抽象的な話を先にする理由
この記事は、過去のAI関連の記事に比べると抽象的な内容になる。具体的な操作方法やツールの紹介ではなく、「そもそもAIをどこに使うか」を判断するための考え方を書く。
以前の記事では、AIに業務ルールを渡すときの書き方や、業務ルールの棚卸しについて書いた。
→ 中小製造業がAIに業務ルールを渡すとき、書き方より大事な3つのこと
→ 中小製造業の「みんなでAI」に必要なのは、RAGではなく業務ルールの棚卸し
これらは「AIをどう使うか」の話だった。この記事はその手前にある、「そもそもAIを使う場所かどうか」を考えるための視点になる。抽象的ではあるが、この視点があると使いどころの判断がブレにくくなると思う。
業務の大半は「変換」でできている
中小製造業の事務作業を観察すると、ほとんどが「変換」で成り立っていることに気づく。
受注データを生産指示に転記する。見積の数字を請求書のフォーマットに移す。Excelの集計結果を月次報告のテンプレートに貼り付ける。入力と出力で情報の量は変わらず、形式だけが変わる。
この種の作業は、VBAやGAS、あるいは既存のシステム間連携で十分に自動化できる。ルールが明確で、入力に対して出力が一意に決まるから、プログラムで書けば100%同じ結果が返る。
こういう作業にAIを使うのは、コストに見合わない。AIは毎回微妙に違う出力を返す可能性があるし、そもそも確定的な処理には確定的な道具を使うのが筋になる。
AIの出番は「情報量が変わる場所」
では、AIはどこに使うべきか。答えはシンプルで、 情報量が変わる場所 になる。
情報量が変わる方向は2つある。 圧縮 と 展開 。
圧縮 は、大量の情報から少量の本質を抽出すること。たとえば、過去3年分の受注データから「この得意先は毎年3月に発注が集中する」という傾向を見つける。数千行のデータが1行の判断材料に変わる。膨大な業界ニュースから「自社に影響がありそうな法改正はこれ」と絞り込む。これも圧縮になる。
展開 は、少量の入力から多くのバリエーションを生成すること。「この部品の加工手順を考えて」と投げると、複数のアプローチが返ってくる。「この業務の改善案を出して」と聞くと、自分では思いつかなかった切り口が出てくることがある。少ない入力から多くの候補が生まれる。
どちらも、入力と出力で情報量が変わっている。この「情報量が変わる」工程が、AIの使いどころになる。
圧縮こそAIの本領
2つの中でも、圧縮のほうがAIの価値が出やすいと思う。
人間が膨大なデータから傾向を読み取るには時間がかかる。Excelでピボットテーブルを組んで、グラフを作って、眺めて、気づきを得る。この工程をAIに渡すと、データを食わせた瞬間に「こういう傾向がある」と返ってくる。
以前の記事で、内製DXエンジニアの道具箱としてExcel・テキストエディタ・SQL・AIの組み合わせを紹介した。
→ 中小製造業の内製DXエンジニア ── ひとりで戦うための道具箱
この道具箱の中で、AIが最も力を発揮するのが「大量のデータや情報を食わせて、少量の判断材料を出す」場面になる。SQLでデータを抽出し、AIに分析を投げて、結果を人間が判断する。この流れでは、AIは圧縮の部分を担っている。
展開は便利だが、最後は圧縮がいる
展開も便利ではある。アイデア出し、テストケースの洗い出し、文書のバリエーション生成——少ない入力から多くの出力を得られるのはAIの強みになる。
ただ、展開した結果をそのまま使えることはあまりない。
100個のアイデアを出させたら、そこから使えるものを3個選ぶ。10パターンの文書を生成させたら、最も適切な1つを選ぶ。つまり、 展開の後には必ず圧縮が来る 。展開で広げて、圧縮で絞る。このサイクルの最後は、常に人間がチェックできる量まで圧縮されている必要がある。
AIに展開させて、AIに圧縮させて、最後だけ人間が確認する——という多段階の使い方もできる。しかし、最終出力が人間のチェック能力を超えている使い方は、今の段階ではどれも危うい。
VBAやGASはなくならない
AIがどれだけ発達しても、変換の領域はVBAやGASのほうが適している。この棲み分けはむしろAIが発達するほどはっきりする。
AからBに決まったルールで変換する作業に、毎回AIを呼ぶのは無駄になる。確実に同じ結果が返る処理には、確実に同じ結果を返す道具を使うべきで、AIはその道具ではない。
変わるのは、VBAやGASを誰が書くかという部分。AIに「このExcelのA列をこのフォーマットに変換するマクロを書いて」と頼めば出てくる。自動化の道具自体は残るが、道具を作るコストが下がる。
以前の記事で、AI時代のDXエンジニアの価値は業務理解・問題分解・指示・検証に移ると書いた。
→ AI時代の内製DXエンジニア ── 「全部読む確認」から「テストで検証」へ
これを道具の観点で言い換えると、 どの工程にどの道具を使うかを判断すること 自体が価値になる。変換にはVBA、圧縮にはAI、展開にもAI——この仕分けができることが、道具を使いこなすということだと思う。
最初の問いは「情報量は変わるか」
業務改善を考えるとき、AIを使うかどうかで迷ったら、まず「この作業で情報量は変わるか」を問うといい。
入力と出力で情報量が変わらないなら、それは変換。プログラムで自動化すればいい。入力より出力が少なくなるなら圧縮、多くなるなら展開。そこがAIの使いどころになる。
もちろん、実際の業務はこんなにきれいに分かれない。
たとえば積算業務。「仕様を入れたら金額が出る」という全体像だけ見ると、変換に見える。しかし中を開くと、圧縮と変換が交互に入っている。決まった板厚から材料費を計算するのは変換——単価×面積の掛け算。耐圧と板厚の対応表があるなら、そのルックアップも変換になる。しかし、コスト・納期・在庫・過去のトラブルを総合して板厚や工法を決める場面は、テーブルでは引けない。複数の要因を重み付けして1つの判断に落とす——これが圧縮になる。選んだ方法で工数を掛け算するのは、また変換に戻る。
粒度を粗く見ると変換に見える業務でも、分解すると圧縮が混ざっている。この「見えない圧縮」こそ、ベテランの判断と呼ばれている部分になる。逆に、分解して圧縮が1つも出てこない業務は、本当にプログラムだけで完結する。
だから、積算全体をAIに任せるよりも、判断(圧縮)の部分だけAIに聞いて、計算(変換)はPythonやVBAで回すほうが筋がいい。AIのハルシネーションが入り込むのは判断の部分だけに限定され、計算は狂わない。全部AIにやらせると、判断も計算も一緒くたになって、どこで間違えたかわからなくなる。
以前の記事で「AIは計算が苦手。計算はスクリプト、判断はAI」と書いたが、あれも結局、変換と圧縮を分けるという話だった。
→ 中小製造業の「みんなでAI」に必要なのは、RAGではなく業務ルールの棚卸し
1つの業務を「変換」「圧縮」「展開」に分解してみると、AIを使うべき部分とそうでない部分が見えてくる。
以前の記事で「AIの未来予測はどうでもいい」と書いた。AIがインフラになる方向性は確定しているから、具体的な予測より「構え」を取ることが大事だと書いた。
→ AIの具体的な未来予測はどうでもいい ── それでも中小製造業が今から触るべき理由
その構えの1つが、「AIをどこに使い、どこに使わないか」を判断できるようになること。情報量が変わるかどうかという視点は、その判断のための道具になると思う。
このシリーズの他の記事: