データは単体では意味がない ── 在庫と原価を「つなげて見る」という内製DXの基本

数字を単体で見せることの危うさ

内製DXで社内のデータを可視化する場面が増えてくると、「この数字を見えるようにしてほしい」という依頼が出てくる。売上推移、原価率、在庫金額、不良件数。それぞれの数字を出すこと自体は難しくない。

しかし、数字を単体で見せると判断を誤ることがある。

原価率が下がっていれば「改善した」と見える。在庫金額が増えていれば「資産が増えた」と見える。どちらも単体では正しい読み方に見えるが、この2つを並べると、まったく違う景色が見えてくることがある。

内製DXの担当者は、データを経営者に渡す立場にいる。会計の専門家である必要はないが、渡す数字が単体で見ると誤解を招く構造になっていないかは知っておく必要がある。今回は在庫と原価という、中小製造業で最も身近で、かつ最もつなげて見るべき数字の組み合わせを取り上げる。

在庫が増えると、原価率が良くなる仕組み

会計上、売上原価は次のように計算される:

売上原価 = 期首在庫 + 当期製造コスト − 期末在庫

この式の意味するところは単純で、期末の在庫が多ければ売上原価は小さくなり、利益は大きくなる。在庫が増えただけで、売上が同じでも利益の数字が変わる。

たとえば、ある月の状況がこうだったとする:

通常月 在庫増加月
売上 1,000万円 1,000万円
期首在庫 200万円 200万円
当月製造コスト 800万円 900万円
期末在庫 200万円 350万円
売上原価 800万円 750万円
原価率 80% 75%

在庫増加月は通常月より100万円多く作っている。しかし売上は同じ。売れなかった分が在庫として150万円積み上がっている。

会計上の売上原価は「200+900-350=750万円」となり、原価率は75%。通常月より良い数字が出る。製造コストは増えているのに、原価率は改善している。

これは会計の仕組み上そうなるだけであって、実態として効率が良くなったわけではない。

DX担当者がこの構造を知っておくべき理由

この話は経理の人間なら知っている。しかしDX担当者がデータを可視化する立場になったとき、この構造を知らないまま数字を出すと危険なことが起きる。

たとえば、月次の管理レポートを作ってくれと頼まれたとする。会計ソフトから原価率を引っ張って、推移グラフを作る。3ヶ月連続で原価率が下がっている。「改善傾向です」と報告する。

しかし同じ期間に在庫が膨らんでいたら、それは改善ではなく在庫の積み増しで原価率が良く見えているだけかもしれない。このレポートを受け取った経営者が「原価は順調だ」と判断してしまえば、在庫の問題に気づくのが遅れる。

数字を出す人間が構造を知らなければ、正確な数字で経営者をミスリードすることになる。 データが間違っているのではなく、見せ方が足りない。

ちゃんとした原価計算でも起きる

全部原価計算で個別原価を管理している会社でも、同じ構造の問題が起きる。

全部原価計算では、固定費(設備の減価償却費、工場の賃料など)を生産量で割って製品に配賦する。生産量が増えれば1個あたりの固定費負担が下がるので、製品の単位原価が下がる。

  • 月産100個なら、固定費500万円 ÷ 100個 = 1個あたり5万円
  • 月産150個なら、固定費500万円 ÷ 150個 = 1個あたり約3.3万円

原価が下がった。改善が進んだ。——しかし増産した50個が売れずに在庫になっていたら、それは改善ではなく、固定費を在庫に押し込んだだけになる。

以前の記事でアワーレート方式による個別原価管理を書いた。アワーレート自体は正しい管理手法だが、生産量が増えたときに単位原価が下がる構造は同じになる。原価データだけを見ていると改善に見えるものが、在庫データと並べると実態が違うことがわかる。

一方で、個別原価計算をやっていない会社でも同じ罠にはまる。会計ソフトから出てくる月次の原価率だけ見ていて、「今月は原価率が下がった、いい傾向だ」と思っている。在庫と並べていないから気づかない。ある日、倉庫を見て「なんでこんなに在庫があるんだ?」となる。

ちゃんと原価を見ている会社も、なんとなく見ている会社も、在庫が増えると利益が良く見えるという同じ罠にハマる。ハマる経路が違うだけになる。

ゴールドラットが指摘した構造

この問題を最も鋭く指摘したのが、エリヤフ・ゴールドラットの『ザ・ゴール』になる。

工場の「効率」を上げろと言われる。機械を止めるな、稼働率を上げろ。稼働率を上げるためには作れるだけ作る。作った分は在庫になる。原価計算上は単位コストが下がる。帳簿上は利益が出ている。しかしキャッシュは在庫に寝ていて、実際には金が回っていない。

ゴールドラットはこの構造を「原価計算が工場の判断を狂わせる」と表現した。原価を下げるための合理的な行動(稼働率を上げる、大ロットで作る)が、在庫の山を生み、キャッシュフローを悪化させる。

「たくさん作ったほうが1個あたりのコストが安い」という感覚は、規模を問わず現場に染みついている。その感覚が正しい場面もあるが、売れる見込みのない製品を在庫として積み上げる根拠にしてはいけない。在庫は帳簿上は資産だが、実質的には回収できていないキャッシュになる。

「つなげて見せる」のがDX担当者の仕事

ここまでの話を踏まえて、DX担当者として最低限やるべきことを整理する。

原価率も在庫金額も、会計ソフトの中にすでに存在しているデータになる。問題はこの2つが別々の帳票・画面に出てくるため、並べて見る習慣がないことにある。

月次で2つの数字を並べるだけで、見え方が変わる:

原価率 期末在庫金額
1月 78% 320万円
2月 75% 380万円
3月 73% 450万円
4月 76% 420万円

原価率が下がっているのに在庫金額が増えていたら、効率改善ではなく在庫の積み増しを疑うサインになる。逆に、原価率が上がっていても在庫が減っていれば、滞留在庫を吐き出している健全な状態かもしれない。

新しいデータを取る必要はない。すでに会計ソフトにある数字を、並べて見える形にするだけ。しかしこの「並べる」という行為こそが、データを情報に変える最小単位の仕事になる。

もう一歩踏み込むなら、在庫を品目別または製品グループ別に見て、どこに滞留があるかを把握する。ただしこれは棚卸のデータがその粒度で残っていることが前提になる。以前の記事でデータの文法について書いたが、棚卸データも「あとから分析できる形」で残していなければ、数えた事実だけがあってデータとして使えないことになる。

データを「つなげる」視点は、在庫と原価に限らない

今回は在庫と原価の組み合わせを取り上げたが、単体では正しくても組み合わせないと意味が変わる数字は他にもある。

  • 売上が伸びているのに、入金サイトが延びていたらキャッシュは増えていない
  • 生産量が増えているのに、不良率も上がっていたら実質的な生産性は変わっていない
  • 受注件数が増えているのに、1件あたりの粗利が下がっていたら忙しくなっただけ

これらに共通するのは、1つの数字だけ見せると「良くなっている」ように見えるが、別の数字と並べると実態が違うという構造になる。

内製DXの担当者がデータを可視化するとき、「この数字は単体で見せていいか、何かと並べるべきか」を考える癖をつけておく。それが、データを出す人間としての最低限のリテラシーになる。以前の記事で管理精度の天井は経営者の判断力で決まると書いたが、その判断の手前で、データの出し方が判断の質を左右する。正しい数字を、誤解を招かない形で渡すこと。そこにDX担当者の役割がある。