中小製造業の内製DX ── 相談を受けたとき、頭の中で何が起きているか

DXの相談先がない

中小製造業でDXの相談を受けていると、「ちょうどいい相談先がない」という声をよく聞く。業者に声をかければ、自社の規模に合わないパッケージの導入を勧められる。展示会で話を聞いても、数百人規模の会社が前提のサービスばかり。検索しても、出てくるのは抽象的な「DX推進」の記事ばかりで、自社の現場にどう当てはめればいいかわからない。

社内にITに詳しい人がいない会社も多い。誰かがIT担当にされて、手探りで情報を集めている——そういうケースは珍しくない。

この記事では、そういった相談を受けたとき、頭の中で何が動いているかを整理してみる。

依頼書からは始まらない

内製DXの仕事は、要件定義書や依頼書から始まるイメージがあるかもしれない。しかし数十人規模の中小製造業で実際に起きていることは、もっと雑然としている。

作業者が「これ、毎回手で集計するの面倒なんですよね」と言う。管理者が「この数字、一覧で見られないかな」と聞いてくる。きっかけは、廊下ですれ違ったときの一言だったり、昼休みの雑談だったりする。

内製DXの仕事は、この 相談 から始まる。そして相談を受けた瞬間に、頭の中でいくつかのことが同時に動き始める。

データがあるかないかを、一瞬で判断する

「この数字を見たい」という要望を聞いたとき、最初にやっているのは、その数字を作るためのデータが既にあるかどうかの判断になる。

あるなら話は早い。ないなら、誰が、どこで、どうやってそのデータを入力するのかを想像する。入力する人の手間がどれだけ増えるか。マスタデータは揃っているか。揃っていないなら、マスタを整備するところから始めなければいけないのか。

このシミュレーションは、理屈で組み立てているわけではない。どのファイルがどこにあるか、どの作業を誰がやっているか、今のデータがどういう形で保存されているか——そういうことが頭に入っているから、要望を聞いた瞬間に実現可能性が見える。

以前の記事で、AIに代替されない能力として「膨大なコンテキスト」と書いた。このシミュレーションが、まさにその具体的な使い方だと思う。ドキュメントには書かれていない現場の構造が頭に入っていないと、この判断はできない。

中小製造業の内製DX ── AIに代替されない能力は現場でしか身につかない

このシミュレーションは、現場での経験が長くなるほど精度が上がる。いけそうだと感じたものは実際にいける。ダメそうだと感じたものは、ほぼダメになる。

「いけそう」の閾値

ここでいう「いけそう」は、技術的に実装できるかどうかではない。

「いけそう」の閾値は、無理なく自然に使い続けられるかどうか にある。使う人にとって無理がない範囲に収まっているかどうか。この見極めが、相談を受けた時点での最も重要な判断になる。

画面がすべて

いけそうだと判断したら、小さく作ってみる。このとき内部の設計やデータ構造よりも、 画面 のほうがはるかに重要になる。

使う人にとって、システムの中身は見えない。見えるのは画面だけで、判断するのは操作の流れだけ。だから最初に見せるべきは、動くプロトタイプの画面になる。

以前の記事で、現場へのデータ入力は「いつ・どこで」を設計すると書いた。画面のプロトタイプを見せるのは、まさにこの設計を現場と一緒に検証する作業だと言える。

中小製造業の現場にタブレットを配っても定着しない ── 入力は「いつ・どこで」を設計する

細かい話に聞こえるかもしれないが、事務職ならタブキーでフォーカスが移動するかどうかを気にする人がいる。現場なら「自分で数字を打つのは無理だから選択式にしてほしい」という声が出る。こういう操作の感覚は、仕様書には書けない。画面を見せて、触ってもらって、初めて出てくる。

画面を見ながら「これなら大丈夫そう」という反応が得られたら、ほぼ問題ない。逆に「こんな操作を毎回やるのは無理」と言われたら、そこで設計を見直すか、場合によっては中止の判断をする。

以前の記事で「話す・聞く・見せる・また話す」と書いた。画面を見せるのは、この「見せる」の部分にあたる。

中小製造業の内製DX ── 成否は「話す時間」があるかどうかで決まる

使われなくなることは、普通にある

ここまでのプロセスを経ても、使われなくなることはある。

部門長が意気込んで始めたプロジェクトでも、「やっぱりその数字、今は要らないかもしれない」と言われることがある。機器の追加購入が必要だとわかった途端に、中止になることもある。理由は拍子抜けするほど単純なことが多い。

これに対して一喜一憂していたら、この仕事は続けられない。

以前の記事で、実績データ収集は「何と比較するか」から逆算すると書いた。この考え方で設計しても、そもそも「比較する」という行為自体を管理者がやめてしまえば、仕組みごと不要になる。

中小製造業の実績データ収集は「何と比較するか」から逆算する

使われるものは自然に使われる。使われないものは自然に使われなくなる。どれだけ設計を工夫しても、最終的には現場が「続けるかどうか」を決める。コントロールできる部分はあるが、限界もある。

大事なのは、技術者として手を抜かないこと と、自分の作品だと思わないこと を両立させることだと思う。依頼された仕事には全力で取り組む。しかし、成果物に対して個人的な執着を持たない。これを作ったのは自分だ、使ってほしい、という感情は、判断を鈍らせる。

中止の判断が出たら、それは単に「今はこの仕組みが要らなかった」という情報が得られただけのこと。その経験が、次の相談でのシミュレーション精度を上げる。

相談の精度を上げるもの

相談を受ける、シミュレーションする、小さく作る、見せる、結果に執着しない。内製DXの日常はこの繰り返しで、特別な方法論ではない。

ただし、この繰り返しの精度を決めているのは、ツールでも手法でもなく、現場で蓄積したドメイン知識だと思う。内製DXエンジニアは現場に出る時間を削ってはいけない。相談の精度を上げるのは、開発スキルではなく、現場を知っている時間の蓄積だから。


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