内製DXエンジニアの道具箱 ── Excel・テキストエディタ・SQLの組み合わせ

Excelの外にも道具がある

以前の記事で、Excelの中にも複数の層があると書いた。ワークシートの操作、標準の関数、VBAでのシート操作、VBAで作るオリジナル関数。これらを重ねて使うのが現実的なやり方になる。

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しかし、内製エンジニアの仕事は定型業務の仕組みを作ることだけではない。むしろ、仕組み化した後のほうが「想定外の問い合わせ」が増える。

「先月の不良率が跳ねたんだけど、品番別に見たい」「この顧客、去年と比べて発注ペース落ちてない?」「基幹システムから出力したデータ、フォーマットがおかしいから整形してほしい」

こういう突発的な調査・分析は、あらかじめ仕組み化しておくことが難しい。そのつど発生して、そのつど違う切り口が求められる。定型業務ならVBAやシステムで自動化すればいいが、不定形の仕事には「手で道具を使い分ける力」が要る。

こういうときに自分が使っているのは、大きく分けて3つの道具になる。Excel、テキストエディタ、SQL。どれも高価でも難解でもない。しかしこの3つを組み合わせると、突発的なデータ加工業務はほぼカバーできる。

テキストエディタ:大きなファイルと正規表現

Excelには行数の上限がある。100万行を超えるデータは開けない。しかし業務データがそこまで大きくなることは少ないから、普段は問題にならない。

テキストエディタが必要になるのは、Excelとは違う操作が求められるときになる。

正規表現が使える。 「数字3桁+ハイフン+数字4桁のパターンを探す」「特定の文字列の前後を一括で置換する」といった、パターンに基づいた検索・置換ができる。Excelの検索置換では対応しにくい柔軟なテキスト操作が可能になる。

矩形選択ができる。 通常のテキスト選択は行単位だが、矩形選択なら列方向に範囲を選んでコピー・削除・挿入ができる。固定長のテキストデータを切り出すとき、特定の位置の文字列だけ抜き出したいときに使える。

大きなファイルをそのまま開ける。 数百MBのログファイルやCSVでも、専用のテキストエディタなら固まらずに開ける。中身を確認して、必要な部分だけ切り出してからExcelに持っていく、という使い方になる。

自分はEmEditorを使っているが、大きなファイルを軽快に開けて正規表現と矩形選択ができるエディタなら何でもいい。道具は何を使うかより、何ができるかのほうが大事になる。

SQL:集計と突合の言語

SQLはデータベースの操作言語として知られているが、内製DXの文脈では「集計と突合の道具」として使う。

Excel関数でも集計はできる。SUMIFSで条件付きの合計、COUNTIFSで条件付きのカウント。しかし、条件が複雑になってくると関数の組み合わせでは限界が来る。

グループ化と集計。 「品番ごと・月ごとの出荷数量を集計して、前年同月と比較する」。こういう多段階の集計は、SQLなら数行で書ける。Excelのピボットテーブルでもできるが、条件が増えるほどSQLのほうが見通しがいい。

複数テーブルの突合。 「発注データと入荷データを発注番号で突合して、未入荷のものだけ抽出する」。以前の記事で、2つのデータをつなげる瞬間に壁が来ると書いた。SQLのJOINは、まさにこの壁を越えるための道具になる。

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条件の組み合わせ。 「過去6ヶ月の注文実績があり、かつ今月の受注がなく、かつ前年同月には受注があった顧客の一覧」。こういう条件の組み合わせは、SQLのWHERE句で書くと明快になる。関数で同じことをやろうとすると、何重にもネストした式になって読めなくなる。

SQLを使うには何らかのデータベースが必要になるが、大掛かりなシステムは要らない。ExcelのデータをCSVで書き出して、SQLiteのような軽量なデータベースに読み込ませれば、すぐにSQLで操作できる。VBAからSQLを実行する方法もある。

AI:道具箱の使い方が変わる

ここまで書いたテキストエディタやSQLは、自分で操作を覚える必要があった。正規表現の書き方、SQLの構文、それぞれの道具に固有のスキルが要る。

AIの登場で、この前提が変わりつつある。

「このCSVを品番別に集計するSQL書いて」「この形式のテキストから日付だけ抜き出す正規表現を教えて」——こういう聞き方をすれば、AIがコードやパターンを書いてくれる。道具の操作方法を全部覚えていなくても、「何をしたいか」を言語化できれば、AIが道具を代わりに操ってくれる。

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これは道具箱のハードルを大きく下げる。以前なら「SQLを覚える時間がない」で止まっていた人でも、AIに聞きながら使えば結果にたどり着ける。道具箱に入っている道具の数は同じでも、使いこなせる人の裾野が広がる。

ただし、AIが出した結果が正しいかどうかを判断するのは自分になる。業務を理解していなければ、AIの出力が合っているかどうかを検証できない。道具の敷居は下がっても、使う人間の理解力が要ることは変わらない。

仕組み化と道具箱の役割分担

内製エンジニアの仕事には2つの面がある。

繰り返す業務は仕組みにする。 毎月の集計、定期的なレポート、日常の入力業務。これらはVBAやシステムで自動化して、自分の手から離す。以前の記事で書いた「Excelでも回せる」というのは、この定型業務の仕組み化の話になる。

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突発的な調査・分析には道具箱で対応する。 「今すぐこのデータを調べてほしい」「この2つのデータを突合したらどうなる?」——こういう不定形の仕事は、仕組み化のしようがない。そのつど手持ちの道具を組み合わせて対応する。

テキストエディタでCSVを整形して、SQLで集計して、結果をExcelに貼り付けて仕上げる。こういう連携は定型の手順ではなく、そのときの課題に応じて組み立てるものになる。

天井は道具ではなく、自分の理解力

この道具の組み合わせで「ほぼなんでもできる」と書いたが、正確に言えば「自分が理解できる範囲のことは、ほぼなんでもできる」になる。

標準偏差を使った分析が必要だとしても、標準偏差の意味を自分が理解していなければ、道具がいくらあっても正しい分析はできない。逆に、やりたいことの意味を理解していれば、たいていの処理はこの3つの道具のどれかで実現できる。

以前の記事で「管理精度の天井は経営者の判断力で決まる」と書いた。道具の話も同じ構造になる。 天井を決めるのは道具の性能ではなく、使う人間の業務理解力。

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高価なBIツールや分析プラットフォームを導入しても、使う側が「何を見たいか」「なぜその数字が重要か」を理解していなければ、ダッシュボードは飾りになる。逆に、ExcelとテキストエディタとSQLという安価な道具でも、業務を理解した人間が使えば、経営判断に必要な情報は十分に引き出せる。

これが内製エンジニアの価値

以前の記事で、内製DXにおける道具選びの3層モデルを整理した。市販ソフト、Excel VBA、専用言語。

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定型業務はこの3層のどこかで仕組み化すればいい。しかし仕組み化できない突発的な仕事——調査、分析、トラブル対応——は、どの層にも収まらない。そこを埋めるのが、今回の道具箱の話になる。

内製エンジニアの価値は、定型業務を仕組み化する力だけではない。「急ぎで調べてほしい」と言われたときに、手持ちの道具で素早く対応できる力。業務を理解した上で、適切な道具を選んで組み合わせ、必要な情報を引き出す。大きなシステムに頼らず、現場の課題にその場で対応する。

道具そのものは誰でも手に入る。Excel、テキストエディタ、SQLの入門書はいくらでもある。しかし 「この業務にはどの道具を使えばいいか」を判断できるのは、業務を知っている人間だけ になる。道具を知っているだけでも、業務を知っているだけでも足りない。両方を持っていることが、内製エンジニアの強みになる。


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