価格を自分で決められない構造
受注生産の中小製造業には、価格を自社で決められないという構造的な問題がある。
顧客の言い値で受ける。相見積で他社と競り合い、一番安いところが取る。自社の原価に利益を載せた「正しい価格」で出したくても、市場がそれを許さない。値決めの主導権が自社にないまま、案件を回し続けている会社は少なくない。
この問題に対して「原価管理を入れれば解決する」と言い切るのは無責任だと思っている。構造の問題は仕組みだけでは変わらない。ただ、状況によっては内製DXが効く場面がある。受注が足りているかどうかで、打てる手がまったく変わる。
受注が足りているなら、原価管理が武器になる
受注がある程度ある会社にとって、原価が見えていないことの最大のリスクは 赤字の仕事に気づかないまま続けている ことにある。
→ 受注生産・多品種少量の中小製造業における原価管理の「落とし所」
受注ごとの利益がざっくりでも見えるようになると、いくつかの判断が変わる。
「蹴る」という選択肢が持てる。 赤字が確定している案件を見送ることで、その分のキャパシティを利益の出る仕事に充てられる。受注件数は変わらなくても、利益率が変わる。
「交渉する」という選択肢が持てる。 原価が見えていれば、「この価格だとこの仕様では対応が難しいが、ここを変えれば可能」という提案ができる。言い値で受けるか蹴るかの二択から、根拠のある交渉に変わる。データがない状態では、経験と勘で判断するしかない。データがあれば、少なくとも損する仕事を避ける判断の精度が上がる。
見積の精度が上がる。 過去の実績データと見積データを突合できるようになると、見積の「読み」が検証できる。赤字案件が多い顧客や製品に傾向があるなら、次の見積で価格を調整できる。
→ 受注生産のデータは見積番号から始める ── 受注起点では見えないフィードバックループ
どれも劇的な変化ではない。しかし年間を通じて赤字受注を数件避けるだけで、利益への影響は数百万円単位になりうる。70点の精度でも、ゼロとは比較にならない。
受注が足りないとき、内製DXでは解決しない
一方で、受注が足りない会社に「原価管理を入れましょう」と言っても意味がない。蹴る余裕がないのに「この仕事は赤字です」と可視化しても、受けるしかないからだ。固定費を賄うために仕事を取り続けなければならない——この状況は、管理の精度を上げても変わらない。
受注が足りない会社の課題は、つまるところ 営業の問題 になる。
HPを作っても受注は来ない
営業の話になると「まずホームページを作りましょう」「SEOで集客しましょう」という提案が出てくることがある。しかし、受注生産の中小製造業で、HPからまとまった受注が来るケースはかなり稀。
なぜなら、製造業のBtoB取引はほとんどが 既存の関係性 で回っているから。既存顧客からのリピート、取引先からの紹介、業界のネットワーク——受注の大半はこうしたルートから来る。購買担当者がGoogleで「板金加工 小ロット」と検索して発注先を探すケースはゼロではないが、主流ではない。
HPが全く不要とは言わないが、HP単体で受注を増やそうとするのは、投資対効果としてはかなり厳しい。
外部の営業人材という選択肢
受注を増やすなら営業が必要。しかし中小製造業がフルタイムの営業社員を雇う余裕がないこともある。固定費が増えるし、製造業の営業ができる人材がすぐに見つかるとも限らない。
ここで検討したいのが、クラウドソーシングやフリーランスのプラットフォームで営業人材を外部から調達する という方法になる。
成果報酬型や業務委託で契約すれば、固定費を増やさずに営業リソースを確保できる。製造業の営業経験がある人がフリーランスとして活動しているケースは増えている。展示会だけでなく、オンラインで新規開拓を行うスタイルの営業もある。
ただし、外部の営業人材が機能するには前提条件がある。 製造現場とのコミュニケーションが回ること になる。
営業が機能するためのインフラ
外部の営業がリモートで動く場合、顧客から問い合わせを受けたとき、すぐに工場に確認を取れる必要がある。
「この仕様で対応できますか?」「納期はどのくらい見ればいいですか?」「材質を変えたらコストはどう変わりますか?」——営業の現場では、こうした確認が日常的に発生する。従来は営業が社内にいて、振り向いて設計や製造に聞けば済んだ。外部の営業にはこれができない。
メールでやりとりすると返答に時間がかかる。電話は相手の都合を無視する。ここで効いてくるのが、社内向けに構築したチャットとWeb会議のインフラになる。
→ 中小製造業の社内連絡は、メールでも電話でもなくチャットがちょうどいい
外部の営業にチャットのアカウントを発行し、専用のチャンネルを作る。営業が「この仕様で対応できますか?」とチャットに投げれば、製造か設計が確認して返す。込み入った話ならワンクリックでWeb会議に切り替えて、図面を画面共有しながら話す。
→ 中小製造業の拠点間コミュニケーションは、OSSとUSBイヤホンで十分だった
以前の記事で外注先をチャットに入れる話を書いたが、構造はまったく同じ。外注先の代わりに、外部の営業人材が社内の情報にアクセスできる環境を用意するだけになる。
見積のスピードは営業力そのもの
もう一つ、内製DXが間接的に営業力を支える部分がある。 見積の回答スピードと精度 になる。
相見積の場面では、早く正確に返せること自体が競争力になる。他社が1週間かかる見積を翌日に返せるなら、それだけで顧客の印象は変わる。見積データを再利用できる仕組みがあれば、類似案件の見積は過去のデータをベースに短時間で出せる。
→ 中小製造業の生産計画は、見積もりデータの再利用から始められる
また、負荷状況が見えていれば「今なら短納期で対応できます」という提案もできる。これは余力があるときにしか使えないカードだが、営業にとっては強い武器になる。
内製DXの本当の価値は「判断の精度」
この記事で書いたことを整理すると、内製DXが経営に効くポイントは次の二つになる。
受注が足りているなら: 原価が見えることで、受ける・蹴る・交渉するの判断精度が上がる。赤字受注を避け、利益率の高い仕事にキャパシティを集中できる。
受注が足りないなら: 社内のコミュニケーション基盤が、外部営業人材の活用基盤に転用できる。見積のスピードと精度が、間接的に営業力を底上げする。
どちらにも共通するのは、内製DXの成果が 「ツールを作った」ではなく「判断の精度が上がった」 という形で経営に返ってくるということ。チャットを入れた、原価管理の仕組みを作った——それ自体は手段にすぎない。その手段を使って、経営者がより正確な判断をできるようになること。それが内製DXの本当の価値だと考えている。
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