管理精度の天井は、経営者の判断力で決まる ── 「コスト削減」では説明できないDXの話

管理精度型のDXは、何のためにやるのか

以前の記事で、内製DXには「管理精度型」と「工数削減型」の二つがあると書いた。工数削減型はわかりやすい。手作業を自動化して、浮いた時間を他に使う。効果は時間で測れるし、コストに換算できる。

一方、管理精度型は説明が難しい。個別原価の可視化、負荷の見える化、納期回答の仕組み化——こうした取り組みの効果を「いくら削減できるか」で聞かれると、答えに詰まる。コストカットが目的ではないものを、コストで説明しようとするから無理が生じる。

では管理精度型のDXは何のためにやるのか。自分の答えはシンプルで、経営判断の精度を高めるためになる。

正しい情報がなければ、正しい判断はできない

当たり前のことだが、意外と見落とされている。

受注を受けるかどうか。値引きに応じるかどうか。設備投資をするかどうか。人を増やすかどうか。こうした判断を、経営者は日常的に求められる。

このとき、判断の材料になる情報の精度が低ければ、判断の精度も低くなる。個別原価がわからなければ、その仕事が利益を出しているのかどうかもわからない。負荷の実態が見えなければ、納期を短縮できるかどうかもわからない。

勘と経験でなんとかなっている会社もある。しかしそれは、経営者の判断力が情報の不足を補っている状態であって、情報が不要だということではない。見えていないリスクをたまたま回避しているだけかもしれない。

管理精度型のDXは、この判断の材料を整えるための取り組みになる。

だから「投資対効果」という問い自体がずれている

管理精度型のDXに対して「投資対効果は?」と問うのは、「経営者が正確な情報を持つことの金銭的価値はいくらか」と問うのと同じになる。

答えられるわけがない。正確な情報があったから避けられた赤字案件、正確な情報があったから取れた値上げ交渉——こうした「起きなかった損失」や「実現した機会」は、事後的にも定量化が難しい。

工数削減型なら「月に○時間の作業がなくなった」と言える。管理精度型にはその言い方が使えない。だからといって価値がないわけではなく、価値の性質が違う

コスト削減は「同じことをより安くやる」ための投資。管理精度の向上は「より良い判断をするため」の投資。測り方が違って当然であり、前者の物差しで後者を測ろうとすること自体が、判断を誤らせる。

管理精度の天井は経営者が決める

ここからが、自分がこのテーマで一番伝えたいことになる。

管理精度は、高ければ高いほどいいわけではない。経営者が求める水準で止まる。というより、経営者が使いこなせる水準を超えても意味がない。

たとえば個別原価を小数点以下まで精緻に出したとして、経営者がその数字を見て判断を変えないなら、その精度は不要になる。「この製品は粗利が30%前後」とわかれば十分な経営者に、「粗利は28.7%です」と出しても判断は変わらない。

以前の記事で「70点精度の個別原価管理で十分」と書いた。あの70点には根拠がある。経営判断に必要な粒度がそこだからだ。100点を目指すのは手を抜いていないからではなく、100点の情報を使いこなせる判断の仕組みが社内にないなら、100点にする意味がない

逆に言えば、経営者の判断力が高ければ、もっと精度の高い情報を求めるようになる。数字を見て仮説を立て、検証し、次の手を打つ——このサイクルを回せる経営者は、自然とデータの粒度に注文をつけてくる。「この数字、もう少し工程別に見たい」「月次じゃなくて週次でほしい」。こうなったとき、管理精度を引き上げる意味が出てくる。

つまり、管理精度の天井は技術やツールの制約ではなく、経営者の判断力で決まる。

経営者の武器を磨くということ

この見方に立つと、管理精度型のDXは単なるシステム導入の話ではなくなる。

経営者の判断の武器を磨く取り組みになる。

いままで勘と経験で判断していたことに、裏付けとなるデータがつく。データがあることで、判断の確度が上がる。確度が上がると、より踏み込んだ判断ができる。踏み込んだ判断ができると、より細かいデータがほしくなる。このサイクルが回り始めると、管理精度は経営者の成長とともに自然と上がっていく。

逆に、経営者がデータに関心を持たなければ、このサイクルは始まらない。どれだけ精緻な仕組みを作っても、見なければ存在しないのと同じになる。

管理精度型のDXの成否は、ツールの出来ではなく、経営者がそのデータを使って判断を変える意思があるかどうかにかかっている。

工数削減型と管理精度型は、問いが違う

整理すると、こうなる。

工数削減型 管理精度型
目的 同じことをより少ない手間で より良い判断をより確かな根拠で
効果の測り方 削減された時間・コスト 判断の質の変化(定量化しにくい)
投資判断の問い 「いくら浮くか」 「経営者がこの情報を使うか」
精度の天井 業務要件で決まる 経営者の判断力で決まる

工数削減型に対して「いくら浮くか」と聞くのは正しい。コスト削減が目的だから、コストで答えるのが筋になる。

管理精度型に対して同じ問いを向けるのは筋が違う。聞くべきは「この情報があれば、経営者の判断は変わるか」になる。答えがイエスなら、それが投資の根拠になる。

まず経営者が「知りたい」と思うこと

管理精度型のDXをどこから始めるかについても、この視点は指針を与えてくれる。

高度なBIダッシュボードや精緻な原価計算から始める必要はない。経営者が日常の判断で「ここがわからなくて困っている」と感じていることから始める。

「この案件、利益が出ているのかわからない」なら個別原価の可視化。「来月の負荷がどうなるか見えない」なら負荷の見える化。経営者自身が「知りたい」と思っている情報から手をつければ、作った瞬間から使われる。使われれば改善の要望が出る。要望に応えれば精度が上がる。

経営者が求めていない精度を先回りして作っても、使われない。経営者が求めている精度を、求められたタイミングで提供する。この順序を間違えないことが、管理精度型のDXを定着させる最も確実な方法だと思っている。