「人材不足」とは誰の話か
中小製造業で「人材不足」という言葉はよく聞く。しかし、この言葉はかなり雑に使われている気がしている。
事務職が足りないという話はほとんど聞かない。経理、総務、購買事務——こうしたポジションは、募集すればそれなりに応募が来る。
足りないのは現場作業者のほうだろう。製造ラインに入る人、溶接や機械加工のオペレーター、検査員——ものを作る現場で手を動かす人が来ない。これが中小製造業の「人材不足」の正体ではないかと思っている。
集まりにくい構造がある
理由を突き詰めると、きつい仕事のわりに給与が高くないという話に行き着く。
立ち仕事、重いものを扱う、暑い・寒い・油がつく——製造現場の仕事は身体的な負荷が高い。それに対して、同じ地域のサービス業や事務職と比べて給与が突出して高いかというと、そうでもないことが多い。特に数十人規模の中小製造業は、大手メーカーの賃金テーブルとは差がある。
同じ給与なら、身体への負担が少ない仕事のほうに人が流れるのは自然なことだと思う。「人材不足」と言い続けることで、賃金や労働条件の問題に向き合う機会を逃している面もある気がしている。
DXだけでは解決しない
この問題に対して「DXで解決しましょう」と言うのは無責任だろう。
現場作業者が足りない本質は、賃金と労働条件の問題にある。業務効率化で多少の負荷を減らせたとしても、それだけで応募が急に増えるわけではない。以前の記事で「受注が足りないときは内製DXでは解決しない」と書いたが、人材不足にも似た構造がある。打てる手の限界を認識した上で、それでもDXにできることを考えたほうが誠実だと思う。
「その他が同じ条件なら」で差がつく
ただ、一つ気づいていることがある。
同じ業種、同じ地域、同じくらいの給与水準でも、人が集まっている会社とそうでない会社がある。その差がどこにあるかというと、社内環境の印象ではないかと感じている。
求職者の立場で考えてみる。どちらも同じような製造業の求人で、給与も大差ない。片方はホームページに工場の写真が載っていて、社内の雰囲気が見える。もう片方はホームページすらない。どちらに応募したくなるかと言えば、やはり前者だろう。
これは見た目の話だけではない。入社後の環境にも差が出てくる。情報が整備されていて、教育体制がある会社と、「とりあえず見て覚えて」の会社。社内の連絡がチャットで整理されている会社と、口頭と紙のメモだけの会社。現場にタブレットや端末があって図面や手順書がすぐ見られる会社と、事務所まで取りに行かないと確認できない会社。
きつい仕事であること自体は変わらない。しかし、 その他の条件で「ここはちゃんとしている」と感じてもらえるかどうか が、応募の分岐点になっている気がする。
具体的に何が効くか
社内環境の整備が、結果として採用力につながる場面がある。いくつか挙げてみる。
ホームページで社内環境をオープンにする。 受注を取るためのHPではなく、採用のためのHPという発想になる。工場の写真、設備の紹介、社員の働いている様子——検索で求人にたどり着いた人が「ここで働くイメージ」を持てるかどうかは意外と大きい。以前の記事でHPだけで受注は来ないと書いたが、採用における役割はまた別の話になる。
→ 中小製造業の「値決めできない」問題に、内製DXはどこまで効くか
社内の情報に携帯からアクセスできる。 勤怠、給与明細、社内連絡——こうした情報に自分のスマホからアクセスできる環境は、今の求職者にとっては当たり前に近くなっている。逆にこれがないと、それだけで「古い会社」という印象を持たれやすい。
現場に端末がある。 図面を確認する、作業手順を見る、不良の記録を入力する——紙ではなくデジタルで完結する現場は、見た目にも整った印象を与える。以前の記事でタブレットを入れて最終的に固定PCに落ち着いた経験を書いたが、タブレットでも固定PCでも、現場で必要な情報にすぐアクセスできる状態を作ることが大事になる。
入社時に情報が整備されている。 業務マニュアル、作業手順書、安全規定——入社初日に「これを読んでおいて」と渡せるものがあるかどうか。ナレッジが整備されている会社は、教育の負担が減るだけでなく、「受け入れ体制がちゃんとある」という安心感にもつながる。
どれも特別な投資が必要な話ではない。社内のDXを進めていく中で、副産物として手に入るものが多い。
賃金の話を避けずに
社内環境を整えても、賃金が相場より明らかに低ければ人は来にくい。それは事実として受け止める必要があると思う。
ただ、原価管理ができていて利益が見えている会社は、賃上げの判断もしやすくなる。どの仕事でいくら利益が出ているかがわかれば、「ここまでなら賃金に回せる」という根拠が持てる。データがないまま「上げるべきか、上げたら赤字にならないか」と悩み続けるよりは、前向きな判断がしやすい。
→ 受注生産・多品種少量の中小製造業における原価管理の「落とし所」
DXが人材不足を直接解決するわけではない。しかし、社内環境の整備を通じて「選ばれる会社」に近づくことはできるし、原価管理を通じて賃上げの判断に根拠を持つこともできる。回り道に見えるかもしれないが、構造的な問題に対して打てる手としては、これが現実的な範囲ではないかと思っている。
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