中小製造業のデータ加工業務は、Excelでも回せる ── 「脱Excel」の前に考えるべきこと

誤解される前に言っておきたいこと

「Excelで十分」と言うと、思考停止に聞こえるかもしれない。DXの文脈では「脱Excel」が合言葉のようになっていて、Excelを肯定する発言は時代遅れに映る。

自分は中小製造業で内製DXを推進してきた立場で、業務に合わせてWebアプリやデータベースを使ったシステムも作ってきた。その経験を踏まえて思うのは、多品種少量・受注生産の中小製造業において、データを加工する業務プロセスはExcelでも十分に回せるということ。ただし、使い方を変える必要がある。

対象を絞る

まず前提として、すべてをExcelでやれと言っているわけではない。

  • 会計・給与・勤怠などのコモディティ業務 → 安価で安定した専用ソフトがある。それを使えばいい
  • CAD/CAM・ロボット制御など → 専門ソフトの領域。Excelの出番ではない

Excelでも回せると言っているのは、それ以外のデータを加工する業務プロセス。受注管理、見積、工程の進捗把握、原価集計、在庫管理——こうした、自社の業務プロセスにフィットさせる必要がある領域の話になる。

そしてこの領域こそが、外注やパッケージでは対応しきれず、かといって本格的なシステム開発に踏み切るほどでもない、中小製造業が最も悩むゾーンだと思う。

「壊れるExcel」と「回るExcel」は別物

世の中で問題視されているExcel運用は、だいたいこういう状態だろう。

  • 一つのシートに何でも詰め込んでいる
  • 誰かが数式を壊すと全体が崩れる
  • ファイルがコピーされて、どれが最新かわからない
  • 作った人にしか構造がわからない

これは確かに問題だが、Excelという道具の問題ではなく、使い方の問題になる。包丁で怪我をしたからといって、包丁が悪い道具だとは言わない。

「脱Excel」論の多くは、この壊れた状態のExcelを前提にしている。壊れた使い方を直せばいいのに、道具ごと捨てて新しいシステムを入れようとする。そして新しいシステムが現場に合わず、結局Excelに戻る——という話は、製造業では珍しくない。

使い方を変える:シートの役割を分ける

自分がExcelで業務の仕組みを作るとき、最も意識しているのはシートの役割を分離することになる。

  • データシート: マスタや実績データを格納する。直接手で編集しない前提で運用する
  • UIシート: ユーザーが入力・操作する画面
  • 出力シート: 帳票や集計結果を表示する

データシートはデータベースのテーブルと同じ扱い。ここにデータが蓄積され、VBAを通じて読み書きする。ユーザーはUIシートだけを触り、データシートには直接触れない。

これだけで、先ほどの「壊れるExcel」の問題はほぼ消える。データと画面が分かれているから、誰かが数式を壊してデータが飛ぶことがない。どのシートが何の役割かが明確だから、構造もわかりやすくなる。

なぜWebアプリではなくExcelなのか

Webアプリを作ればいいじゃないかという意見もあるだろう。自分もケースによってはそちらを選ぶこともある。それでも多くの場面でExcelを選んできた理由がある。

UIを作るコストがゼロ。 Webアプリを作ると、画面設計・レイアウト調整・レスポンシブ対応と、UI周りだけで相当な工数がかかる。Excelなら、セルの配置がそのままUIになる。

教育コストがゼロ。 全員がすでに使い方を知っている。新しいシステムを導入すると必ず発生する「操作方法の説明会」が要らない。

出力がそのまま帳票になる。 製造業では紙の帳票がまだ必要な場面が多い。Webアプリだと印刷用のレイアウトを別途作る必要があるが、Excelならそのまま印刷できる。

現場が自分で微調整できる。 「この列をもう少し広くしたい」「ここに項目を追加したい」という要望に、現場が自力で対応できる部分がある。開発者に頼まなくていい。

つまりExcelを選ぶ理由は、技術的な優位性ではなく導入と定着のしやすさにある。中小製造業のDXで最も難しいのは、作ることではなく使ってもらうこと。その壁が低い選択肢として、Excelはもっと見直されていいと思う。

よくある批判に答える

「データ量が増えたら重くなるのでは?」

今のPCスペックなら、中小製造業のデータ量で重くなることはほぼない。数万件のデータシートを頻繁に参照する場合は工夫が必要で、Range データを配列に読み込んでオンメモリで検索するといった対処をすれば十分に速く動く。

「作った人しかメンテできないのでは?」

これはExcel固有の問題ではない。Pythonで作ろうがWebアプリで作ろうが、作った人が辞めたらメンテできなくなるリスクは同じ。なのにExcelだけが「属人化するからダメ」と批判されるのは公平ではない。属人化は道具の問題ではなく、組織の問題になる。

「複数人で同時に使えないのでは?」

常時複数人が同時に書き込む必要がある場合は、外部データベースをバックエンドに置くべきだと思う。ただしその場合でも、UIとしてのExcelは読み取り専用で残せる。Excelを捨てる必要はなく、裏側を強化すればいい。

「脱Excel」の前に、Excelの使い方を見直す選択肢

「脱Excel」が必要な場面はもちろんある。ただ、中小製造業のデータ加工業務という文脈では、Excelの使い方を変えるだけで解決できることも多い。

変化への追従速度が速い。導入の壁が低い。教育が要らない。帳票がそのまま出る。そして何より、すでに手元にある。

100点のシステムを時間とコストをかけて導入するのも一つの道だが、今あるExcelの使い方を変えて80点の仕組みを来週から回し始めるという選択肢も、中小製造業のDXとしてはもっと検討されていいと思っている。