中小製造業とAI ── 「何ができるか」より「誰に頼むか」で選ばれる時代

「ちょっとITに詳しい」が武器だった

少し前まで、中小製造業で「ちょっとプログラミングができる」「ちょっとITに詳しい」というだけで、それなりの武器になった。周りにできる人がいないから、VBAでツールを作れるだけで重宝された。自分もまさにそのポジションにいた。

以前の記事で、AIの普及によってこの武器の価値が下がると書いた。実装力が相対的に下がり、ドメイン知識が差別化になると。

中小製造業の内製DX ── AIに代替されない能力は現場でしか身につかない

「何が残るか」については、すでに書いた。身体性、コンテキスト、構造化能力。この3つは今も変わらない。しかし、あの記事では触れなかった問題がある。残った武器を、どうやって届ければいいのか。最近、そこで引っかかっている。

スキルには「見せ方」があった

「ちょっとITに詳しい」が武器だった時代には、見せ方のフォーマットがあった。「こういうツールが作れます」「VBAでこんな自動化をしました」「こういう資格を持っています」。聞かれたら答えられるし、見せれば伝わった。

ドメイン知識にはそれがない。「製造業の現場がわかります」と言っても、どう証明すればいいのか。「業務の課題を見極められます」と言っても、会話してみないと伝わらない。「適切な規模感で落とし所を出せます」と言っても、実際にやってみせないとわからない。

スキルは名刺に書ける。ドメイン知識は書けない。以前の記事では「ドメイン知識が残る」と書いたが、残ったところで伝え方がわからないという問題がその先にある。

「何ができるか」で差がつかなくなる

これは自分だけの話ではないと思っている。

以前の記事で、AIの影響は中小製造業の中で一律ではないと書いた。現場の手仕事は代替されにくく、バックオフィスの定型業務が最も影響を受ける。

中小製造業とAI ── 現場は残り、事務が変わる

この構図をもう一段引いて見ると、 「ちょっとした知的作業」が最もAIに食われやすい ことに気づく。ちょっとしたプログラミング、ちょっとした分析、ちょっとした資料作成。AIがあれば誰でもそこそこできてしまう。

身体を使う現場の仕事は代替されない。高度な専門職は判断の深さで差がつく。一番立場が危ういのは、その間にいる「ちょっとできる」層だろう。「ちょっとITに詳しい」は、まさにそこに入る。自分がいた場所だ。

「何ができるか」で差がつかなくなったとき、選ぶ側は別の基準を探し始める。

「誰に頼むか」で決まっていく

たぶん、その基準は「誰に頼むか」になる。

考えてみれば、中小製造業では昔からそうだった。大企業ならRFPを出して3社比較ができる。しかし数十人規模の会社では、社長や工場長が「あの人に聞いてみよう」で決まる。

中小製造業の「強み」は、取引先との関係の中にしかない

以前の記事で、中小製造業の強みは取引先との関係の中にしかないと書いた。これは企業同士の話だったが、個人にも同じことが起きているのだと思う。

「何ができるか」の差が小さくなると、判断基準は別のものに移る。過去にこの人が出した判断は正しかったか。この人なら説明が少なくて済むか。知らない人に頼むより安心できるか。どれもスキル一覧には載らない情報だ。

スキルで選ばれる時代は「できること」を並べれば勝負できた。名前で選ばれる時代は、 相手の中に自分の輪郭が残っているかどうか で決まるのだと思う。

見せ方にフォーマットがない

スキルには見せ方があった。資格、実績一覧、ポートフォリオ。フォーマットに従えばよかった。

「人」にはそれがない。「自分はこういう人間です」を伝える標準的なフォーマットは存在しない。

ある人は飲みの席で話が面白くて、それで覚えられる。ある人は展示会に毎回顔を出していて、それで認知される。ある人は困っているときに「ちょっと見ましょうか」と手を動かしてくれて、それが忘れられない。ある人は業界の話をSNSで発信していて、それで輪郭が見える。

どれが正解ということはない。共通しているのは、スキルの看板ではなく、 人としての輪郭が相手に残っているかどうか だけだ。

自分の場合は、こういう記事を書くことがたまたま合っていた。しかしそれは自分のやり方であって、答えではない。

不安だが、自由でもある

正直なところ、まだ手探りの状態にいる。

「何ができるか」で勝負する時代にはルールブックがあった。資格を取る、実績を積む、ポートフォリオを作る。やるべきことが見えていた。

「誰に頼むか」で選ばれる時代には、決まった型がない。型がないというのは不安でもあるが、考えようによっては自由でもある。文章が合う人は書けばいいし、話が合う人は話せばいい。手を動かすのが合う人は、目の前の人の困りごとを拾えばいい。

以前の記事で書いた3つの能力——身体性、コンテキスト、構造化——は確かにAIに代替されない。しかし、持っているだけでは届かない。持っていることが相手に伝わる接点がなければ、持っていないのと同じになる。

「どうやって自分を売り込むか」という問いの立て方は、まだスキルの時代の発想かもしれない。問いはたぶんもっとシンプルで、自分という人間を知ってもらえる接点が、どこかにあるかどうか。

人に何かを頼むとき、本当に知りたいのは「何のツールが使えるか」ではなく、「この人は自分の世界を理解してくれるか」だと思う。そこだけは、たぶん昔から変わっていない。


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