コードを書けることが武器だった時代
少し前まで、中小製造業で「ちょっとしたスクリプトが書ける」「VBAで業務ツールを作れる」というだけで、社内では貴重な存在になれた。周りにできる人がいないので、簡単なプログラムでも武器になった。
この状況が変わりつつある。AIコーディングツールの進化で、業務をある程度理解している人なら、自分でツールを作れるようになってきた。「Excelのこの作業を自動化して」とAIに指示すれば、それなりのVBAが出てくる。以前の記事で「AIが実装を肩代わりする」と書いたが、その流れは加速している。
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実装力の価値が相対的に下がったとき、内製DXエンジニアに残る武器は何か。
AIにはコンテキストの限界がある
以前の記事で「ドメイン知識が唯一の差別化になる」と書いた。これをもう少し掘り下げると、ドメイン知識の正体は 膨大なコンテキスト だということに気づく。
中小製造業の現場には、どこにも書かれていない情報が大量にある。この取引先には特殊なルールがある。この工程は図面通りにやると品質が出ない。この人に聞けば本当のことがわかるが、あの人に聞くと建前しか返ってこない。過去にこういう失敗があったから、今のやり方になっている。
こうしたコンテキストはドキュメント化されていない。されていないどころか、当事者自身が「これは情報だ」と自覚していないことも多い。以前の記事で「現場の人は自分の仕事を言語化できない」と書いたのと同じ構造になる。
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AIのコンテキストウィンドウは広がり続けている。しかし、ドキュメント化されていない情報はAIに渡しようがない。渡せない情報は、AIには使えない。この「渡せない膨大なコンテキスト」を自分の中に持っていることが、AIに代替されない能力の土台になる。
身体性 ── 現場に立たないと見えないもの
コンテキストはどうやって蓄積されるか。デスクに座ってデータを眺めていても、表面的な情報しか入ってこない。
現場に立つと、データにならない情報が入ってくる。機械の音で調子がわかる。人の動線を見れば、どこで作業が滞っているか見える。誰が誰に聞きに行っているかを観察すれば、情報の流れと属人化のポイントが見える。机の上に貼ってあるメモ、ホワイトボードの走り書き、棚の整理のされ方——こうした「ノイズ」の中に、業務の本当の姿が埋まっている。
以前の記事で「データの棚卸しをすれば、自然と属人化リスクが見えてくる」と書いた。しかし棚卸しの精度は、現場を自分の足で回っているかどうかで大きく変わる。ファイルサーバーを検索するだけの棚卸しと、現場の机の上まで見て回る棚卸しでは、拾える情報の量が違う。
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この 身体性 ——五感を使って現場の情報を拾う能力——はAIに渡せない。カメラやセンサーで現場をモニタリングしても、「あ、ここが詰まっているな」という直感的な気づきは、現場に立った経験の蓄積がないと生まれない。
構造化能力 ── 混沌を仕組みに変える力
身体性で拾った情報と、膨大なコンテキスト。これだけなら、現場のベテランも持っている。ベテランは現場のことを誰よりも「わかっている」。
しかしベテランは、わかっていることを構造化できない。「なんとなくこうやっている」「長年の勘でこうしている」。これを データの設計やシステムの仕組みに落とせる かどうかが、内製DXエンジニアとベテランの違いになる。
以前の記事で「DX担当者は現場の言葉と技術の言葉の通訳だ」と書いた。通訳とは、片方の言葉をもう片方に変換する仕事になる。現場のベテランが「こういう感じでやっている」と言ったことを、データベースの項目定義やシステムのロジックに変換する。この変換ができるのは、 現場の言葉も技術の言葉も両方わかっている人 だけになる。
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AIは構造化が得意に見える。しかしAIが構造化できるのは、すでに言語化された情報だけになる。言語化されていない現場の暗黙知を、まず言語化し、それから構造化する——この二段階の変換が、人間にしかできない仕事として残る。
この3つは順番がある
身体性、膨大なコンテキスト、構造化能力。この3つは同時には身につかない。順番がある。
まず身体性が先に来る。 現場で身体を使って仕事をする経験がなければ、何を見るべきかがわからない。データを見ても「この数字の裏に何があるか」が想像できない。
次にコンテキストが溜まる。 現場にいる時間が積み重なると、個々の業務がつながって見えてくる。「あの工程が遅れると、この工程にこう影響する」「この取引先がこう言うときは、実はこういう意味だ」。断片的な情報が文脈として厚みを持ち始める。
最後に構造化能力が加わる。 溜まったコンテキストを、データやシステムの形に落とす力。これは技術的なスキルだが、前の2つがないと空回りする。現場を知らずにデータベースを設計しても、使われないマスタテーブルが増えるだけになる。
自分のキャリアがまさにこの順番だった。生産管理として現場で10年。この間に業務の身体感覚とコンテキストが蓄積された。その上で社内SEに転じて、蓄積されたものをシステムの形に落としていった。もし最初からSEとして入社して、いきなりフルリモートで業務システムを設計しろと言われていたら、まともなものは作れなかったと思う。
フルリモートでは積み上がらないもの
リモートワークを否定するつもりはない。チャットもリモートデスクトップも、以前の記事で便利な道具として紹介した。
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しかし、チャットで流れてくるのは 相手が言語化できた情報だけ になる。言語化できない情報——現場の空気、人の動き、ホワイトボードの走り書き——はリモートでは拾えない。
内製DXの記事シリーズで繰り返し「現場に出向け」「話す時間を確保しろ」と書いてきたのは、この身体性とコンテキストの蓄積を止めるなという意味でもある。効率を求めてリモートに閉じると、AIと同じ制約——渡された情報しか扱えない——を自分に課すことになる。
AIが実装を代替する時代に、AIと同じ情報源しか持っていなければ、差別化はできない。AIが持てないもの——身体で蓄えた現場の感覚と、年月をかけて積み上げた膨大なコンテキスト——を持っていることが、内製DXエンジニアの武器になる。
泥臭さが最後に残る
以前の記事で「改善を飛ばして変化には行けない」と書いた。
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同じことがスキルにも言える。AIツールを使いこなす力は大事だが、それは構造化能力の一部であって、土台ではない。土台は、現場に足を運び、人と話し、業務の混沌を自分の中に取り込む——この泥臭い蓄積にある。
コードを書く力の価値は下がっていく。しかし、現場の混沌を整理する力の価値は上がっていく。そしてその力は、現場で身体を使わないと身につかない。効率化やAIの話が華やかであればあるほど、この泥臭い部分が見過ごされがちだが、内製DXの本当の差別化は、結局ここにある。
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