「AIで○○が自動化される」は、当たるかどうかわからない
AIに関する予測は毎月のように出てくる。プログラミングは自動化される、設計はAIがやる、営業メールは全部AIが書く、工場の検査は画像認識に置き換わる。
こうした具体的な予測が当たるかどうかは、正直わからない。5年前に「RAGで社内ナレッジが自在に引き出せる」と言われていたが、以前の記事で書いた通り、現時点でそれが中小企業の現場で安定して動いているケースは少ない。一方で、コード生成のように予想以上に早く実用化した領域もある。
個別の予測は外れることも多い。「来年にはこれが自動化される」という話に一喜一憂しても仕方がない。
ただし、大局は決まっている
個別の予測は当てにならないが、大きな方向は決まっている。AIは今後、電気やインターネットと同じレベルのインフラになる。 これはもう予測ではなく、既定路線と言っていい。
PCが普及した1990年代を思い出すとわかりやすい。当時「PCで何ができるか」の具体的な予測は玉石混交だった。「紙はなくなる」と言われたが紙はまだある。「全員がプログラマーになる」とも言われたがそうはなっていない。しかし「PCが業務インフラになる」という大局だけは完全に当たった。今、PCが使えない会社は存在できない。
インターネットも同じだった。「ネットで何が変わるか」の個別予測は外れだらけだったが、「ネットが前提になる」という大局は不可逆だった。
AIも同じ構造をたどっている。「AIで具体的に何が自動化されるか」の予測に振り回される必要はない。しかし「AIがインフラになる」という大局に対して準備しない、という選択肢はない。
「成果が出てから始める」では遅い
中小企業の経営者が慎重になるのは理解できる。限られた予算と人手の中で、成果が見えないものに投資するのはリスクに感じる。「もう少し事例が出てから考える」というのは、一見合理的な判断に見える。
しかしインフラの転換期において、この判断は裏目に出ることが多い。
PCの導入も、早い段階で触り始めた会社と、「ウチにはまだ早い」と様子を見ていた会社で、数年後に大きな差がついた。差がついたのは、PC自体の性能ではなく、組織がPCを使いこなすまでの学習時間があったかどうかだった。
AIも同じことが起きる。ツールの性能は日進月歩で上がっていくが、組織がAIを使いこなすための学習は一朝一夕にはいかない。「何を聞けばいいかわからない」「どの業務に使えるかピンとこない」——これは触って試して失敗して、初めて超えられる壁になる。成果が出てから始めようとしても、その時点では学習期間を経た他社との差がすでに開いている。
全社員に配っても使われない問題
以前の記事で、「全社員にAIツールを配る」アプローチはPCスキルのばらつきや「何を聞けばいいかわからない」という壁があると書いた。この状況は現時点でも大きくは変わっていない。
実際、ChatGPT EnterpriseやMicrosoft Copilotを全社展開した企業でも、継続的に使い込んでいるのは全体の1〜2割で、残りは数週間で使わなくなるという話はよく聞く。短期のROIで測れば、全社員分のライセンス費用に見合っていないと評価されてもおかしくない。
しかし、これを「失敗」と見るかどうかは、何を期待していたかによる。
全社員が即座にAIを使いこなして生産性が上がる——そう期待していたなら確かに失敗になる。しかし、組織としてAIに触れ始める最初の一歩——そう位置づけるなら、使わなくなった8割も含めて「AIというものが存在する」という認識が社内に共有されたこと自体に意味がある。
挑戦自体が資産になる
中小製造業がAIに取り組む価値は、今すぐの成果ではなく挑戦の過程で組織に蓄積されるものにある。
- AIに何を聞けば使えるのか、何を聞いても無駄なのかの肌感覚
- 自社の業務のうち、どこにAIが効きそうで、どこには効かないかの見極め
- 「AIを使う」という行為への心理的なハードルの低下
これらは導入事例を読んだだけでは得られない。自分たちで触って、うまくいかない経験も含めて初めて身につく。
以前の記事で、内製DXは内製エンジニアがAIを活用して社内システムを高速開発するアプローチが最も効果的だと書いた。この考えは変わっていない。ただし、内製エンジニア以外の社員がAIに触れること自体を否定しているわけではない。全社員の生産性が即座に上がることを期待するのではなく、組織全体がAIに慣れるプロセスに投資していると捉えれば、短期の利用率の低さは問題にならない。
環境を与えるコストは思ったほど高くない
AIツールのライセンスは月額数千円程度。社員一人あたりの人件費と比べれば誤差の範囲になる。1〜2割しか使わなかったとしても、その1〜2割が月に数時間分の作業を効率化すれば、十分に元は取れる計算になる。
合わせて意識したいのがPCのスペック。AIツールに限った話ではないが、メモリ不足でExcelが固まる、ブラウザのタブを開くたびに動作が重くなる——こうした環境では、そもそも新しいツールを試す気が起きない。SSDと十分なメモリを積んだPCは、体感の待ち時間を減らすだけでなく、「ちょっと試してみるか」という心理的なハードルも下げる。
AIツールの月額数千円とPCの数万円の差額をケチるよりも、社員が新しい道具に触れやすい環境を整えるほうが、長期的にはリターンが大きい。
AIは「改善」ではなく「変化」、ただし土台がなければ乗れない
業務改善には2種類ある。今あるやり方をより良くする「改善」(1→2)と、やり方そのものが変わる「変化」(1→A)になる。
このシリーズでやってきたのは、ほとんどが「改善」にあたる。Excelのデータの持ち方を正す、紐づけのキーを入れる、見積番号と受注番号をつなげる。どれも今の業務の延長線上で、やり方の根本は変わっていない。
一方、AIの登場は「変化」の側にある。同じ作業を速くやるだけではなく、誰が何をできるかのルール自体が変わる。コードを書ける人の裾野が変わる。今まで人手でやるしかなかった判断の一部が委譲できるようになる。これは改善の延長にはない、ルールの変更になる。
しかし、変化に乗るには土台が要る。
AIにデータを読ませたくても、データが整っていなければ読ませるものがない。AIで業務を自動化したくても、業務プロセスが整理されていなければ何を自動化すべきかわからない。AIを活用できる内製エンジニアがいても、現場との信頼関係がなければツールは使われない。
このシリーズで書いてきたデータの文法、紐づけの設計、プロセスの見直し、現場とのコミュニケーション——これらは地味な改善の話だが、同時にAIという変化に乗るための土台づくりでもある。改善を飛ばして変化には行けない。 逆に、改善だけやっていて変化を見ないと、気づいたときにはルールが変わった世界に取り残される。
両方が要る。地味な改善で足元を固めながら、AIという変化の方向を見ておく。どちらか片方では足りない。
具体的な予測ではなく、構えを取る
「AIで何ができるようになるか」の具体的な予測を追いかけるのは、情報収集としては面白いが、経営判断の根拠にはしにくい。予測が当たるかどうかに賭けるのはギャンブルになる。
代わりに取るべきは、AIがインフラ化したときに対応できる組織の構えを今から作っておくことになる。
具体的には、このシリーズで繰り返し書いてきたことと変わらない。
- データの持ち方を正しくしておく(AIが活用できるデータの土台)
- 内製エンジニアを育て、AIを開発の加速に使う(最も確実にROIが出る領域)
- 社員がAIに触れる機会を作る(学習コストは早く払うほど安い)
AIの進化は速いが、だからといって「最新のAIが出てから考える」のでは永遠に始められない。今の時点で完璧なAI活用戦略を立てる必要はない。むしろ、完璧な戦略が立てられないからこそ、小さく始めて試行錯誤する。その試行錯誤の蓄積こそが、数年後にインフラ化したAIを使いこなすための土台になる。
予測に乗るのではなく、構えを取る。それが、中小製造業にとって最も現実的なAIとの付き合い方になる。
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