「とりあえずデータを集めよう」が失敗する理由
内製DXを始めると、「まず現場のデータを集めよう」という話になりやすい。作業日報をデジタル化する、検査結果を記録する、設備の稼働時間を取る。方向としては間違っていない。しかし、「何のために集めるか」が曖昧なまま始めると、集めたデータが使われないまま終わることが多い。
作業日報を毎日入力してもらっているのに、誰もそのデータを見ていない。検査結果をExcelに記録しているのに、集計したことがない。こういう状態は珍しくない。現場からすれば「入力しているのに何に使われているかわからない」となり、次第に入力が雑になるか、やめてしまう。
データ収集が続かない原因は、現場のやる気や入力ツールの問題ではなく、集める目的が設計されていないことにある。
集める前に「何と比較するか」を決める
以前の記事で「見える化の本質は基準と実績の突合」だと書いた。数字は1つでは意味がない。見積もりと実績原価を比較して初めてズレが見える。予定納期と実際の出荷日を比較して初めて遅れが見える。
→ 中小製造業の見える化は「基準と実績の突合」── 数字は比較して初めて意味を持つ
実績データの収集も、この原則から逆算して設計するのが筋になる。先に「何と比較するか」を決めて、比較に必要なデータだけを集める。
たとえば、見積もりの想定工数と実際にかかった工数を比較したいなら、集めるべきは工程ごとの作業時間になる。予定納期と出荷実績を比較したいなら、各工程の完了日時が必要になる。品質基準と実測値を比較したいなら、検査結果の数値が要る。
比較対象が決まれば、何を・どの粒度で集めるかが自動的に決まる。逆に比較対象が決まっていなければ、「念のためこれも」「あれもあったほうがいいかも」と項目が膨らみ、入力負担だけが増えていく。
以前の記事で「管理側の欲を削る」と書いたが、データ収集の項目設計でもまったく同じことが起きる。管理側が「せっかくだからこの項目も」と追加するたびに、現場の入力負担が増える。比較対象から逆算すれば、この欲を削る根拠ができる。「この項目は何と比較するんですか?」と問えば、答えられない項目は削れる。
社外の要求と社内の改善は分けて考える
データ収集にはもう一つの目的がある。顧客の要求や法規制、会計上の義務など、社外から求められるデータの記録になる。
トレーサビリティの記録は顧客や業界規格が要求するもので、「何と比較するか」の問題ではない。求められた条件を満たす形で記録する。会計上の仕入・売上データも同じで、法律で決められた形式に従って残す必要がある。
この2つは性質が違う。
- 社外要求のデータ収集 → 条件が決まっている。条件を満たすように集めればいい
- 社内改善のためのデータ収集 → 何と比較するかを自分で決める必要がある
混同すると設計が崩れる。社外要求を満たすために集めているデータと、社内改善のために集めるデータを、同じ入力フォームに詰め込んで「全部入力してください」とやると、どちらの目的も中途半端になる。
まず社外要求のデータ収集は仕組みとして確実に回す。その上で、社内改善のために何を追加で集めるかを、比較対象から逆算して決める。この順番が大事になる。
入力は1回で完結させる
何を集めるかが決まったら、次は「どう集めるか」の話になる。
最初に押さえるべき原則は、入力は1回で完結させる こと。紙に書いてもらって、それを別の人がExcelやシステムに打ち直す——この二重入力は、手間が倍になるだけでなく、転記ミスの原因になる。
以前の記事で内製DXの弱点として「つなぎ目」の問題を書いた。紙からデジタルへの転記は、まさにこのつなぎ目になる。人の手で転記するたびに、数字の読み間違い、入力漏れ、コピー先の間違いが起きる。データの信頼性が下がれば、せっかく集めたデータで比較しても意味がなくなる。
→ 内製DXの弱点を正直に書く ── 小さなツールの組み合わせで起きること
「でも現場ではPCを使えない」という反論はあるだろう。それは次の話になる。
発生源の近くで、作業の切れ目に入力する
以前の記事で、タブレットを現場に持ち込んだが定着しなかった経験を書いた。手が汚れる、壊れる、作業のリズムが崩れる。最終的に紙に戻した。
→ 中小製造業の現場にタブレットを配っても定着しない ── 入力は「いつ・どこで」を設計する
そのときの結論は、固定PCを工場内の複数箇所に設置し、作業の切れ目で入力してもらう という方法だった。
ポイントは2つある。
1つ目は 「発生源の近くで入力する」 ということ。事務所に戻ってから入力する方式だと、記憶に頼ることになり、入力漏れや曖昧な数字が増える。現場の近くに入力場所があれば、作業直後に記録できる。
2つ目は 「作業の切れ目に入力する」 ということ。作業中に手を止めて入力させるのは現実的ではない。休憩前、段取り替えのとき、1ロット完了時——作業の自然な区切りを入力タイミングにする。リアルタイム性は多少落ちるが、作業のリズムを崩さないほうがデータは確実に残る。
入力のタイミングと場所は、事務所の人と現場の人で違う。事務所ならPCの前に座っているから、発生したタイミングですぐ入力できる。現場は作業の都合があるから、導線——つまり「どの動きの中で入力するか」——を設計する必要がある。この設計を省くと、「入力する暇がない」が常態化して、データが欠ける。
選択式にする手間は十分見返りがある
入力項目を決めたら、次に考えるのは入力方式になる。ここで強く勧めたいのが、できるだけ選択式にする こと。
自由入力にすると表記揺れが起きる。「SUS304」「sus304」「ステンレス304」「SUS 304」。人によって書き方が違う。後からデータを集計しようとしたとき、同じものなのに別のものとしてカウントされる。これは入力した人の問題ではなく、自由入力を許した設計の問題になる。
選択式にすれば、表記揺れはゼロになる。入力も速くなる。文字を打つより選ぶほうが早いし、入力ミスも起きない。
「でも選択肢を作るにはマスタ整備が必要で、それが大変」と思うかもしれない。しかし、完璧なマスタデータベースを用意する必要はない。
たとえば、ある帳票にすでにデータが入っているなら、そのデータをマクロで書き出してテキストファイルにし、それを選択肢のデータソースに使えばいい。見積書に品名の一覧があるなら、それを書き出すだけで品名の選択リストになる。以前の記事で「見積データを簡易マスタとして再利用する」と書いたが、考え方は同じで、今あるデータから選択肢は作れる。
→ 中小製造業の生産計画は、見積もりデータの再利用から始められる
選択式の導入には多少の手間がかかる。選択肢のデータを用意し、更新する仕組みも必要になる。しかし、この手間は十分に見返りがある。集めたデータが正確で集計可能な状態になるか、表記揺れだらけで使えないデータになるかの分かれ目になる。
インターフェースは「続けられるもの」を選ぶ
入力のインターフェースも重要になる。
PCならアプリケーションの画面を作るのが素直な方法で、入力フォーム・選択式・入力補完など、操作性を作り込める。以前の記事で書いた3層モデルで言えば、VBAで作る範囲のものから、C#やPythonで作るものまで、規模に応じて選べばいい。
→ 中小製造業の内製DX ── Excel VBAで済む領域と、専用言語で作るべき領域
ただし、専用の入力画面を作ることだけが選択肢ではない。たとえばチャットから定型フォーマットで送信して登録する方法もある。社内のチャットツールをすでに使っているなら、新しい入力画面を覚えてもらうより、普段使い慣れている環境で入力できるほうが定着しやすいこともある。
大事なのは、使う人が「面倒だからやめた」とならないインターフェース を選ぶこと。以前の記事で「工数がプラマイゼロのラインに抑える」と書いたが、入力インターフェースの選定でも同じ基準が使える。今のやり方(紙への記入、口頭での報告)と比べて、手間が増えないか、できれば減るか。この基準で選ぶ。
→ 中小製造業の内製DXには「管理精度型」と「工数削減型」がある
技術的に優れたインターフェースと、現場で続くインターフェースは違うことがある。最先端のWebアプリを作っても、現場の人が使いこなせなければ意味がない。見た目より操作のしやすさ、機能の多さより迷わなさ。入力する人の目線で設計する。
まとめ:集める前に決めること
実績データの収集を始める前に決めるべきことを整理する。
- 何と比較するか。 比較対象(基準)を先に決める。基準がなければデータを集めても使い道がない
- 何を集めるか。 比較に必要な項目だけに絞る。「念のため」の項目は入れない
- いつ・どこで入力するか。 発生源の近くで、作業の切れ目に。入力の導線を設計する
- どう入力するか。 入力は1回で完結させる。できるだけ選択式にする
- 何で入力するか。 現場が続けられるインターフェースを選ぶ
この順番が大事になる。5から考え始めると——つまり「タブレットを入れよう」「日報アプリを導入しよう」とツールから入ると——1〜4が曖昧なまま進んで、集めたデータが使われない結果になりやすい。
データ収集は地味な作業になる。しかし、基準と実績の突合ができなければ、原価改善も納期短縮も品質管理も、すべて勘と経験頼りのままになる。逆に言えば、比較できるデータが1つでも揃えば、そこから改善のループが回り始める。まず1つ、最も効果が出やすい比較対象を決めて、そのデータだけを集めるところから始めればいい。
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