中小製造業とAI ── 現場は残り、事務が変わる

AIの影響は一律ではない

以前の記事で「AIはインフラになる。予測に振り回される必要はないが、構えは取っておくべき」と書いた。

AIの具体的な未来予測はどうでもいい ── それでも中小製造業が今から触るべき理由

では具体的に、中小製造業の中で何が変わって何が変わらないのか。「AIで業務が変わる」という話は多いが、製造業の中身を知らないまま語られていることが多い気がしている。

中小製造業の業務を大きく3つに分けると、AIの影響がそれぞれまったく違うことに気づく。現場の仕事、バックオフィスの仕事、そして経営者の営業。この3つを分けて考えないと、対策がぼやける。

現場の仕事はAIに代替されにくい

多品種少量の製造現場は、AIが最も入りにくい領域の一つだと思っている。

理由はシンプルで、身体を使う仕事だから。材料の段取り替え、加工条件の微調整、仕上がりの目視確認——こうした作業は五感と経験が必要になる。以前の記事で「身体性はAIに渡せない」と書いたが、製造現場はまさにその典型になる。

中小製造業の内製DX ── AIに代替されない能力は現場でしか身につかない

大手メーカーの大量生産ラインなら、ロボットやAI検査の投資対効果が出る。しかし多品種少量では、品目ごとに条件が違いすぎて自動化が合わない。「この材料、今日は湿度が高いから送り速度を変える」といった判断は、まだ人間の領域にある。

中小製造業の現場作業者は、AI時代において最も安定した立ち位置にいると言える。

バックオフィスが最も影響を受ける——ただし経路が違う

一方で、事務・管理業務はAIの影響を最も受ける領域になる。ただし、事務員自身がAIを使いこなすという形ではない。

受発注の処理、見積書の作成、生産スケジュールの調整、月次の集計、経理処理——こうした業務の大半は「考える」より「処理する」が中心になる。AIに相談することがそもそもない。ChatGPTに「この伝票を入力して」とは言えない。

変化が起きるとしたら、経路は別のところにある。会計ソフトにAI機能が組み込まれて仕訳が自動化される、OCRで請求書を読み取って転記が不要になる、DX担当者がAIを使って業務の仕組み自体を作り替える——事務員がAIを道具として使うのではなく、事務作業そのものがAIを組み込んだ仕組みに吸収されていく形になる。

中小製造業のバックオフィスは人数が少ない。事務員が1〜2人で受発注と庶務を回している、という規模感が珍しくない。こうした仕組みの変化が進んだとき、「3人でやっていた事務が2人で回る」「2人が1人+AIで済む」という状況は起きうる。大企業なら100人の部署が80人になっても組織は揺らがないが、3人が2人になるのは中小企業にとってはかなり大きな変化になる。

社長の営業は変わらない

中小製造業、特に受注生産の会社では、社長自身が最大の営業マンであることが多い。

取引先との関係は、長年の信頼で成り立っている。「あの社長だから頼む」「この会社とは付き合いが長いから」——こうした人間関係の上に受注がある。以前の記事で「BtoB取引は既存の関係性で回っている」と書いたが、この構造はAIが来ても変わらないだろう。

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AIで見積書を速く作れるようになる、提案資料の精度が上がる——こうした部分は変わる。しかし取引先との関係づくり、信頼の積み上げ、いざというときの対応力は、人間同士の話になる。会社と会社の取引が完全に自動化されることは、当面ないと思っている。

「事務の人」と「現場の人」の価値が逆転する

ここまでの話を整理すると、AIが中小製造業にもたらす変化には構造的な偏りがあることがわかる。

  • 現場作業者:影響が小さい。むしろ人材不足で価値が上がる
  • バックオフィス:影響が大きい。業務の一部がAIに置き換わる可能性がある
  • 経営者の営業:影響が小さい。人間関係と信頼の領域

以前の記事で、中小製造業の人材不足の正体は現場作業者の問題だと書いた。事務職は募集すれば集まる。

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AIの普及は、この構造をさらに強調する方向に動く。事務の仕事はAIで効率化できるが、現場の仕事は人がいなければ回らない。需要と供給で考えれば、現場作業者の価値が相対的に上がり、事務作業の価値は下がっていく。

今まで暗黙に存在していた「事務>現場」という序列が揺らぐ、と言ったら大げさかもしれない。ただ、身体を使って現場で働く人が最も代替困難な存在になるという構図は、中小製造業に限って言えば、すでに始まっている変化だと思う。

バックオフィスは「消える」のではなく「中身が変わる」

では、バックオフィスの人を減らしてAIに置き換えるべきかというと、話はそう単純ではない。

中小製造業のバックオフィスは、業務が属人化していることが多い。「あの人に聞かないとわからない」という状態は、AIに置き換える以前に、まず業務を整理する必要があるということを意味している。

以前の記事で原価管理にはバックオフィスの仕組みが必要だと書いたが、AIが一部の作業を代替できたとしても、業務の全体を見渡してデータの流れを管理する人間は残る。

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現実的な変化はおそらくこうなる。バックオフィスの「量」は減るが、「質」が変わる。データ入力や転記のような作業はAIに移り、残る仕事はデータの確認、例外処理、社内外の調整になっていく。「事務員」の仕事が「データを使った判断と調整」にシフトする、という言い方のほうが正確かもしれない。

影響を受ける場所を特定して、そこに手を打つ

AIの話になると「全部変わる」か「うちには関係ない」の二極端になりがちだが、中小製造業に限って言えば、変わる部分と変わらない部分がはっきりしている。

  • 現場の手仕事は変わらない。できる人の価値はむしろ上がる
  • バックオフィスの定型業務は変わる。ただし一気に消えるのではなく、仕事の中身が徐々にシフトしていく
  • 取引先との関係で取ってくる営業は変わらない

この見取り図を持っておくだけで、AIに対する構え方が変わってくる。どこにAIを入れれば効果があるのか、どこは人を確保し続けなければならないのか。漠然と「AIで何とかしたい」ではなく、影響を受ける場所を特定して、そこに手を打つ。

以前の記事で「予測に乗るのではなく、構えを取る」と書いたが、その構えの具体的な中身は、こうした業務ごとの見極めから始まるのだと思う。


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