AIがあれば基幹システムは作れてしまう
別の記事で「ERPの主戦場は受発注・在庫・会計の統合であり、製造プロセスの部分は自社に合った小さなツールを内製で作るほうが合う」と書いた。Excelベースの業務ツール、VBAのマクロ、ちょっとしたデータベース——内製DXの「小さなツール」は、そのあたりの規模感を想定している。
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しかしAIコーディングツールの普及で、内製で作れるものの範囲は広がりつつある。
受注管理、発注管理、在庫管理、原価計算、納期管理。ロジック自体はそこまで複雑ではない。複雑なのは業務の例外処理と運用の細かいルール——つまりドメイン知識の部分になる。そのドメイン知識を持っている人間がAIに指示を出せば、従来は数百万から数千万円かかっていた規模のシステムを、数ヶ月で内製できてしまう。
否定的な意見はまだ多いだろう。「AIが書いたコードで基幹業務を回すなんて危険だ」「品質が担保できない」。気持ちはわかる。しかし別の記事でも書いた通り、AIがインフラになる方向性は確定している。AIの実装力は上がり続ける。できるかどうかの議論は、遅かれ早かれ決着がつく。
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問題は「作れるか」ではなく、 「作ったものを1人のSEに任せていいのか」 という別の次元にある。
最初はコスパが圧倒的に見える
1人の社内SE、あるいは外部のDXエンジニアが、AIを使って基幹システムを内製する。パッケージを買えば数百万、カスタマイズを入れれば数千万。それを人件費の一部で実現できるなら、経営者にとっては魅力的に見える。
実際、最初は機能する。業務をわかっている人間がAIを使って作るから、現場に合ったものができる。パッケージにありがちな「導入したけど使われない機能」がなく、必要なものだけが揃っている。業務をシステムに合わせる必要もないし、修正も即座にできる。
コスト、フィット感、柔軟性。どれを取っても、パッケージ導入より内製のほうが良く見える。少なくとも最初の数年は。
3年後に何が起きるか
問題は、そのSEがいなくなったときに起きる。
退職、異動、病気、家庭の事情。理由は何でもいい。基幹システムを作った人間が、ある日いなくなる。残されたのは、その人が作って、その人が保守していたシステム。他に触れる人がいない。
AIのおかげで1人のSEが作れる範囲が広がった分、その人に依存するリスクも広がっている。受注も発注も在庫も原価も、すべてが1人のSEが作ったシステムに乗っている。 会社全体の業務が、1人の人間に依存する構造 になる。
しかもAIで作ったシステムには、従来にはなかった厄介な性質がある。
AI時代の属人化はさらに深い
これまでの属人化は「その人の頭の中にある」だった。少なくとも本人は理解している。聞けば説明してくれる。引き継ぎの時間があれば、ある程度の知識移転はできる。
AIで作ったシステムの場合、 作った本人ですらコードの全体を完全には把握していない 可能性がある。AIに指示を出して、出てきたコードを検証して、動いたから採用する。部分ごとには理解しているが、全体がどう組み合わさっているかは、AIとの対話の中でしか存在していない。
別の記事で「全部読んで確認する方法はどこかで限界が来る」と書いた。基幹システムの規模になれば、まさにその限界に直面する。
→ AI時代の内製DXエンジニア ── 実装の先にある仕事が本業になる
このシステムを引き継ぐ人間は、元のSEが持っていたドメイン知識、AIとの対話で生まれた設計判断、動作検証のノウハウ——これらをすべて再構築しなければならない。引き継ぎのハードルは、人間が書いたシステムよりもはるかに高くなる。
任せていい——ただし「替えがきく」前提で
ここまでの話を整理すると、問いは2つに分かれる。
AIで基幹システムを作れるか。 → 作れる。ロジックは複雑ではなく、ドメイン知識があれば十分に可能。
それを1人のSEに任せていいか。 → 任せていい。ただし条件がある。
従来の基幹システムは、一度作ったら何年も使い続けるものだった。だからこそ、作った人間がいなくなることが致命的なリスクになった。
しかしAI時代は前提が変わる。 基幹システムそのものが「替えのきくもの」になる。 1人のSEがAIを使って数ヶ月で作れたなら、別のSEがAIを使って数ヶ月で作り直せる。システムを守り続ける必要はない。必要なら作り直せばいい。
ただし、作り直せるためには条件がある。 システムは替えがきいても、データは替えがきかない。
守るべきはシステムではなく、データと、そのデータがどういう意味を持っているかの記録になる。
データの持ち方を標準化する。 別の記事で「データの文法」について書いている。基幹システムであれ小さなツールであれ、データが標準的な形で保持されていれば、システムを作り直してもデータはそのまま引き継げる。
→ Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つ ── データの文法という考え方
業務の構造を記録する。 何がどうつながっているか、どのテーブルにどんなデータがあるか。コードの詳細は後からAIに読ませれば再構築できるが、業務の構造と設計の意図は記録しないと消える。
入れ替えられる設計にしておく。 内製の基幹システムであっても、いつか別のものに置き換える日が来る前提で設計する。データが特定のシステムに閉じ込められない状態を維持する。
守るものが変わる
AIで基幹システムが作れる時代になると、守るべきものが変わる。
従来は システムを守る 発想だった。作ったものを壊さないように保守し、動かし続ける。だから作った人間がいなくなると困る。
AI時代は データと業務知識を守る 発想に変わる。システムはいつでも作り直せる。しかしデータが壊れたら、どんなに優秀なSEがいても復元できない。業務の構造が誰の頭にも残っていなければ、AIに指示を出すこともできない。
別の記事で「8割内製、2割外部」と書いた。基幹システムであっても、業務の構造を言語化して外部と共有しておくことで、知識が1人に閉じるリスクを減らせる。
→ 中小製造業の内製DXと外注の線引き ──「自社固有」か「汎用」かで決める
1人のSEに任せること自体は問題ではない。 そのSEがいなくなったときに、別の人間がAIを使って作り直せる状態を維持しておくこと。 それがAI時代の基幹システムとの付き合い方になる。