判断ができる。件数だけでは見えなかった改善の優先順位が、分類データによって見えるようになる。

品質管理のDXは検査装置の導入ではない

品質管理のDXというと、三次元測定機や画像検査装置の導入を思い浮かべるかもしれない。確かにこれらの装置は測定の精度と速度を上げてくれる。しかし、装置が吐き出すデータの受け皿が整っていなければ、高精度な測定値が紙に印刷されて棚にファイルされるだけで終わる。

品質管理のDXの本質は、検査装置の導入ではなくデータの設計にある。

  • どの情報を、どのタイミングで、どの形式で記録するか
  • データ同士をどのキーで紐づけるか
  • 蓄積したデータをどう集計・分析できる形にしておくか

これはExcelの使い方の範囲内でできることであり、新しいシステムも高価な装置も必要ない。紙の検査記録であっても、紐づけのキーと記録項目の設計が正しければ、品質データとして機能する。

このシリーズで繰り返し書いてきたことだが、中小製造業のDXは、ツールの導入ではなくデータの持ち方から始まる。品質管理も例外ではない。管理図やパレート図を描くための特別なソフトは不要で、Excelで十分にできる。ただし、そのExcelに入っているデータが、分析できる形で蓄積されていることが前提になる。

手法は教科書から学べる。装置は必要になれば買える。しかしデータは、正しい形で蓄積し始めなければ、後から取り返すことができない。品質管理の最初の一歩は、検査の厳格化でも装置の導入でもなく、記録の設計を見直すことにある。