中小製造業の仕入先との関係は、担当者の頭の中にしかない

仕入先にも種類がある

中小製造業の「仕入先」と一口に言っても、中身はかなり違う。

製品の材料を買う鋼材商社。ボルトやナットを買う部品商社。自社の製品の一部を加工してもらう外注先。自社ではできない条件があるときに頼む同業の協力会社。ネットワークやサーバーを面倒見てくれるIT業者。

材料を買うだけの取引なら、発注・納品・請求というデータの「点」で関係が完結する。価格と納期と品質が合えばそれでいい。

しかし、加工外注や協力会社になると話が変わってくる。「この形状ならあそこに頼めばうまくやってくれる」「急ぎのときは無理を聞いてくれる」「図面に書いていないニュアンスを汲んでくれる」——こういう関係は、発注データには載らない。データとしての接点は「点」でも、実際の関係はもっと深いところで動いている。

別会社という壁

当たり前だが、仕入先は別会社になる。相手のシステムに入り込むことはできないし、相手の工程や負荷状況を直接見ることもできない。

やりとりの手段は、メール、電話、チャットに参加してもらう、あるいは社員が検査や打ち合わせで訪問する——この程度が現実的な接点になる。以前の記事で外注先をチャットに入れる運用を紹介したが、あれにしても日常のやりとりがスムーズになるだけで、相手の内部が見えるようになるわけではない。

中小製造業の社内連絡は、メールでも電話でもなくチャットがちょうどいい

お互い懐を見せられない、という事情もある。こちらの原価構造を相手に見せたくないのと同じように、相手も自社の情報は出したくない。中小同士の取引では、このあたりの距離感は特に繊細だと思う。

担当者の関係で成り立っている

結局のところ、中小製造業の仕入先との関係は、担当者同士の人間関係で成り立っている部分が大きい。

関係の始まり方も様々で、実務者レベルで完結しているケースもある。飛び込み営業がきっかけで付き合いが始まり、そのまま現場の担当者同士でやりとりが続いている。この場合、経営者はその仕入先と具体的にどういう関係にあるのか、詳しくは把握していないことも多い。

一方で、経営者同士が知り合いというパターンもある。もともと社員だった人が独立して作った会社、業界の集まりで知り合った同業者——こうした関係は、経営者の個人的なつながりに依存している。

どちらのパターンでも、関係の実態は特定の誰かの頭の中にある。自社にとってどれだけ重要な仕入先であっても、その関係の経緯や背景、相手の特徴や注意点は、担当者が抱えたまま共有されていないことが多い。

担当者が変わると関係が切れる

以前の記事で、IT業者との関係が担当者の異動で崩壊した例を書いた。仕入先との関係でも同じことが起きる。

中小製造業の内製DXと外注の線引き

担当者が退職する、異動する、あるいは相手側の担当者が変わる。それだけで、長年かけて築いた関係がリセットされる。やりとりの経緯、暗黙の了解、「前にこういうことがあったから今はこうしている」という判断の背景——こうした情報が一人の頭の中にしかなければ、その人がいなくなった時点ですべて失われる。

大企業なら組織として関係を管理する仕組みがある。引き継ぎの手順があり、複数人で対応する体制がある。しかし中小製造業では、仕入先との関係が文字通り一人の担当者に紐づいていることが珍しくない。自社の製造能力に直接影響するような重要な協力会社との関係ですら、そうなっていることがある。

DXの限界を認める

正直に書くと、この問題にDXが直接効く場面は限られている。

仕入先との関係の本質は、信頼と暗黙知で成り立っている。「あそこは急ぎでも嫌な顔をしない」「この手の加工はあそこが一番うまい」「あの担当者にはこう言えば通る」——こうした情報はシステムに載せにくい。載せたところで、信頼関係そのものが移るわけではない。

以前の記事で内製DXの弱点を正直に書いた。今回も同じスタンスで、できないことはできないと認めた上で、それでもやれることを考えたい。

内製DXの弱点を正直に書く ── 小さなツールの組み合わせで起きること

接点を一人にしない

これはDXの話ではなく組織の話になるが、最も効果があるのは 仕入先との接点を担当者一人に閉じないこと だと思う。

打ち合わせに複数人で参加する。訪問するときに別の社員も連れていく。チャットのチャンネルに担当者以外も入れておく。こうした小さな積み重ねで、関係が一本の線ではなく複数の線で結ばれた状態になる。

一人が抜けても、別の誰かが関係の文脈を持っている。完全な引き継ぎは難しくても、ゼロからの再スタートにはならない。

仕入先マスタにナレッジを足す

もう一つ、これはDXの領域になる。仕入先に関する情報を、担当者の頭の中から取り出して残すこと。

営業先の管理にはCRMという考え方がある。担当者名、商談の履歴、関係の経緯——顧客との関係を組織として蓄積する仕組み。同じことが、仕入先に対しても必要ではないかと思っている。売る側には仕組みがあるのに、買う側には何もない——これは中小製造業に限らず、多くの会社で見落とされている部分だろう。

ただし、ゼロから仕入先データベースを作る必要はない。仕入先とお金のやりとりをしている以上、会計ソフトなり業務システムなりに仕入先マスタはすでにある。会社名、支払い条件、振込先——取引に必要な情報は登録されている。箱はすでにあるので、そこにナレッジを足すほうが自然だと思う。

受注生産の中小製造業における仕入管理は「今のやり方」から始めればいい

足すべき情報は、たとえばこういうものになる。

  • 相手側の担当者名、連絡先
  • 得意な加工、対応できる条件、設備の特徴
  • 過去のトラブルや注意点
  • 関係の経緯(どういう縁で付き合いが始まったか)
  • 価格感の目安、納期の傾向

どれも担当者に聞けばすぐ出てくる情報だが、聞かなければどこにも残らない。以前の記事でナレッジ管理の話を書いたとき、対象は社内業務のノウハウだった。しかし同じ方法論——聞き取り役が翻訳して残す——は、仕入先の情報にも使える。

中小製造業のナレッジ管理が進まない本当の理由

担当者が辞めたときに、次の人が「この会社とはこういう付き合いをしてきた」とわかる程度の情報があるだけで、ダメージは大きく変わる。7516で書いた「30点からスタートできる状態」と同じ考え方になる。

関係の見える化は、仕入先の棚卸しでもある

仕入先の情報を整理してみると、副次的に見えてくることがある。

特定の仕入先に依存しすぎていないか。代替先はあるか。関係が一人の担当者に集中していないか。以前の記事で「依存先は常に分散させる」と書いたが、仕入先との関係にも同じことが言える。

中小製造業の内製DX ── 判断に迷ったときの基準を持っておく

仕入先の情報を残す作業は、単なる記録ではなく、自社の外部依存の構造を可視化する作業でもある。見えていなかったリスクが見えるようになるという意味では、これも一つの「見える化」だと思っている。


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