受注があふれているなら「材料費で残るか」だけで選べばいい ── 中小製造業の受注判断

個別原価が出せないから判断できない、は本当か

受注生産の中小製造業で「どの仕事が儲かっているか分からない」という声はよく聞く。理想を言えば、案件ごとに材料費・外注費・工数・間接費を積み上げて個別原価を出したい。しかし現実には、多品種少量の現場で厳密な個別原価計算を回すのは手間がかかりすぎる。

受注生産・多品種少量の中小製造業における原価管理の「落とし所」

以前の記事ではアワーレート方式で70点の精度を取るアプローチを書いた。これは全案件に同じ物差しを当てるための仕組みで、中小製造業にとっては現実的な落とし所だと思っている。

ただ、もっとシンプルに判断できる場面がある。 受注があふれていて、仕事を選べる状態 のときだ。

固定費はどのみち出ていく

受注が十分にある会社では、家賃・人件費・リース料といった固定費は、受注の有無にかかわらず発生している。どの案件を受けようが受けまいが、月末に出ていく金額は変わらない。

であれば、個別の受注を受けるかどうかの判断に固定費を持ち込む必要がない。固定費は受注全体でカバーするものであって、一つひとつの案件に按分して「この案件は赤字だ」と判定するのは、計算としては正しくても、判断の道具としては使いにくい。

変動費だけで判断する

ざっくり言えば、材料費や外注費は 「この受注を受けなければ発生しない費用」 になる。受けたから仕入れる、受けたから外注に出す——受注に紐づいて新たに出ていくお金。会計上の変動費の定義とは厳密には異なるが、この記事では便宜上これを変動費と呼ぶ。

発想を切り替える。受注を選べる状態なら、見るべき数字は 売値から変動費を引いた残り だけでいい。

  • 売値100万、材料費30万、外注費20万 → 残り50万
  • 売値80万、材料費15万、外注費10万 → 残り55万
  • 売値120万、材料費70万、外注費30万 → 残り20万

この「残り」が大きい順に受注を取っていけば、固定費の回収に最も貢献する仕事を優先できる。3番目の案件は売値こそ一番高いが、手元に残る金額は一番少ない。売値だけを見ていると判断を誤る。

管理会計では限界利益とか貢献利益と呼ばれる考え方だが、名前はどうでもいい。 「材料と外注を引いて、いくら残るか」 だけ分かれば判断できる。

必要なデータは二つだけ

この判断に必要なのは、案件ごとの材料費と外注費だけ。どちらも仕入データや発注データから取れる数字で、新たに記録の仕組みを作る必要がないことが多い。

アワーレート方式では作業時間の記録が必要になる。15分単位の記録でも、現場に定着させるまでにはそれなりの時間がかかる。一方、材料費と外注費は請求書や発注書に金額が書いてあるので、集めるハードルが低い。

中小製造業の実績データ収集は「何と比較するか」から逆算する

まずは変動費ベースの判断から始めて、余裕ができたらアワーレートに進む——という順番も現実的な選択肢になる。

工数の差が大きい場合はアワーレートを併用する

ただし、この方法が万能なわけではない。

同じ「残り50万」でも、製造に3日かかる案件と2週間かかる案件では話が違う。2週間かかる案件を受けている間に、3日の案件を3本こなせるかもしれない。変動費だけでは工数の差が見えない。

受注があふれている状態なら、キャパシティのどこに何を入れるかが重要になる。この判断にはアワーレートが効く。 「残り ÷ 作業時間」 を出せば、時間あたりの貢献度で案件を比較できる。

受注生産・多品種少量の中小製造業における原価管理の「落とし所」

逆に言えば、案件ごとの工数にそれほど差がない業態なら、変動費だけの判断で十分に回る。

この判断が使える前提条件

繰り返しになるが、この方法が使えるのは 受注があふれていて選べる ときだけ。

受注が足りない状態でこの考え方を持ち込むと危険になる。「材料費と外注費さえ超えれば受ける」という基準で安い仕事を取り続ければ、固定費が回収できないまま走り続けることになる。受注が足りないときの課題は、原価管理ではなく営業の問題になる。

中小製造業の「値決めできない」問題に、内製DXはどこまで効くか

判断をシンプルにすることが内製DXの仕事

この記事で書いたことは、会計の知識がなくても実行できる。

見積データに材料費と外注費の項目があれば、Excelで「売値 − 材料費 − 外注費」の列を追加するだけでいい。案件の一覧を「残り」の降順でソートすれば、どの仕事を優先すべきかが一目で分かる。

中小製造業の生産計画は、見積もりデータの再利用から始められる

経営者が日常的に使える判断の道具は、複雑なものより単純なものの方が強い。「材料と外注を引いて、いくら残るか」。この一つの数字が見えるだけで、受注の優先順位が変わる。完璧な原価計算ができなくても、この数字だけは押さえておくべきだと思っている。

中小製造業の見える化は「基準と実績の突合」── 数字は比較して初めて意味を持つ


このシリーズの他の記事:

シリーズ記事一覧・著者への相談はこちら →