記事が伝えるのは考え方であって、正解ではない
このシリーズでは、原価管理、生産計画、データの持ち方、ツール選定など、内製DXの具体的な進め方を書いてきた。しかし、記事に書いてあることをそのまま自社に当てはめれば済むわけではない。会社の規模、業種、経営者の方針、現場の空気——すべて違う。最終的には自分で判断する必要がある。
DX担当者の日常は、判断の連続になる。このデータは残すべきか捨てるべきか。この業務はツール化すべきか手作業のままにすべきか。この仕組みは自分で作るべきか業者に頼むべきか。1つ1つの判断に唯一の正解はないが、 判断の基準 を持っているかどうかで、判断の速さとブレの少なさが変わる。
ここでは、自分がDXを進める中で持っている判断基準を書く。DX固有の話というより、仕事全般に使える考え方でもある。抽象的な内容になるが、判断基準というものはある程度抽象的でないと、個別の場面に当てはめられない。
依存先は常に分散させる
1つの仕入先に集中すると、その仕入先が値上げしたとき、廃業したとき、対応が悪くなったときに逃げ場がない。これは調達の基本だが、DXでもまったく同じことが言える。
1つのツールにすべてを載せると、そのツールが使えなくなったとき、業務が止まる。1人の担当者にすべてを任せると、その人がいなくなったとき、何もわからなくなる。1つの業者にすべてを委ねると、その業者の言い値が自社のコストになる。さらに言えば、依存先の実力が自分たちの天井になる。仕入先がそれ以上のことをできなければ、自社もそこで止まる。
以前の記事で「入れ替えられる設計」と書いたのは、この考え方を仕組みの設計に適用したものになる。
→ 中小製造業のIT環境は「入れ替えられる設計」で組む ── OSSとSaaSの使い分け
属人化のトリアージも同じ文脈で読める。属人化の本質は「依存先が1人に集中している状態」であり、即死リスクとは「その1人がいなくなったときに業務が止まる状態」を指している。
常に変化を求める
「今のやり方でうまく回っているから変えなくていい」——この判断が正しいことはもちろんある。しかし、自分たちが止まっている間も、周りは動いている。ライバルは常に変化しているので、動かなければ自分たちが遅れる。現状維持を選び続けると、変化する力そのものが衰える。
製造業を取り巻く環境は、ゆっくりだが確実に変わっている。取引先がデータでのやりとりを求めてくる。熟練者が引退する。原材料が高騰する。そのときに動ける体制があるかどうかは、普段から小さな変化を積み重ねているかどうかで決まる。
DXで言えば、「今のExcel運用で困っていないから」と何も手を打たないでいると、データが属人化し、引き継ぎが困難になり、いざ変えようとしたときにはもう手遅れ——という事態になる。困ってから動くのでは遅い。困る前に少しずつ変えておく。
常にコストと時間を削る方向で考える
安くする。早くする。この2つは業務改善の原動力になる。なぜなら、自分たちより安く・早く提供するライバルは常に現れるからで、これはビジネスの基本原則になる。
重要なのは、大きな投資で一気に変えるのではなく、小さな改善を継続すること。1件の見積にかかる時間を10分短縮する。月次の集計作業を半日から2時間にする。このレベルの改善を積み重ねるほうが、中小製造業のDXでは現実的だし、定着もしやすい。
以前の記事で「管理精度型と工数削減型」を分けて書いたが、工数削減型のDXはまさにこの判断基準の延長線上にある。
→ 中小製造業の内製DXには「管理精度型」と「工数削減型」がある
逆に言えば、コストも時間も変わらない改善は、優先度を下げていい。「デジタル化すること」自体が目的になっていないか、常に問い直す。以前の記事で「『作る』前に『やめる』を考える」と書いたのもこの視点になる。
業務改善と技術革新は別の戦い
小さな改善を積み重ねることと、大きな技術革新が起きることは、別の話になる。
業務改善でExcelの入力を効率化し、集計を自動化し、データの流れを整えても、それだけでは業界を変えるような技術革新には勝てない。AIが業務の前提を変える、クラウドが情報の持ち方を変える——こうした変化が起きたとき、小さな改善の積み重ねは一瞬で意味を失うことがある。
しかし、技術革新はいつ起きるかわからない。そして技術革新が起きていない間は、業務改善の戦いになる。日々のコストを1円でも削り、納期を1日でも縮め、ミスを1つでも減らす。この積み重ねが競争力の差になる期間のほうが、実際には長い。
だから両方やる。日常は業務改善を回しながら、技術革新の動きにはアンテナを張っておく。以前の記事でAIについて「具体的な未来予測はどうでもいい、それでも今から触るべき」と書いたのは、この考え方に基づいている。業務改善を止めてAIに賭けるのではなく、業務改善を続けながらAIにも触っておく。どちらか一方ではなく、両方持っておくことが、どちらの局面でも戦える状態になる。
目的だけを見て、手段にこだわらない
DX担当者が現場とやりとりしていると、「やり方」へのこだわりに出くわすことが多い。この手順で入力したい、この並び順で表示してほしい、このExcelのフォーマットは変えないでほしい。
相手のこだわりを真正面から否定すると、関係が壊れる。しかし、すべてのこだわりに応えていると、仕組みが複雑になり、保守できなくなる。
ここでの判断基準は、 目的に影響するかどうか で切り分けること。入力手順が結果のデータに影響するなら、こだわるべき。表示順がただの好みであれば、相手に合わせればいい。フォーマットの変更が業務フローに波及するなら慎重に進める。
以前の記事で「成否は話す時間があるかどうかで決まる」と書いた。現場と話す中で、相手のこだわりが「目的」なのか「手段」なのかを見極める。手段へのこだわりは、否定せずに受け入れるか、別の方法で目的だけ達成する。
多様性と集中は、時間で切り替える
「選択と集中」は正しい。リソースが限られている中小製造業なら、なおさら集中したほうが成果は出やすい。一方で、「未来は予測できないから多様性を確保しておくべき」というのも正しい。1つに賭けて外れたときのダメージは大きい。
この2つは矛盾しているように見えるが、時間軸で切り替えれば矛盾しない。
まず多様性の段階。何かを選ぶ前に、広く試す。Excel VBAでもいい、GASでもいい、OSSでもいい。触ってみて、自社の業務に合うかどうかを確かめる。この段階では「絞らない」ことが正解になる。
次に集中の段階。試した中から選んだら、そこに集中して改善を続ける。あれもこれも並行して使い続けると、どれも中途半端になる。決めたら、決めたものを磨く。
そして、環境が変わったら再び多様性の段階に戻る。一度決めたことに固執せず、また広く試して、また絞る。このサイクルを回すことが、変化に対応しながら力を集中させる方法になる。
判断基準は「答え」ではなく「方向」
ここに書いたことは、自分の判断基準であって、普遍的な正解ではない。会社の状況が変われば判断も変わるし、自分自身の考えも変わるかもしれない。
ただ、判断基準を持っているかどうかで、迷う時間が減る。基準がないと、1つ1つの判断をゼロから考えることになる。基準があれば、「この場合はこの方向」と即座に仮決定ができて、そこから微調整すればいい。
DX担当者に限らず、中小製造業で仕事をしていると、前例がない判断を求められる場面は多い。そのとき「こういうときはこう考える」という軸を自分の中に持っておくことが、仕事を進める上での地盤になる。
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