中小製造業のナレッジ管理が進まない本当の理由 ── Wikiを入れても書かれない

ナレッジ管理の必要性は誰もがわかっている

「ベテランの知識を残さなければ」「属人化を解消しなければ」。中小製造業に限らず、どの会社でも一度は話題に上がるテーマだろう。

中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

しかし、実際にナレッジ管理が回っている中小企業はほとんどない。Wikiを導入しても更新されない。共有フォルダにマニュアルを置いても誰も書かない。「時間がないから」と言われるが、時間を与えても結果は変わらないことが多い。

問題はツールでも時間でもない。もっと手前にある。

自分の仕事を言語化できない

中小製造業の現場で長年働いてきた人たちは、仕事はできる。段取りも判断も的確。ただし、自分がやっていることを文章として書き出す訓練はしていない。

「なぜこの順番で加工するんですか?」と聞くと、「こうやるもんだから」と返ってくる。本人の中には明確な理由があるはずだが、それを言葉にする回路が普段使われていない。日記を書いたことがない人にいきなり業務手順書を書けと言っても、何から書けばいいかわからないのと同じことだと思う。

これは能力の問題ではなく、経験の問題になる。自分の業務を内省して、他人にわかる形で言語化する。この作業には慣れが要る。

効率化の先にナレッジが残らない問題

ナレッジ管理とは別の角度から、似た問題を抱えている会社がある。業務の多くを外注や派遣で回し、社内にはマネジメントと事務だけが残るような組織。効率化としては合理的に見えるが、実際に話をすると、業務の深みや知見の蓄積がほとんど感じられないことがある。

これは外注先に知識が分散してしまい、社内に残るのは「誰に何を頼むか」という段取り情報だけになっているケースだと思う。日常の業務は回る。しかし、外注先が変わったとき、要件が変わったとき、自社だけでは判断も対応もできない。業務の「どうやって」「なぜこうするのか」が社外にあるので、組織としての厚みがない。

ナレッジ管理が難しいのは、言語化できないからだけではない。そもそも知識が社内に存在しない、という状態にも陥りうる。

仕組みを与えれば回る組織、回らない組織

こう言うと失礼に聞こえるかもしれないが、事実として書いておく。

リモートワーク前提のスタートアップのように、言語化やドキュメント作成に慣れた人材が集まっている組織であれば、Wikiや仕組みを与えるだけで回る。リモートで仕事をするには文章で伝える力が前提になるから、書くスキルが自然と揃っている。

中小製造業の現場はそうではない。道具を用意して、時間を与えて、「書いてください」と言っても、それだけでは動かない。「書ける人がいない」という前提から出発しないと、施策は空振りに終わる。

現実的な解は「聞き取り役」を置くこと

本人に書かせるのが難しいなら、聞き出す側を用意するしかない。言語化が得意な人間がベテランの隣に座り、質問して、答えを構造化して残す。

ここで求められるのは、ただ話を聞くことではなく、業務の文脈を理解した上で「それはつまりこういうことですか」と翻訳できる力になる。業務を知らない人が聞いても、表面的なメモにしかならない。逆に、業務を理解している人間が聞けば、「この判断の裏にはこのロジックがある」というところまで掘り下げられる。

中小製造業の内製DX ── 成否は「話す時間」があるかどうかで決まる

この役割は、内製DXエンジニアの仕事として自然に成り立つ。システムを作る前に業務を聞き取る工程があり、その過程で得た知識を記録として残していけば、ナレッジ管理はシステム開発の副産物として進んでいく。

一度にやろうとしない

経営者がナレッジ管理に乗り気になると、「全部門一斉にやれ」という号令が出がちになる。しかし、ナレッジの蓄積はそんなに簡単ではない。

通常業務と並行しながら、少しずつ聞いて、少しずつ残す。1回の聞き取りで完璧な手順書ができるわけではない。断片的なメモが溜まり、何度か同じ人に聞き直し、少しずつ精度が上がっていく。年単位の時間がかかる覚悟を持って、じっくり取り組むものになる。

これは見積データの再利用と同じ考え方で、日々の業務の中で自然にデータが溜まる構造を作るのが理想になる。ナレッジも同じで、特別なプロジェクトとして一気にやるのではなく、日常の業務改善やシステム構築の中で少しずつ蓄積していく方が、現実的だし定着もしやすい。

中小製造業の生産計画は、見積もりデータの再利用から始められる

完璧なマニュアルを目指さない

もう一つ大事なのは、最終形をいきなり目指さないこと。

「完全な業務マニュアル」を作ろうとすると、永遠に完成しない。狙うべきは、「この人がいなくなったとき、次の人がゼロからではなく30点からスタートできる状態」で十分。

判断の根拠を一言メモで残す。「この客は仕上げにうるさいから最後に検品を入れる」──この一文があるだけで、引き継ぎのダメージは大幅に変わる。完璧な手順書ではなく、判断の手がかりを残すこと。これがナレッジ管理の現実的な着地点だと考えている。


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