全員が同じ部屋にいるなら、この話は要らない
事務所に全員が座っていて、声をかければ伝わる会社なら、コミュニケーションツールの話はほとんど意味がない。振り向いて話せばいい。
しかし現実には、事務所と工場が離れている、支店がある、業務委託の外注先とやりとりがある、営業が外に出ている——こうした「同じ場所にいない人との日常的な連絡」が発生する会社は多い。そしてこの連絡手段が、たいていの場合メールか電話に偏っている。
どちらも長く使われてきた道具だが、中小製造業の日常のやりとりには、実はどちらも微妙に合っていない。
電話の問題:相手の都合を無視する
電話は即座に伝わる。それが強みだが、同時に最大の弱点でもある。
電話をかけるということは、相手が今何をしていようと中断させるということになる。工場で作業中の人が事務所からの電話で手を止める。集中して見積もりを作っている人が電話で思考を切られる。電話はかける側の都合で成立するが、受ける側の都合は考慮されない。
もう一つの問題は、電話では考える時間がないということ。何かを判断しなければならない場面で、電話口で即答を求められる。「ちょっと確認して折り返します」と言えればいいが、そのまま口頭でやりとりが進んでしまうことも多い。結果として、十分に考えないまま判断が行われる。
そして電話には記録が残らない。「電話で言った・言わない」のトラブルは、どの会社でも経験があるのではないかと思う。
メールの問題:遅い、埋もれる、確認頻度が低い
メールは記録が残る。これは電話にない利点。しかし別の問題がある。
まず、広告メールやメルマガが多すぎる。業務メールが営業メールの山に埋もれて、重要な連絡を見落とすことがある。受信トレイの整理自体が仕事になっている人もいる。
次に、確認頻度が低い。メールを一日に2〜3回しか開かない人は珍しくない。朝と昼と終業前に確認する、というペースだと、急ぎではないが当日中に返事がほしい連絡が翌日に回ることがある。
さらに、メールは構造的に1対1のやりとりに偏る。CCで複数人に共有はできるが、関係者全員がスレッドを追えているかどうかは確認しようがない。結果として、情報が特定の人の間だけに閉じてしまう。
チャットは「ちょうどいい」位置にある
チャットツールは電話とメールの間を埋める存在になる。
電話ほどリアルタイムではない。 相手が手を止められるタイミングで読めばいい。作業中に通知が来ても、区切りがいいところで確認すれば済む。相手の集中を奪わない。
メールほど遅くない。 チャットは通知の仕組みが軽いので、メールよりも確認頻度が上がる。「見たらさっと返す」という習慣がつきやすく、数分〜数十分で返事がやりとりされることが多い。
考える余裕がある。 電話のように即答を求められない。メッセージを読んで、少し考えてから返信できる。判断を伴うやりとりでは、この「考える間」が地味に重要になる。
記録が残り、共有しやすい。 チャンネル(部屋)に関係者を入れておけば、やりとりが自然と共有される。「AさんとBさんの間で決まったことを、Cさんが知らなかった」という問題が起きにくい。
導入のハードルは低い
チャットツールの導入は、DXの中でも最もハードルが低い部類に入る。
データの移行も、業務フローの設計も要らない。アカウントを作って、部署やプロジェクトごとにチャンネルを作って、使い始めるだけ。合わなければやめればいい。
選択肢はいくつかある。
- Slack: 最も知名度が高い。無料プランでも基本的な機能は使える。ただし無料プランではメッセージの履歴に制限がある
- Microsoft Teams: Microsoft 365を契約しているなら追加コストなし。ただしメール・カレンダー・ファイル共有と一体化しているため、以前の記事で書いたロックインのリスクは意識しておく必要がある
- Mattermost: OSSのチャットツール。自社サーバーで運用するため、やりとりのデータは完全に手元に残る。以前の記事でIT環境の「入れ替え可能な部品」として紹介した
→ 中小製造業のIT環境は「入れ替えられる設計」で組む ── OSSとSaaSの使い分け
どれを選ぶかは、会社の状況とIT環境への考え方で決めればいい。重要なのはツールの選定ではなく、電話とメールの間を埋める連絡手段を持つということになる。
LINEを業務で使う問題
チャットツールの話をすると、「うちはLINEで連絡している」という会社に出会うことがある。
LINEは個人のコミュニケーションツールとしては優れている。しかし業務で使うには問題がある。
個人アカウントと業務が混在する。 休日に業務連絡が個人のLINEに飛んでくる。プライベートと仕事の境界が曖昧になる。
退職時にデータが消える。 社員が辞めると、その人のLINEアカウントとともにやりとりの履歴が消える。業務上の判断経緯や連絡事項が失われる。
検索や整理ができない。 グループLINEは時系列で流れていくだけで、話題ごとに整理できない。過去のやりとりから情報を探すのが困難になる。
LINE WORKSという法人向けサービスもあるが、いずれにしても「個人のLINEで業務連絡」は早めに脱却したほうがいい。
チャットツールで変わること
チャットツールを入れたからといって、業務が劇的に変わるわけではない。しかし、いくつかの地味な変化が積み重なる。
「ちょっと確認したい」のハードルが下がる。 電話するほどではないが、メールを書くほどでもない——この中間の連絡が、チャットだと気軽にできる。その結果、確認不足による手戻りが減る。
情報が属人化しにくくなる。 チャンネルに関係者がいれば、やりとりは自然と共有される。「あの件、どうなった?」と聞かなくてもチャンネルを見ればわかる。
非同期で仕事が進む。 相手の返事を待つ間に別の仕事ができる。電話のように相手を拘束しないので、お互いの時間を効率よく使える。
どれも小さな改善だが、拠点が分かれている会社やリモートの関係者がいる会社では、この小さな改善の積み重ねが効いてくる。
外注先もチャットに入れる
社内のチャットが回り始めたら、次に考えたいのが外注先(協力工場)をチャットに乗せることになる。
中小製造業では、外注先とのやりとりはベテランの担当者が電話やFAXで回していることが多い。技術的な相談、納期の調整、品質の確認——これらはベテランの経験と人間関係で成り立っている。この関係自体を変える必要はない。
問題は、外注先との連絡がベテラン1人に集中していることにある。経理が請求書の内容を確認したいとき、購買が納期を聞きたいとき、すべてベテランを経由する。ベテランが不在だと止まる。ベテランが退職したら関係ごと消える。以前の記事で書いた属人化の構造そのものになる。
→ 中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」
外注先にチャットのアカウントを作り、専用のチャンネルを設けるだけで、この構造が変わる。
ベテランと外注先の技術的なやりとりは今まで通り。しかし経理が「先月の請求書の明細を確認したい」と直接チャットで聞ける。購買が「来週の入荷予定を教えてほしい」と直接やりとりできる。ベテランを通す必要がない用件が、ベテランを通さずに済むようになる。
外注先にとっても、窓口が1人だけという状態より安心感がある。担当者がつかまらなくてもチャットに投げておけば、誰かが見てくれる。電話で何度もかけ直す手間がなくなる。
外注先の中には、スポットで加工を依頼する相手もいれば、自社にはない設備や技術を持っていて、その外注先がいなければ受けられない仕事がある——という戦略的な相手もいる。後者との関係は、自社が受注できる仕事の幅に直結する。こうした外注先との関係がベテラン1人に閉じていると、属人化リスクの中でも最も重い部類に入る。チャットで日常的に複数人がつながっておくことは、連絡効率の話だけではなく、会社にとって代えがきかない関係を維持するための手段でもある。
もちろん、外注先のIT環境やリテラシーの問題はある。ただ、外注先も世代交代は進んでいる。スマートフォンでチャットを使うこと自体は、すでに日常になっている人が増えている。社内で「メールと電話だけ」から脱却できたなら、外注先との関係でも同じステップが踏めるかもしれない。
テキストの限界と、電話への入口
一方で、テキストベースのやりとりにも限界がある。
「Aの場合はBで、ただしCが未確定ならDに切り替えて、その場合の納期はEで……」のように、条件が複数重なる話をチャットで書こうとすると、メッセージの情報量が膨れ上がる。書くほうも大変だし、読むほうも正確に解釈するのが難しくなる。
こういう場面では、テキストに固執する必要はない。チャットで「この件、ちょっと今から電話(Web会議)いいですか?」と一言送って、口頭に切り替えればいい。
実はここにチャットツールのもう一つの価値がある。チャットは電話への入口にもなる。いきなり電話をかけると相手の都合を無視することになるが、チャットで「今いいですか?」と聞いてからなら、相手が受けられるタイミングで通話に移れる。テキストで済む話はテキストで、込み入った話は口頭で。この切り替えがチャット上で自然にできることが、電話やメールだけの環境にはなかった柔軟さになる。
テキストは冷たく見える
もう一つ、テキストベースのコミュニケーションで気をつけたいことがある。文字だけのやりとりは、思った以上に冷淡に映る。
「了解です」「確認します」「対応お願いします」——書いた側にはそのつもりがなくても、受け取る側は素っ気なく感じることがある。対面なら表情や声のトーンで補えるニュアンスが、テキストではすべて削ぎ落とされる。
自分の経験でも、チャットでのやりとりが事務的になりすぎて、チーム内の雰囲気が硬くなったことがある。対策として意識しているのは二つ。
一つは、絵文字やリアクションを意識的に使うこと。「了解です」より「了解です👍」のほうが柔らかくなる。チャットツールにはメッセージへのリアクション機能があるので、「いいね」や「ありがとう」をワンクリックで返せる。小さなことだが、やりとりの温度を保つのに効く。
もう一つは、ときどき口頭のコミュニケーションを意識的に混ぜること。チャットの効率が良いからといって、すべてのやりとりをテキストに寄せすぎると、人間関係の部分が削れていく。週に一度の短い通話や、たまの対面でのやりとりが、チャットでは伝わらない信頼関係を補ってくれる。
チャットツールは便利だが、万能ではない。効率と人間関係のバランスを取ることも、運用の一部になる。
まず「電話とメール以外の手段を持つ」こと
高度なDXの話ではない。チャットツールの導入は、社内の連絡手段を一つ増やすだけの話になる。
ただ、この「一つ増やす」が、電話とメールしかなかった会社にとっては意外と大きい。電話の即時性が必要な場面では電話を使えばいいし、正式な記録が必要な場面ではメールを使えばいい。その間にある日常的なやりとりに、ちょうどいい手段が加わる。
事務所と工場が離れている会社、支店とのやりとりが頻繁な会社、外部の協力先と日常的に連絡を取る会社——こうした環境であれば、チャットツールは検討する価値がある。導入コストも運用の手間も小さいので、試してみて合わなければやめればいい。
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