中小製造業が今やるべきは、DXより「速さの仕組み化」

明るくならない景況感

デフレは終わった。しかし中小製造業の現場が明るくなったかというと、そうでもないように見える。

原材料費は上がっている。大手からの値下げ交渉は続いている。現場に人が来ない。売上が伸びなくても、コストだけが確実に増えていく。結果として、多くの会社が守りの経営に入っている。

この状況で「DXで競争力を強化しましょう」と言われても、正直なところ現場の反応は冷たいだろう。以前の記事で、DX担当者の仕事の前提として「話す時間」が必要だと書いた。人が足りない現場では、その時間すら確保できない。

DXの成否は「話す時間」があるかどうかで決まる

「販路拡大」は机上の戦略になりやすい

こうした状況に対して、一般的に言われる打ち手はいくつかある。販路拡大、新規顧客の開拓、高付加価値化——どれも正しい。正しいが、数十人規模の中小製造業が明日から取り組めるかというと、そう簡単ではない。

以前の記事で、受注が足りないときに内製DXでは解決しないと書いた。営業の問題は営業で解決するしかない。しかし営業人材を雇う余裕がない会社も多い。

中小製造業の「値決めできない」問題に、内製DXはどこまで効くか

「新しいことを始める」より、まず 今あるものを守り、今ある仕事を回し続ける ことのほうが優先度は高い。

まずは守りの仕組みから

以前の記事で「DXは改善の前に地固めから」と書いた。この考え方は、景況感が厳しいときほど重要になる。

中小製造業の内製DXは「地固め」から始める

人が減っても回る状態を作る。ベテランの頭の中にある段取りを、他の人間でも再現できる形にしておく。致命的な属人化を放置しない。

中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

守りの仕組みは必要だと思う。ただ、それだけでは足りない。

守りだけではジリ貧になる

守りの仕組みを整えること自体は正しい。しかし、受注が減る、人が減る、コストが上がる——この流れの中で守り続けるだけでは、いずれ耐えられなくなる。

では何ができるか。唯一の答えがあるわけではない。ただ、受注生産の中小製造業が持っている武器を考えたとき、一つの方向が見えてくる。

品質よりも「速さ」が選ばれている現実

ものづくりの世界では品質が第一だと言われる。それ自体は間違いではない。品質が最低ラインを下回れば、話にならない。

しかし現実として、発注側が比較しているのは品質だけではない。品質が同じくらいなら、安くて早いほうに仕事が流れる。これは受注生産の現場にいると肌で感じることだろう。

中国をはじめとする海外の品質が上がってきた今、品質だけで差別化するのは以前よりも難しくなっている。一方で、「明日までに見積を返す」「来週には試作を出す」「急な仕様変更にも対応する」——こうした 対応の速さ は、距離と規模の小ささがそのまま武器になる部分がある。

大手は稟議と部門調整で動きが遅い。海外は物理的に距離がある。受注生産の中小製造業が持つ 小回りの良さ は、実は最も真似されにくい強みになる。

「速さ」を仕組みにする

ただし、今の速さが特定の人間の判断力と経験に依存しているなら、それは属人化と同じことになる。その人がいなくなれば速さも消える。

速さを個人の能力から 仕組み に移すことが、守りと攻めの両方になる。

見積のスピード。 見積に3日かかっている会社が翌日に返せるようになれば、それだけで競争力が変わる。過去の類似案件をすぐに引ける仕組みがあれば、ゼロから積算する必要がない。見積データを再利用する考え方は以前の記事で書いた。

中小製造業の生産計画は、見積もりデータの再利用から始められる

回答のスピード。 「この仕様でできますか?」「いつまでにできますか?」——こうした問い合わせに即答できるかどうかは、営業力そのもの。負荷状況が見えていれば、「今なら短納期で対応できる」という提案もできる。受注データに負荷の項目を1つ追加するだけで、この判断ができるようになる。

中小製造業の納期回答は、受注データと1項目で仕組み化できる

段取りのスピード。 誰がやっても同じ手順で動ける状態を作る。ベテランの段取りの組み方を、判断の根拠ごと記録しておく。全部を標準化する必要はない。致命的な部分だけでも形にしておけば、ベテランが休んだときに現場が止まらない。

中小製造業のナレッジ管理が進まない本当の理由

どれも新しいシステムの導入は必要ない。今あるExcelと、今あるデータで始められる。

中小製造業の「脱Excel」は本当に必要か?

速さの仕組み化は、見えないところにも効く

見積が速くなる、納期回答が速くなる——これらは直接的に受注に効く。しかし、速さを仕組み化する過程で、もう一つの副産物が手に入る。

過去の見積データを整理すれば、どんな仕事が繰り返し来ているかが見える。段取りの記録を残せば、どの工程にどれくらい時間がかかっているかが見える。負荷の見える化を進めれば、今のキャパシティに対して受注がどの程度埋まっているかが見える。

つまり 自社の対応力が数字で見えるようになる。それは値上げ交渉の根拠にもなるし、「うちは何が得意か」を言語化する材料にもなる。以前の記事で「中小製造業の強みは取引先との関係の中にしかない」と書いたが、その強みを裏づけるデータが手に入る。

中小製造業の「強み」は、取引先との関係の中にしかない

DXを焦る必要はない。ただし、手は動かす

この記事で書いたかったのは、大掛かりなDXの話ではない。

景況感が厳しいときに、まずやるべきことは地固め。その上で、受注生産の中小製造業が持つ武器——対応の速さを、個人の能力から仕組みに移す。その過程で、守りと攻めの両方が手に入る。

100点のシステムを導入する余裕がないなら、今あるExcelの使い方を変えて80点の仕組みを来週から回し始めるほうがいい。以前の記事で書いたことだが、この景況感の中ではなおさらだと思っている。

中小製造業の「脱Excel」は本当に必要か?

DXを焦る必要はない。ただし、何もしないのとは違う。今あるデータを使って、今いる人間で、速く動ける仕組みを一つずつ作っていく。それが、厳しい時代に中小製造業が打てる現実的な一手だと考えている。


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