受注生産の在庫管理は「数える」より「分ける」が先 ── フロー在庫とストック在庫

棚卸ししても判断に使えない

受注生産の中小製造業でも、在庫の問題は起きる。受注生産だから在庫は少ないはず——理屈ではそうだが、現場を見ると材料棚には端材が積み上がり、加工途中の仕掛品が棚に並び、出荷待ちの製品が通路を塞いでいることは珍しくない。

毎月棚卸しをやる。数を数えて、金額を出して、帳簿と突き合わせる。そこで「在庫金額1,200万円」という数字が出る。

しかし、この数字を見て何か判断できるかというと、できないことが多い。1,200万円は多いのか少ないのか。去年より増えたのか減ったのか。増えたとして、それは問題なのか正常なのか。棚卸しの数字だけでは、そこまでわからない。

以前の記事で「データは単体では意味がない」と書いた。在庫金額もまさにそうで、総額だけ見ていても判断の材料にならない。しかし在庫の場合、原価と並べる前にやるべきことがある。 在庫そのものを「分けて見る」 ことになる。

データは単体では意味がない ── 在庫と原価を「つなげて見る」という内製DXの基本

フロー在庫とストック在庫

受注生産の在庫を見るとき、最も有効な切り口は 「フロー」と「ストック」 の区別になる。

フロー在庫は、特定の受注に紐づいて生産の流れの中を動いているもの。注文Aのために買った材料、注文Bの加工途中の部品、注文Cの完成品で出荷待ちのもの。これらはすべて行き先が決まっている。受注番号で追える。いずれ出荷されて売上になり、キャッシュとして回収される。

ストック在庫は、特定の受注に紐づいていないもの。どの注文にも割り当てられていない材料、キャンセルで浮いた仕掛品、行き先のない完成品。これらは帳簿上は資産だが、出荷の見込みが立っていない。キャッシュが寝ている状態になる。

受注生産では、本来ほとんどの在庫がフローであるべきになる。注文が入り、材料を手配し、加工して、出荷する。この流れの中にある在庫は「動いている在庫」であって、管理上の心配は少ない。

問題はストック在庫になる。そして厄介なのは、フロー在庫とストック在庫が区別されないまま「在庫1,200万円」と合算されていることにある。

素材:ストックの最大の発生源

受注生産であっても、材料はロットで買わざるを得ないことが多い。鋼材は定尺で入荷する。ネジやボルトは箱単位。塗料は缶単位。注文に必要な量だけピッタリ買えることはまずない。

たとえば、ある注文でSUS304の板材が必要になる。定尺1000mm×2000mmで入荷して、必要な分を切り出す。残りの端材は棚に戻す。次の注文でも同じ材種が必要になるかもしれないし、ならないかもしれない。

この端材は、入荷した時点ではフロー在庫だった。注文Aのために買ったものだから行き先がある。しかし切り出した瞬間、残りはストック在庫に変わる。行き先が決まっていない。次に使える注文が来るまで、材料棚で眠ることになる。

この「フローからストックへの転換」が、受注生産の素材在庫で日常的に起きている。定尺材を買うたびに端材が発生し、少しずつストックが積み上がる。

管理上の問題は、この端材が把握されているかどうかになる。端材の材種・サイズ・量がわかっていれば、次の注文で新品を買う前に「使える端材がないか」を確認できる。把握されていなければ、使える端材があるのに毎回新品を買い、端材はさらに溜まっていく。

もう一つ、素材で厄介なのが 紐づきで買った小さな部品 になる。

大きな材料は目に見える。鋼材が棚に積まれていれば誰でも気づく。しかし小さな部品——特殊なボルト、Oリング、電子部品——は棚の奥に紛れたり、別の注文の部品と混ざったりして、物理的に見つからなくなることがある。

ネジやボルトのような汎用品を発注点方式で管理しているなら問題は少ない。在庫が減ったら補充する、意図的なストックだから管理もシンプルになる。しかし、特定の注文向けに紐づきで買った小物部品は事情が違う。

注文Aのために買った特殊部品が、入荷後に現場で見つからなくなる。組み立て担当が探しても出てこない。納期が迫っているから、もう1個発注する。数日後、最初の部品が別の棚から出てくる。同じ部品が2個になる。片方はフローとして使われ、もう片方は行き先のないストックになる。

この「見つからないから再発注」のパターンは、1回あたりの金額は小さい。しかし繰り返されると積み上がる。しかも小さいから棚卸しでも見落とされやすい。気づいたときには、使い道のない特殊部品が引き出しの中に散在している。

定尺材のストック化が「ロット買いの構造」から来るのに対して、小物部品のストック化は 「物理的に見えない」 という現場の問題から来る。原因が違うから、対策も違う。端材は台帳で管理すればいいが、小物部品は保管場所のルール——注文番号ごとに箱を分ける、入荷したらすぐ所定の場所に置く——という物理的な整理が先になる。

仕掛品:止まったフローに注意する

受注生産の仕掛品は、基本的にフロー在庫になる。注文Aの部品を加工している途中、注文Bのユニットを組み立てている途中——いずれも受注番号に紐づいていて、行き先が決まっている。

以前の記事で、生産管理ではバッファ在庫を置いて前後工程を分断するポイントスケジューリングが有効だと書いた。このバッファとして意図的に置いている仕掛品も、最終的には出荷につながるフロー在庫になる。

受注生産・多品種少量の中小製造業に「全工程スケジューリング」は要らない

仕掛品で問題になるのは、 「止まったフロー」 になる。

注文がキャンセルされた。しかし加工途中の部品はラインに残っている。品質問題が出て、手直しするか廃棄するか判断が保留になっている。必要な部品が入荷せず、組み立て途中のまま棚に置かれている。

これらはもともとフロー在庫だったが、何らかの理由で流れが止まり、実質的にストック在庫になっている。そして「止まったフロー」は見つけにくい。もともと受注番号が紐づいているから、台帳上はフロー在庫のまま残っていることが多い。受注番号があるから「まだ動いている」ように見えるが、実際には動いていない。

仕掛品のストック化は、在庫管理の問題というより生産管理の問題になる。しかし「この仕掛品は動いているのか止まっているのか」を把握すること自体は、フロー/ストックの区別で見えてくる。

完成品:受注生産なら本来ゼロに近い

受注生産の完成品在庫は、本来ほとんど存在しないはずになる。作ったらすぐ出荷する。それが受注生産の基本的な流れになる。

完成品が倉庫にある場合、ほとんどは 「出荷待ち」 になる。顧客の検収待ち、他の注文と合わせて一括出荷する待ち、輸送手配の待ち。これらはまだフロー在庫で、出荷日が決まっているなら管理上の問題は小さい。

完成品がストック在庫になるケースは限られているが、起きると影響が大きい。

  • 注文がキャンセルされたが、完成品がすでに仕上がっている
  • 検収で不合格になり、手直しするか再製作するか保留になっている
  • 見込みで作った製品(営業の「たぶん受注できる」で先行生産したもの)が売れていない

完成品のストック化は、素材や仕掛品と違って金額が大きくなりやすい。材料費に加えて加工費も乗っているから、1件でも滞留すると在庫金額へのインパクトが大きい。

逆に言えば、完成品のストック在庫が発生していたら、それは在庫管理の問題ではなく、受注プロセスや営業との連携の問題になる。

分けて見ると、同じ数字でも意味が変わる

フローとストックを分けると、棚卸しの数字の見え方が変わる。

会社A 会社B
在庫金額(合計) 1,200万円 1,200万円
うちフロー在庫 1,000万円(83%) 600万円(50%)
うちストック在庫 200万円(17%) 600万円(50%)

合計は同じ1,200万円だが、中身はまったく違う。

会社Aは在庫の大半が受注に紐づいている。出荷すればキャッシュに変わる。在庫金額としては問題ない。

会社Bは在庫の半分が行き先のないストックになっている。600万円が倉庫に眠ったまま、出荷の見込みが立っていない。合計の1,200万円という数字だけ見ていたら、この違いに気づけない。

以前の記事で「見える化の本質は基準と実績の突合」だと書いた。在庫管理でいえば、フロー在庫の「基準」は受注に対して必要な量であり、それと実際の手持ちを突き合わせることになる。ストック在庫にはそもそも基準がない。基準がないものは突合のしようがないから、まず「基準のない在庫がどれだけあるか」を把握すること自体が最初のステップになる。

中小製造業の「見える化」は数字を出すことではない ── 基準と実績の突合という考え方

まず「分ける」ところから始める

フロー/ストックの区別は、高度なシステムがなくてもできる。

棚卸しのときに、各品目に対して「これはどの注文向けか」を確認する。受注番号が紐づけば(あるいは紐づくことが明らかであれば)フロー。紐づかなければストック。これだけになる。

最初は棚卸しの際に「フロー/ストック」の列を1つ追加するだけでいい。全品目を完璧に分類する必要はない。金額の大きいものから見ていけば、ストック在庫がどこに集中しているかは見えてくる。

受注生産の在庫管理で大事なのは、正確な数を数えることではない。 在庫の中身を分けて見ること になる。フローなら流れに任せればいい。ストックなら「なぜ止まっているのか」「使える見込みがあるのか」を判断する必要がある。「在庫1,200万円」を「フロー1,000万円+ストック200万円」に分解する。それだけで、次に何をすべきかが見えてくる。


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中小製造業の内製DXは「改善」の前に「地固め」から始める

いきなり改善に入ってはいけない

DXを始めよう、となったとき、最初に出てくる話は「原価を見える化したい」「生産計画をシステム化したい」「日報をデジタル化したい」といった改善テーマであることが多い。気持ちはわかる。目に見える成果がほしいし、経営者もそこに期待している。

しかし、改善テーマからいきなり着手すると、たいてい途中で詰まる。

データを見える化しようとしたが、そもそもどこにどんなデータがあるのかわかっていなかった。ツールを作ったが、現場との関係ができていなくて使ってもらえなかった。システムを動かし始めたら、バックアップが取れていなくて一度のトラブルで振り出しに戻った。

改善は大事だが、改善の前にやるべきことがある。 今ある状態を把握し、守る こと。ここでは「地固め」と呼ぶ。地盤が固まっていない場所に建物を建てても、傾くか崩れるかになる。

最初の一手:コミュニケーション基盤を作る

DX担当者がまず必要とするのは、現場と話せる環境になる。

以前の記事で「DXの成否は話す時間があるかどうかで決まる」と書いた。DX担当者の仕事はコードを書くことではなく、現場の言葉と技術の言葉の通訳であると。この「話す」ための基盤が、地固めの第一歩になる。

中小製造業の内製DX ── 成否は「話す時間」があるかどうかで決まる

具体的には2つのことをやる。

1つ目は、チャットツールの導入。 以前の記事で「電話でもメールでもなくチャットがちょうどいい」と書いた。チャットは導入障壁が最も低いDXで、アカウントを作ってチャンネルを設定すれば、その日から使い始められる。

中小製造業の社内連絡は、メールでも電話でもなくチャットがちょうどいい

ただし、ここで言いたいのはツールの話だけではない。チャットを入れる本当の目的は、 DX担当者が現場と日常的にやりとりできる導線を作る こと。「何かあったらこのチャンネルに投げてください」という窓口があるだけで、現場からの相談や気づきが格段に届きやすくなる。DX担当者にとっても、わざわざ現場に足を運ばなくても軽い確認ができるようになる。

チャットと合わせて、 リモートデスクトップも用意しておくといい。 DX担当者はツールの導入やトラブル対応で、現場のPCを操作する場面が出てくる。拠点が離れていれば、そのたびに移動するわけにはいかない。電話越しに「今どの画面が出ている?」とやりとりするより、相手の画面を直接見て操作するほうが圧倒的に早い。Windows Proならリモートデスクトップ機能が標準で使える。Homeエディションや、ネットワーク構成的に標準機能では対応しにくい場合は、RustDeskのようなOSSのリモートデスクトップツールがある。

2つ目は、上長の合意を取ること。 以前の記事で「管理精度型のDXはトップダウン寄りで進める」と書いた。地固めの段階でも同じことが言える。

中小製造業の内製DXには「管理精度型」と「工数削減型」がある

DX担当者が現場を回ってデータの棚卸しや業務のヒアリングをする時間を、上長が「仕事」として認めてくれるかどうか。ここが確保されないと、「早くツールを作れ」というプレッシャーの中で、地固めを飛ばして改善に走ることになる。

この2つは順番というより同時に進める話で、チャットを入れるタイミングで上長に「まず現状を把握する時間をください」と合意を取っておく。DX担当者としてのポジショニング——「この人はまず現場を見て、そこから判断する人だ」——を最初に示しておくことが、後の仕事をやりやすくする。

二手目:現状を把握する

コミュニケーション基盤ができたら、次は現状把握になる。やることは2つあるが、実際には同時にやれる。

データの棚卸し。 社内のどこに、どんなデータが、どの形式で存在しているかを把握する。見積データはExcelで営業が持っている。受注データは会計ソフトにある。図面はファイルサーバーの中。検査記録は紙で現場に置いてある。個人PCのデスクトップにしか存在しないExcelもある。

この棚卸しは、後でデータの文法を整えたり見える化を進めたりするための地図になる。地図なしに改善を始めると、「あのデータがあると思っていたのになかった」「同じデータが3箇所に別々の形式で存在していた」という事態になる。

属人化のトリアージ。 以前の記事で「脱属人化ではなく属人化のトリアージ」と書いた。致命的リスク、深刻なリスク、軽微なリスクの3段階で仕分ける方法になる。

中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

この2つは別々にやる必要がない。データの棚卸しをすれば、自然と属人化リスクが見えてくる。

「この見積ロジックは○○さんの頭の中にしかない」——データの棚卸しで見積データの所在を確認していたら、ロジックが属人化していることがわかった。「このExcelは△△さんしか触れない」——ファイルの管理者を確認していたら、特定の人にしかわからない業務が見つかった。「サーバーのパスワードは□□さんしか知らない」——IT環境の棚卸しで致命的リスクが見つかった。

データがどこにあるかを調べる過程で、「誰がそれを握っているか」が見える。属人化のトリアージとデータの棚卸しは、同じ作業の2つの側面になる。

棚卸しの結果は、簡単なリストでいい。どこに何があって、誰が管理していて、なくなったらどれくらい困るか。完璧な文書を作る必要はない。ざっくりでも把握できていれば、次の手が打てる。

三手目:現状を守る

棚卸しで見えたものを、次は守る。

以前の記事で「セキュリティは守り方より戻し方」と書いた。防御を完璧にすることはできない。大事なのは、何かが起きたときに戻せる状態にしておくことになる。

中小製造業のセキュリティは「守り方」より「戻し方」

棚卸しの結果を見れば、何を守るべきかは見えている。

バックアップの確認。 サーバーのバックアップは取れているか。それは本番環境と切り離された場所に保管されているか。復元テストをやったことがあるか。個人PCにしかない重要データはないか。以前の記事で書いたように、バックアップは「ある・なし」ではなく「どこにあるか」が問題になる。

致命的リスクの解消。 棚卸しで見つかった致命的リスク——パスワードが1人しか知らない、サーバー構成を誰も把握していない——を最優先で対処する。文書化するだけでいい。高度なシステムは不要で、パスワード管理の台帳を作る、構成図を1枚書く、それだけで致命的リスクは解消できる。

この段階でやることは地味で、成果物として見せにくい。「バックアップを確認しました」「パスワードを文書化しました」では、経営者へのアピールにはならないだろう。しかし、これをやっていないまま改善を進めた場合のリスクは大きい。サーバーが壊れてデータが飛んだ、担当者が急に辞めて業務が止まった——このどちらかが起きたとき、地固めの価値がわかる。

地固めが終わってから、改善に入る

ここまでの3手を整理する。

手順 やること 目的
一手目 チャット導入+上長の合意 話せる環境と、動ける時間を確保する
二手目 データの棚卸し+属人化トリアージ 今あるものを把握する
三手目 バックアップ確認+致命的リスクの解消 今あるものを守る

この3手の間、新しいツールは1つも作っていない。業務フローも変えていない。やったのは、コミュニケーションの基盤を作り、現状を把握し、守っただけになる。

しかしこの地固めが終わると、改善の土台が整っている。

  • どこにどんなデータがあるか把握できている → データの文法の整理に着手できる
  • 属人化リスクが仕分けられている → 何から手をつけるかの優先順位が見えている
  • バックアップが確保されている → 新しい仕組みを試しても、壊れたら戻せる安心感がある
  • 現場との関係ができている → ツールを作ったときに使ってもらえる

改善の具体的な進め方——データの文法をどう整えるか、見える化をどこから始めるか、VBAで作るか専用言語で作るか——は、このシリーズの他の記事で書いている。地固めが終わった段階で、自社の状況に合った記事を参照してほしい。

「地味」がDXの最初の仕事

DXと聞いて期待するのは、ダッシュボード、自動化、AI活用——そういう派手な絵面かもしれない。しかし、中小製造業のDXで最初にやるべきことは、驚くほど地味になる。チャットを入れる。データがどこにあるか調べる。バックアップを確認する。パスワードを文書化する。

地味だが、これを飛ばして改善に入った会社は、どこかで足元をすくわれる。データが消える、担当者がいなくなる、現場が協力してくれない。改善の前に地固めをしていれば防げたことばかりになる。

以前の記事で「手作業でできることしかシステムにできない」と書いた。同じように、 把握していないものは改善できない 。まず知る、守る、その後に変える。この順番を守ることが、中小製造業のDXを確実に進める最初の一歩になる。

手作業でできることしかシステムにできない ── 中小製造業の内製DXの正しい順番


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中小製造業の実績データ収集は「何と比較するか」から逆算する

データ収集は「何と比較するか」から始まる

内製DXを始めると、「まず現場のデータを集めよう」という話になりやすい。しかし「何のために集めるか」が曖昧なまま始めると、集めたデータが使われないまま終わることが多い。作業日報を毎日入力してもらっているのに、誰もそのデータを見ていない——こういう状態は珍しくない。

以前の記事で「見える化の本質は基準と実績の突合」だと書いた。実績データの収集も、この原則から逆算して設計する。

中小製造業の見える化は「基準と実績の突合」── 数字は比較して初めて意味を持つ

先に「何と比較するか」を決めて、比較に必要なデータだけを集める。 見積もりの想定工数と実績を比較したいなら、集めるべきは工程ごとの作業時間。予定納期と出荷実績を比較したいなら、各工程の完了日時。比較対象が決まれば、何を・どの粒度で集めるかが自動的に決まる。

逆に比較対象が決まっていなければ、「念のためこれも」と項目が膨らみ、入力負担だけが増えていく。以前の記事で「管理側の欲を削る」と書いたが、データ収集でも同じことが起きる。「この項目は何と比較するんですか?」と問えば、答えられない項目は削れる。

中小製造業の内製DXには「管理精度型」と「工数削減型」がある

社外の要求と社内の改善は分けて考える

データ収集にはもう一つの目的がある。顧客の要求や法規制、会計上の義務など、社外から求められるデータの記録になる。

トレーサビリティの記録は顧客や業界規格が要求するもので、「何と比較するか」の問題ではない。求められた条件を満たす形で記録する。会計上の仕入・売上データも同じで、法律で決められた形式に従って残す必要がある。

この2つは性質が違う。

  • 社外要求のデータ収集 → 条件が決まっている。条件を満たすように集めればいい
  • 社内改善のためのデータ収集 → 何と比較するかを自分で決める必要がある

混同すると設計が崩れる。社外要求を満たすために集めているデータと、社内改善のために集めるデータを、同じ入力フォームに詰め込んで「全部入力してください」とやると、どちらの目的も中途半端になる。

まず社外要求のデータ収集は仕組みとして確実に回す。その上で、社内改善のために何を追加で集めるかを、比較対象から逆算して決める。この順番が大事になる。

入力は1回、発生源の近くで

何を集めるかが決まったら、次は「どう集めるか」の話になる。

原則は 入力を1回で完結させる こと。紙に書いてもらってExcelに打ち直す二重入力は、手間が倍になるだけでなく転記ミスの原因になる。以前の記事で内製DXの弱点として「つなぎ目」の問題を書いたが、紙からデジタルへの転記はまさにこのつなぎ目になる。

内製DXの弱点を正直に書く ── 小さなツールの組み合わせで起きること

現場でどう入力するかについては、以前の記事でタブレットが定着しなかった経験を書いた。最終的な結論は、 固定PCを工場内の複数箇所に設置し、作業の切れ目で入力してもらう という方法だった。

中小製造業の現場にタブレットを配っても定着しない ── 入力は「いつ・どこで」を設計する

ポイントは2つ。 発生源の近くで入力する ことと、 作業の切れ目に入力する こと。事務所に戻ってから入力する方式だと記憶頼みになり、入力漏れが増える。作業中に手を止めて入力させるのも現実的ではない。休憩前、段取り替え、1ロット完了時——作業の自然な区切りを入力タイミングにする。

できるだけ選択式にする

入力方式は できるだけ選択式にする。 自由入力にすると「SUS304」「sus304」「ステンレス304」のように表記揺れが起き、集計時に同じものが別々にカウントされる。選択式なら表記揺れはゼロで、入力も速い。

完璧なマスタデータベースは要らない。見積書に品名の一覧があるなら、それを書き出すだけで選択リストになる。以前の記事で「見積データを簡易マスタとして再利用する」と書いたが、 今あるデータから選択肢は作れる。

中小製造業の生産計画は、見積もりデータの再利用から始められる

インターフェースは現場が続けられるものを選ぶ

入力フォームを作り込むか、チャットから定型フォーマットで送るか、方法は色々ある。大事なのは、今のやり方(紙への記入、口頭での報告)と比べて手間が増えないこと。技術的に優れたインターフェースと、現場で続くインターフェースは違う。見た目より操作のしやすさ、機能の多さより迷わなさ。入力する人の目線で選ぶ。

まとめ:集める前に決めること

実績データの収集を始める前に決めるべきことを整理する。

  1. 何と比較するか。 比較対象(基準)を先に決める。基準がなければデータを集めても使い道がない
  2. 何を集めるか。 比較に必要な項目だけに絞る。「念のため」の項目は入れない
  3. いつ・どこで入力するか。 発生源の近くで、作業の切れ目に。入力の導線を設計する
  4. どう入力するか。 入力は1回で完結させる。できるだけ選択式にする
  5. 何で入力するか。 現場が続けられるインターフェースを選ぶ

この順番が大事になる。5から考え始めると——つまり「タブレットを入れよう」「日報アプリを導入しよう」とツールから入ると——1〜4が曖昧なまま進んで、集めたデータが使われない結果になりやすい。


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中小製造業のファイル管理は、フォルダ構造をデータベース代わりにする

案件のファイルをもっと早く開きたい

共有フォルダに年度別や部署別でフォルダを分けて、ファイルを管理している会社は多い。普通に運用できている会社がほとんどだと思う。

ただ、受注生産で案件数が多くなってくると、「あの案件の図面どこだっけ」と探す場面が増えてくる。年度フォルダの中を開いて、顧客名で探して、その中のファイルを確認して——という手順を毎回やるのは地味に手間がかかる。

自分が現場で試して効果があったのが、製造番号(受注番号)をキーにしたフォルダ構成になる。これは既存のフォルダ管理を置き換えるというより、案件単位でファイルをまとめる仕組みを一つ加えるという話。

製造番号でフォルダを切る

受注生産の中小製造業なら、最もシンプルで効果的な方法がある。製造番号(または受注番号)でフォルダを作ること。

製造番号がわかれば、その案件に関するファイルはすべて一つのフォルダに入っている。図面も見積書も検査記録も発注書も、案件単位でまとまっている。

「あの案件の図面どこ?」→ 製造番号で開く → ある。これだけで、ファイルを探す時間の大半がなくなる。

フォルダ構造がデータベースの役割を果たす

この方法が効くのは、フォルダ構造自体が案件をキーにしたデータベースになっているからになる。

以前の記事で「受注生産のデータは見積番号から始める」と書いた。データベースでいえば、見積番号や製造番号が主キーで、それに紐づくデータ(図面、見積、検査記録)がぶら下がっている。フォルダ構造でも同じことができる。製造番号がフォルダ名、その中のファイルが紐づくデータ。

受注生産のデータは見積番号から始める ── 受注起点では見えないフィードバックループ

普通のデータベースと違うのは、誰でもエクスプローラーで開けるということ。特別なソフトがなくても、フォルダをたどれば必要なファイルにたどり着ける。

ソフトからも一発で開ける

ここからが実用的な話になる。フォルダを製造番号で切っておくと、業務ソフトとの連携が簡単にできる。

自分が実際にやった方法はこうなる。業務管理のソフトに「フォルダを開く」ボタンを付ける。ボタンを押すと、今見ている案件の製造番号に対応するフォルダが自動で開く。ソフトの中にはファイルを保存しない。あくまで普通のフォルダにあるファイルへの入口を提供するだけ。

Excel VBAでも同じことができる。セルに製造番号が入っていれば、VBAでパスを組み立ててエクスプローラーで開く。数行のコードで済む。

この設計のポイントは、ソフトはファイルへの便利な入口であって、ファイルの保管場所ではないということ。ソフトが壊れても、ファイルはフォルダにそのまま残っている。ソフトを入れ替えても、ファイルは影響を受けない。

ファイルをソフトに閉じ込めない

生産管理システムや文書管理システムの中には、ファイルをシステム内部に格納するものがある。登録したファイルはシステムからしかアクセスできない。

管理の観点からは正しい。勝手にファイルを移動されたり消されたりしない。バージョン管理もシステムが担う。大企業ならこの方が安全だろう。

しかし中小製造業では、これがリスクになることがある。

  • システムが止まるとファイルにアクセスできない。 サーバーが故障したら図面が見られない。業務が止まる
  • システムを入れ替えるとき、ファイルの移行が大変。 データのエクスポート機能がなければ、ファイルを取り出すだけで一仕事になる
  • 業者に依存する。 ファイルの取り出しに業者の協力が必要になると、以前の記事で書いた「知識のロックイン」と同じ構造が生まれる

中小製造業の内製DXと外注の線引き ──「自社固有」か「汎用」かで決める

以前の記事で「入れ替えられる設計」の重要性を書いた。ファイル管理でも同じ原則が当てはまる。ファイルは普通のフォルダに、普通のファイルとして置いておく。 ソフトはそこへの便利な入口を提供するだけ。こうしておけば、ソフトが変わってもファイルは残る。

中小製造業のIT環境は「入れ替えられる設計」で組む ── OSSとSaaSの使い分け

バックアップも楽になる

ファイルが普通のフォルダにあるということは、バックアップも単純になる。フォルダごとコピーすればいい。

以前の記事でバックアップの重要性を書いた。ファイルがシステム内部に格納されていると、バックアップにはシステムのエクスポート機能やデータベースのバックアップが必要になる。フォルダにあるなら、フォルダごと外付けHDDにコピーするだけで済む。

中小製造業のセキュリティは「守り方」より「戻し方」

個人フォルダは残していい

共有フォルダの中に個人名のフォルダがある会社は多い。「田中」「鈴木」のようなフォルダに、それぞれが自分のファイルを入れている。

これを「属人化だからやめるべき」と言う人もいるが、個人フォルダは使いやすい。自分のファイルの置き場所がはっきりしているし、作業中のファイルを他の人に触られる心配もない。無理になくす必要はないと思っている。

ただし、案件の成果物が個人フォルダにしかない状態は避けたい。図面の最終版、提出した見積書、検査成績書。これらは案件に紐づく共有のファイルであって、個人のものではない。担当者が異動や退職したときに、案件のファイルが見つからないという事態になる。

以前の記事で「属人化のトリアージ」について書いた。ファイル管理でも同じ考え方が使える。個人の作業ファイルは個人フォルダに、案件の成果物は製造番号フォルダに。この使い分けだけ守れば、個人フォルダはそのまま残していい。

中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

フォルダ整理のルールは最小限でいい

製造番号でフォルダを切る。案件に関するファイルはそのフォルダに入れる。この2つだけ守れば、細かい命名規則やサブフォルダのルールは最小限でいい。

現場のルールは少ないほど守られる。「製造番号のフォルダに入れてくれ」は守れる。「ファイル名は日付+版数+担当者名で、サブフォルダは種類別に分けて、命名はキャメルケースで」は守られない。

運用で大事なのは、新しい案件が発生したときにフォルダを自動で作る仕組みを入れておくこと。手動で作ると忘れるし、名前の揺れが出る。受注登録のタイミングでフォルダを自動生成するだけで、構造の一貫性が保てる。


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中小製造業のExcel業務が「1シート」で止まる理由 ── 関数の限界と次の一歩

1つのシートならなんとかなる

中小製造業で「Excelでちゃんと管理してくれ」と言われたとき、まず作るのはだいたい1つのシートにまとめた一覧表になる。

在庫一覧、受注一覧、発注一覧。品番、数量、日付を並べて、フィルターで絞り込んで、SUMで合計を出す。これは特別なスキルがなくてもできるし、実際これだけで回る業務も多い。

問題はここから先。

「2つのデータをつなげる」瞬間に壁が来る

業務が進むと、1つのシートでは収まらない場面が出てくる。

  • 発注したものが届いたかどうか確認したい → 発注データと入荷データを突合する必要がある
  • 在庫から出荷した分を引きたい → 在庫データと出荷データをつなげる必要がある
  • 見積もりと実際の原価を比べたい → 見積データと実績データを並べる必要がある

どれも「2つのデータを共通のキー(品番や注文番号)でつなげて、比較する」という同じ構造の問題になる。

ここでVLOOKUPやSUMIFSを使ってみる。品番をキーにして別シートから数字を引っ張ってくる。「入庫合計 − 出庫合計 = 現在の在庫数」をSUMIFSで出す。ここまではなんとかなる。

しかし、実際の業務ではこれだけでは足りなくなる。

関数の守備範囲

SUMIFSで「品番Aの入庫合計は300、出庫合計は200、だから在庫は100」と計算できる。しかし業務で必要になるのは、その先の話になる。

  • 発注と入荷の消し込み。 合計の差は出せるが「どの発注の、どの分が未入荷なのか」までは追えない
  • 在庫の引当。 在庫が足りないとき、どの注文を優先するか判断して確保する。「計算」ではなく「状態を変える」作業になる
  • 出荷済みの消し込み。 出荷データと突合してステータスを変える。関数で判定はできても、それを反映し続ける仕組みは作りにくい

「見る」と「処理する」の境界

ここまでの例に共通しているのは、関数でできるのは 「見る」 ことであって、 「処理する」 ことではないという点になる。

  • 見る: 今の在庫数を計算する、合計と合計の差を出す、条件に合うデータを探す
  • 処理する: 発注に対して入荷を紐づける、在庫を引き当てる、ステータスを変更する

1つのシートで完結する業務は「見る」だけで回る。品番ごとの合計を出す、一覧を並べ替える、条件に合うものを抽出する。これは全部「見る」の範囲になる。

2つのデータをつなげる業務には「処理する」が入ってくる。AのデータとBのデータを照合して、結果に応じて状態を変える。この「状態を変える」部分が、関数にはできない。関数は与えられたデータから答えを計算するだけで、データそのものを書き換えることはしない。

1シートで止まるのは、能力の問題ではなく、関数という道具の限界になる。

この壁を超えるには

「処理する」をExcelの中でやろうとすると、VBA(マクロ)が必要になる。VBAなら、データを読んで、条件を判断して、別のシートに書き込む、という一連の処理を自動化できる。

以前の記事で、Excelでも業務の仕組みは作れると書いた。あの記事で言う「シートの役割を分離して、VBAで制御する」というやり方は、まさにこの「処理する」壁を超えるための方法になる。

中小製造業に「脱Excel」は必要か

ただし、VBAを書く前にやるべきことがある。データの持ち方を整えることになる。

発注データと入荷データを突合するには、両方に共通のキー(発注番号など)が入っている必要がある。在庫の入出庫を追いかけるには、入庫と出庫が同じ品番コードで記録されている必要がある。VBAで処理を書く以前に、つなげるためのデータの形が揃っていなければ、何も始まらない。

以前の記事で「Excelのデータはいつでもデータベースに移せる形で持つ」と書いた。あの「データの文法」の話は、実はこの壁を超えるための準備でもある。1行1レコード、列は固定、共通キーを持つ。この形になっていれば、VBAでもデータベースでも、次のステップに進める。

Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つ ── データの文法という考え方

まず「何と何をつなげたいか」を整理する

VBAが書けなくても、今すぐできることがある。

「何と何をつなげたいか」を書き出すこと。

  • 発注データと入荷データをつなげて、未入荷を把握したい
  • 見積もりと実績原価をつなげて、ズレを見たい
  • 受注データと出荷データをつなげて、未出荷を管理したい

つなげたいデータの組み合わせと、それぞれの共通キー(発注番号、見積番号、受注番号)を整理する。これだけで、今の業務のどこに「処理する」壁があるかが明確になる。

その上で、VBAを自分で覚えるか、できる人に相談するか、業者に頼むか。選択肢はいくつかあるが、何をつなげたいかが整理できていれば、どの選択肢を取っても話が早い。 逆に、ここが整理できていないまま「なんとかしてほしい」と頼むと、業者に頼んでもうまくいかない。以前の記事で「自分たちで理解できていないことは、正しく外注もできない」と書いた通りになる。

中小製造業の内製DXと外注の線引き ──「自社固有」か「汎用」かで決める


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中小製造業の見える化は「基準と実績の突合」── 数字は比較して初めて意味を持つ

「見える化」の中身が曖昧なまま進んでいないか

内製DXの文脈で「見える化」という言葉はよく出てくる。原価を見える化する、納期を見える化する、在庫を見える化する。方向としては正しい。しかし「見える化」の中身が曖昧なまま進むと、数字は出たが使われない、という結果になりやすい。

売上が3,000万円。原価率が78%。在庫金額が450万円。これらの数字を出すこと自体は、会計ソフトやExcelがあればできる。しかし、この数字を見て「だから何をすべきか」がわかるかというと、わからないことが多い。

以前の記事で「データは単体では意味がない」と書いた。あの記事では在庫と原価の組み合わせを取り上げたが、今回はもう少し根本的な話をする。見える化の本質は、数字を出すことではなく、比較できる状態を作ることになる。

データは単体では意味がない ── 在庫と原価を「つなげて見る」という内製DXの基本

数字は1つでは改善につながらない

原価率が78%。この数字だけを見て、改善すべきかどうか判断できるだろうか。

見積もりのとき想定していた原価率が75%だったとわかれば、「3%のズレがある、なぜか」という問いが生まれる。材料費が想定より高かったのか、工数がかかりすぎたのか、不良が多かったのか。ズレの原因を調べる過程で、改善ポイントが見えてくる。

あるいは、予定納期が3月15日だった案件が、実際には3月22日に出荷されていた。7日のズレがある。どの工程で遅れたのか。なぜ遅れたのか。この問いは、予定と実績の両方がデータとして残っていて初めて成り立つ。

つまり、改善とは「ズレを見つけて直すこと」 になる。ズレを見つけるには、比較する2つの数字が必要になる。基準と実績。想定と実態。この2つが揃って初めて、「見える化」が改善につながる。

基準はすでに業務の中にある

では「基準」は誰がどうやって作るのか。ここで多くの会社がつまずく。KPIを設定しなければ、目標を定義しなければ、と考え始めると、それだけで手が止まる。

しかし、実は基準はすでに業務の中に存在していることが多い。

  • 見積もり → 原価の基準。見積もりとは「この仕事はこれくらいのコストでできるはず」という想定そのもの
  • 納期回答 → 納期の基準。「いつまでに届けます」と約束した日付がそのまま基準になる
  • 発注数 → 入荷の基準。「100個発注した」なら「100個届くはず」が基準
  • 図面の指示値 → 品質の基準。「公差±0.1mm」がそのまま合否の基準

これらは経営者が新たに設定したKPIではない。日々の業務の中で自然に生まれている数字になる。見積もりは営業や生産管理が作っている。納期は顧客と約束している。発注は購買が出している。基準は最初から存在している。

問題は、この基準がデータとして残っていないことにある。

基準と実績がつながっていない

見積もりはExcelで作っているが、実績原価は会計ソフトにある。この2つを突合しようとしても、見積番号と会計データがつながっていない。手作業で1件ずつ照合するしかない。現実にはそんな手間はかけられないから、突合されないまま放置される。

納期回答は営業が口頭やメールで伝えているが、出荷日は別のシートに記録されている。予定と実績を並べて見る仕組みがない。「最近、納期遅れが多い気がする」という感覚はあっても、どれくらい遅れているのか、どの工程で遅れているのかは見えない。

発注は仕入先にFAXやメールで出しているが、入荷の記録は紙の受入伝票に書いている。発注と入荷を突合して「未入荷リスト」を出す仕組みがない。入荷漏れに気づくのは、現場から「材料がない」と言われたとき。

どのケースでも、基準のデータと実績のデータは社内のどこかに存在している。しかし、それぞれ別の場所に、別の形式で、別の人が管理している。突合できる形でつながっていない。 これが中小製造業の「見えていない」状態の正体になる。

内製DXの仕事は「測れるようにすること」

ここまでの話を整理すると、内製DXの担当者がやるべきことが見えてくる。

基準を作ることではない。基準と実績を突合できる仕組みを作ること。

基準——見積もりの想定原価、約束した納期、発注した数量——は、経営者や現場が業務の中で決めている。内製DXの担当者の仕事は、その基準と実績を同じキーでつなげて、ズレが見える状態にすること。

以前の記事で「受注生産のデータは見積番号から始める」と書いた。見積番号を起点にすれば、見積もり→受注→発注→製造→出荷→請求まで、一連のデータを1本の線でつなげられる。このつなげ方の設計が、内製DXの核になる。

受注生産のデータは見積番号から始める ── 受注起点では見えないフィードバックループ

あるいは、以前の記事で「ExcelのデータはいつでもDBに移せる形で持つ」と書いた。あの「データの文法」も、突合のための下準備になる。同じ品番で引けるようにする、日付の書式を揃える、1行1レコードにする。これらは基準と実績を突合するための前提条件になる。

Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つ ── データの文法という考え方

自分のプロフィールで「今ある商売の中からデータを見えるようにし、課題を見つけて改善する」と書いた。この「見えるようにする」の具体的な中身が、基準と実績の突合になる。

ズレが見えれば改善は自然に動く

基準と実績のズレが見えるようになると、改善は意外と自然に動き始める。

「見積もりより実績が20%高い案件が、先月5件あった」——この事実が見えれば、経営者は「なぜか」を知りたくなる。5件に共通するパターンがあるかもしれない。特定の工程で想定以上に時間がかかっているかもしれない。材料の歩留まりが悪いのかもしれない。

ズレの原因を調べる過程で、改善すべきポイントが具体的に見えてくる。「コストを下げろ」という漠然とした指示ではなく、「この工程の想定時間と実績のズレを縮めるにはどうするか」という具体的な問いになる。

以前の記事で紹介した、コスト低減も納期短縮も、具体的にやることはこの「ズレの可視化と是正」に帰着する。コストを下げるとは、見積もりと実績のズレを縮めること。納期を短縮するとは、予定と実績のズレをなくすこと。抽象的な目標が、ズレという形で具体化される。

まず1つの突合から始める

基準と実績の突合が大事だとして、どこから始めればいいか。

全部を一度にやろうとする必要はない。まずは1つ、最も身近で効果が出やすいところから始める。

多くの中小製造業にとって、最も始めやすいのは 見積もりと実績原価の突合 だと思っている。理由は2つ。まず、見積もりは必ず作っているので基準側のデータが存在する。次に、原価のズレは利益に直結するので経営者の関心が高い。

以前の記事で「管理精度の天井は経営者の判断力で決まる」と書いた。経営者が「知りたい」と思う情報から始めるのが定着の近道になる。見積もりと実績のズレは、ほぼすべての経営者が知りたい情報だろう。

管理精度の天井は、経営者の判断力で決まる

完璧な精度は要らない。70点でいい。大まかにでも「この案件は見積もりより高くついた」「この案件は想定内で収まった」がわかれば、改善の起点としては十分になる。

突合のために実績データを集める方法——何を・いつ・どこで・どう集めるかの設計——については、別の記事で書いている。

中小製造業の実績データ収集は「何と比較するか」から逆算する


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内製DXの弱点を正直に書く ── 小さなツールの組み合わせで起きること

このシリーズで推してきたアプローチ

このシリーズでは一貫して、中小製造業の内製DXは「小さなツールの組み合わせ」で進めるべきだと書いてきた。Excel VBAで十分な領域はVBAで作る。必要なところだけデータベースや専用言語を使う。大きなパッケージを一括導入するのではなく、業務に合わせて小さな仕組みを少しずつ積み上げる。

この考え方は変わっていないし、中小製造業の体力や現場のリアルを考えれば、今でも最も現実的なアプローチだと思っている。

ただ、このやり方には弱点がある。そこを書かずにいるのはフェアではないので、正直に書いておく。

弱点:ツールとツールの「つなぎ目」で漏れる

小さなツールを組み合わせるということは、ツール間のデータの受け渡しが人の手で行われるということ。

たとえば、Excelの見積データから受注情報を別のシートに転記する。発注データを仕入管理のファイルに手で移す。検査結果をまた別のところに入力する。一つひとつのツールは業務にフィットしていても、ツール間の橋渡しは手作業になる。

この「つなぎ目」で何が起きるか。

転記漏れ。 あるツールに入力したデータを、次のツールに移し忘れる。受注したのに発注していない、発注したのに入荷を登録していない——こうした漏れは、つなぎ目が手作業である限り必ず発生する。

入力ミス。 数値の桁間違い、品番の打ち間違い。コピー&ペーストでも貼り先を間違えることがある。

タイミングのずれ。 あるツールではデータが更新されているが、別のツールにはまだ反映されていない。どちらが最新かわからなくなる。

もちろん、対策はある程度できる。コピー&ペーストで転記の手間を減らす、入力をマスタからの選択式にする、数値の範囲チェックを入れる。こうした工夫で頻度は下がる。しかし、つなぎ目が手作業である以上、ゼロにはならない。対策はできるが、構造的な弱点は残る。

統合システムならこの問題は起きにくい

ここは正直に認めるべきところで、統合された生産管理システムやERPには、この弱点がない。

統合システムでは、受注データを一度登録すれば、そこから発注、製造指示、出荷、請求まで一つのシステムの中でデータが流れる。ツール間の橋渡しが存在しないから、転記漏れも入力ミスも構造的に起きにくい。「受注したのに発注していない」はシステムがアラートで教えてくれる。

さらに、データが一箇所にあるから、工程の進捗も在庫も原価もリアルタイムで見える。小さなツールの組み合わせでは「あのファイルを開いて、あのシートを見て」となるところが、統合システムなら画面一つで済む。

それでも統合システムを勧めない理由

統合システムの利点は認めた上で、中小製造業に統合システムを勧めない理由は以前の記事で書いた通り。

「ERP」という言葉の解像度が低すぎる ── 中小製造業が本当に必要な仕組みを考える

業務がシステムの型に合わない。 受注生産・多品種少量の業務は標準化しにくい。パッケージの想定する業務フローと実際のフローが合わず、カスタマイズが膨らむか、業務をシステムに合わせることになる。

導入・維持コストが体力に合わない。 数十人規模の会社で数千万円の投資は現実的ではない。仮に導入できても、保守費用やバージョンアップのコストが続く。

変更に弱い。 業務が変わったときにシステムを改修するのに時間とコストがかかる。小さなツールなら翌日には直せる変更が、統合システムでは数週間〜数ヶ月かかることがある。

つまり、統合システムは「つなぎ目の問題」を解決する代わりに、「柔軟性の問題」を抱えている。どちらも弱点がある。どちらの弱点のほうが致命的かは、会社の規模と業務の性質で決まる。

ケアレスミスはシステムでは防ぎきれない

もう一つ、さらに根本的な話がある。

入力し忘れる、数字を見間違える、コピー先を間違える——こうしたケアレスミスは、どんなシステムを使っても完全にはなくならない。統合システムでも、最初のデータ入力が間違っていれば、そこから先は全部間違ったまま流れる。

小さなツールの組み合わせでは、つなぎ目が多い分だけケアレスミスの機会が増える。これは事実。しかし、統合システムでもミスは起きる。システムが変わっても人は変わらない。

現実的な対策は、ミスを防ぐ仕組みよりも、ミスに気づく仕組みを作ることになる。

  • 入力されていないデータを定期的に洗い出す(未発注リスト、未入荷リストなど)
  • 異常値を検出する(通常の発注量と大きく異なる、単価がゼロなど)
  • 工程の節目でデータの突合を行う

これは統合システムだろうと小さなツールだろうと、同じように必要な仕組みになる。以前の記事で「セキュリティは守り方より戻し方」と書いたが、データ品質も同じで、入力ミスは起きる前提で、早く検知して直す仕組みのほうが効果的

中小製造業のセキュリティは「守り方」より「戻し方」

弱点を知った上で選ぶ

このシリーズで推してきた「小さなツールの組み合わせ」は、つなぎ目で漏れるという構造的な弱点を持っている。統合システムにはこの弱点がない代わりに、柔軟性とコストの問題がある。

どちらを選ぶかは、弱点を知った上で判断すべき話になる。中小製造業——特に数十人規模の受注生産の現場——にとっては、つなぎ目の漏れを運用でカバーするほうが、統合システムの硬直性に苦しむよりも現実的だと、自分は考えている。

ただし、「小さなツールなら何も問題ない」とは言わない。つなぎ目が増えれば漏れも増える。だからこそ、以前の記事で「作る前にやめるを考える」と書いた。ツールの数が増えるほどつなぎ目が増える。不要なツールを減らすことは、つなぎ目の漏れを減らすことでもある。

中小製造業の内製DX ──「作る」前に「やめる」を考える

弱点のないアプローチは存在しない。弱点を知って、それをカバーする運用を組みながら進める。これが内製DXの現実的なやり方になる。


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中小製造業の現場にタブレットを配っても定着しない ── 入力は「いつ・どこで」を設計する

「現場のデジタル化=タブレット」という思い込み

製造現場のデジタル化と聞くと、まず思い浮かぶのがタブレットの導入。作業者にタブレットを持たせて、作業実績や検査結果をその場で入力する。紙の帳票をなくしてペーパーレスにする。展示会やセミナーでよく見るデモは、だいたいこの形になっている。

自社でも検討し、テスト的にタブレットを現場に持ち込んだことがある。結論から言うと、定着しなかった。最終的に紙に戻した。

なぜタブレットが定着しなかったか

理由は一つではなく、複数の問題が重なった。

手が汚れる。 切削油、グリス、粉塵。製造現場では手が汚れた状態で作業することが多い。タッチパネルは汚れた手では反応しにくいし、画面が見えなくなる。毎回手を拭くのは現実的ではない。

壊れる・壊す。 工場の床はコンクリート。落としたら割れる。ケースを付けても衝撃に限界がある。工具や材料が飛んでくることもある。1台数万円のタブレットを現場に置いておくのは、コストとしても精神的にも気を遣う。

作業の手が止まる。 紙にペンでチェックを入れるのは一瞬。タブレットだと画面を開いて、該当の項目を探して、タップして——この数秒の差が、作業中のリズムを崩す。作業者にとっては「面倒」の一言になる。

手袋が使えない。 安全上の理由で手袋をしている作業が多い。静電容量式のタッチパネルは手袋では反応しない。対応手袋もあるが、現場で使っている手袋を変えるのは別のコストになる。

騒音で通知が聞こえない。 工場の中は機械の音で会話も難しい場所がある。タブレットからの通知音やアラートは聞こえない。

これらは「慣れの問題」「運用でカバー」と言われがちだが、実際に試してみると、慣れで解決する範囲を超えている。現場の作業者に無理を強いて定着させても、入力データの質が下がれば意味がない。

タブレットを否定しているわけではない

誤解のないように書いておくと、タブレットが現場に合う業種・環境はある。

クリーンルームのような清潔な環境なら、手の汚れや粉塵の問題はない。検査業務で写真を撮ってそのまま記録に残すような用途なら、タブレットのカメラは便利。組立工程で図面や手順書を表示する「閲覧用」としてなら、入力の問題も少ない。

問題は、自社の現場環境を見ずに「タブレット=正解」と決め打ちすること。切削、溶接、鋳造、プレス——油や粉塵が飛ぶ環境では、タブレットは向いていないことが多い。業種や工程によって判断が変わるのが当然で、「製造業ならタブレット」という一括りは乱暴になる。

紙のほうが優れている場面

製造現場で紙が使われ続けているのは、惰性だけが理由ではない。

速い。 ペンでチェックを入れる、数字を書く。デバイスの起動もログインも要らない。

壊れない。 油で汚れても読める。落としても踏んでも平気。水に濡れても乾けば読める。

コストがゼロに近い。 紙とペンは原価がほぼない。紛失しても損害がない。

教育が要らない。 誰でも使える。ITリテラシーに依存しない。

紙の弱点は、記録がそのまま残ること——つまりデジタルデータにならないこと。検索できない、集計できない、他のデータとつなげられない。この弱点が許容できる業務なら、紙のままでいい。

「紙のまま」で困る場面だけデジタル化する

逆に、データとして蓄積・集計・検索する必要がある業務は、どこかでデジタル化しなければならない。問題は「どこで」デジタルにするかになる。

多くの導入提案は「発生源入力」——データが生まれる現場でそのまま入力するのが効率的、という考え方に基づいている。理論的にはその通りだが、現場環境がそれを許さない場合がある。

自社で取った方法はこうだった。

現場の複数箇所に固定のPCを置いた。 タブレットではなく、据え置きのPC。キーボードとマウスで入力する。画面は大きいから見やすいし、汚れた手で触る必要がない(手を拭いてから触る場所、という位置づけができる)。

入力のタイミングを「作業の切れ目」にした。 作業中に入力させるのではなく、休憩に行くタイミングや作業の区切りで入力してもらう。リアルタイム性は多少落ちるが、作業のリズムを崩さない。

入力する項目を最小限にした。 以前の記事で「データの文法」について書いたが、現場で入力してもらうのは必要最小限のデータだけ。品番、数量、完了時刻。それ以外は事務所側で補完する。

Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つ ── データの文法という考え方

入力手段とデータ管理を分けて考える

ここでのポイントは、「現場でどう入力するか」と「データをどう管理するか」は別の問題だということ。

データ管理はデジタルのほうが圧倒的に優れている。検索、集計、紐づけ、トレーサビリティ——これは紙では無理。しかし、入力手段までデジタルにする必要があるかは、環境による。

現場の手元は紙で十分な場合がある。紙で記録したものを、作業の切れ目に固定PCで入力する。あるいは、紙の帳票を事務所で入力する。入力の手間は増えるが、現場の作業効率を落とさずにデータを残せる。

以前の記事で「手作業でできることしかシステムにできない」と書いた。入力手段も同じで、現場の作業者が無理なくできる方法でなければ、データの質は保てない。理論上の最適解より、現場が自然に続けられる方法のほうがデータは正確に残る。

手作業でできることしかシステムにできない ── 中小製造業の内製DXの正しい順番

「全部デジタル」も「全部紙」も極端

製造現場のデジタル化は、全か無かの話ではない。

  • 紙で十分な業務は紙のまま残す
  • デジタルで管理したいデータは、入力のタイミングと場所を設計する
  • タブレットは環境に合えば使う、合わなければ無理に導入しない

DXの目的は紙をなくすことではなく、必要なデータが必要なときに見える状態を作ること。入力が紙でも、最終的にデータが整理された形で残っていれば、目的は達成できる。手段にこだわって現場に負荷をかけるより、「データが残る仕組み」をどこに置くかを考えるほうが現実的になる。


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中小製造業の業務プロセスは、ワークフローで「型」にして定着させる

マニュアルを作っても守られない

業務プロセスを整理したとき、多くの会社がやるのはマニュアルの作成。手順書を作って共有フォルダに置き、「これに従って作業してください」と通達する。

しかし現実には、マニュアルは作った直後しか読まれない。半年もすれば存在自体が忘れられ、以前の自己流に戻る。更新も止まり、実態とずれたまま残り続ける。ISOの審査前に慌てて直す——という光景は珍しくない。

以前の記事で「手作業でできることしかシステムにできない」と書いた。手作業でプロセスを検証し、ロジックを明確にする。ここまでは正しい。しかしその次のステップ——整理したプロセスをどうやって組織に定着させるか——については十分に書いていなかった。

手作業でできることしかシステムにできない ── 中小製造業の内製DXの正しい順番

マニュアルは「読めばわかる」が前提で、読むかどうかは本人任せ。だから守られない。プロセスを定着させるには、本人任せにしない仕組みが要る。

ワークフローは「型」になる

マニュアルは「読んで従う」が前提の受動的な道具。必要なのは、業務の流れそのものがシステムに組み込まれていて、次にやるべきことをシステムが案内する仕組みになる。ワークフローソフトがそれにあたる。

ワークフローソフトは、業務の流れをステップとして定義し、各ステップの担当者への通知、完了の記録、次のステップへの引き継ぎを自動で管理する。ステップを飛ばせない——これがマニュアルとの決定的な違いになる。

たとえば、顧客からのクレーム対応。「受付→原因調査→対策立案→対策実施→報告」という流れがあるとして、マニュアルに書いてあるだけなら「原因調査」を飛ばしていきなり「とりあえず交換します」で済ませる人が出てくる。ワークフローに載せれば、原因調査のステップを完了しない限り次に進めない。

これがワークフローの本質的な価値で、承認ルーティングではなく 「プロセスの型を強制する道具」 として機能する。

承認申請だけがワークフローではない

ワークフローと聞くと、有給休暇の申請や稟議書の承認を思い浮かべる人が多い。確かにそれもワークフローだが、本来の適用範囲はもっと広い。

たとえば図面の承認フロー。設計→チェック→承認というプロセスをワークフローに載せれば、未チェックの図面が現場に流れることを防げる。注文の承認も同じで、金額や取引先の条件に応じて承認ルートを分岐させれば、権限を超えた発注を防止できる。

入社時の手続きにも使える。「PCの手配→アカウント発行→安全教育→OJT担当の割り当て」といった一連のタスクをワークフローに載せれば、「あの手続きが漏れていた」という事故が減る。人の入れ替わりが多い職場ほど効果が大きい。

ポイントは、ワークフローを「申請と承認の道具」ではなく 「業務プロセスを型にする道具」 として見ること。有給申請のような総務系の定型処理だけでなく、製造業の本業——図面管理、受発注、品質管理——の業務フローに組み込んで初めて、本来の力を発揮する。

なぜ中小製造業でも必要になってきたか

「うちは少人数だから、口頭で十分」——そう思っている会社は多い。実際、社員20〜30人の会社では、顔が見える距離で仕事をしているから、なあなあでも回ってきた。

しかし最近、外部から型を求められる場面が増えている。

顧客の要求水準が上がっている。 大手の取引先からISO認証を求められたり、品質管理体制の監査を受けたりする場面が増えた。「やっています」だけでは通らず、プロセスが文書化され、記録が残り、逸脱があれば検知できることを示す必要がある。

属人化のリスクが顕在化している。 ベテランの退職や急な欠勤で、「あの人しかやり方を知らない」業務が止まる。以前の記事で属人化のトリアージについて書いたが、トリアージの結果「これは標準化すべき」と判断した業務を、どうやって標準化するかの手段が要る。

中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

人の入れ替わりが増えている。 中小製造業でも中途採用や派遣スタッフが増えた。新しい人にプロセスを教えるとき、マニュアルを渡して「読んでおいて」では不安が残る。ワークフローがあれば、システムが次のステップを案内してくれる。

全部載せる必要はない

ここで「では全業務をワークフロー化しましょう」となるのは危険。以前の記事で「作る前にやめるを考える」と書いたが、ワークフロー化にも同じ原則が当てはまる。

中小製造業の内製DX ──「作る」前に「やめる」を考える

ワークフローに載せるべき業務:

  • 記録が求められる業務。 ISO、顧客監査、法規制で「誰が、いつ、何を判断したか」を残す必要があるもの。クレーム対応、品質逸脱、設計変更など
  • ステップの飛ばしがリスクになる業務。 検査工程を飛ばして出荷する、承認なしに発注する——飛ばすと損害が出るプロセス
  • 人の入れ替わりが多い業務。 手順を教える側の負荷が高いもの

ワークフローに載せなくていい業務:

  • 判断が速いほうが価値がある業務。 現場での即時判断、日常的な報告、軽微な手配。ワークフローに載せるとステップが増えて遅くなる
  • 頻度が低い業務。 年に数回しか発生しないものにワークフローを組むのは、設定コストに見合わない
  • 内容が毎回違う業務。 定型化できないものはワークフローの「型」に収まらない

手作業 → ワークフロー → 内製ツールの三段階

以前の記事で整理した「内製DXの正しい順番」にワークフローを位置づけると、こうなる。

手作業でできることしかシステムにできない ── 中小製造業の内製DXの正しい順番

第一段階:手作業でプロセスを回す。 ロジックを検証し、不要な手順を見つけて廃止する。ここでプロセスの骨格が固まる。

第二段階:ワークフローでプロセスを型にする。 手作業で回せるようになったプロセスをワークフローソフトに載せる。ステップの飛ばしを防ぎ、記録を自動で残す。プロセスが「個人の習慣」から「組織の仕組み」に変わる。

第三段階:必要に応じて内製ツールで自動化する。 ワークフローで回してみると、「このステップはデータを転記しているだけ」「この判断は数値の閾値で自動化できる」という部分が見えてくる。そこだけをVBAや専用言語で自動化する。

多くの会社は第一段階を飛ばして第三段階に行こうとして失敗する(前回の記事で書いた通り)。しかし第二段階を飛ばして第三段階に行こうとするケースも同じくらい多い。プロセスが定着していない状態で自動化しても、自動化されたプロセスが使われない。

手作業でできることしかシステムにできない ── 中小製造業の内製DXの正しい順番

ワークフローソフトの選び方

中小製造業で使うなら、大げさなBPMツールは要らない。選ぶ基準はシンプル。

フローの変更が自分たちでできること。 業務プロセスは変わる。変更のたびに業者に依頼するのでは、変化への追従が遅れる。ノーコードでフローを組み替えられるものを選ぶ。

データのエクスポートができること。 以前の記事で書いた原則と同じで、ワークフローに蓄積された記録データを外部に取り出せることが重要。ワークフローソフトを変えるときに、過去の記録が人質にならないようにする。

中小製造業のIT環境は「入れ替えられる設計」で組む ── OSSとSaaSの使い分け

過剰な機能を求めないこと。 承認ルート、ステップ管理、記録の保持。中小製造業のワークフローに必要な機能はこの程度。AI連携やBI機能は、あっても使わない。

プロセスを変えたいなら、型を変える

ワークフローの最も実用的なメリットは、プロセスを変更したいときに、ワークフローの定義を変えれば全社に即座に反映されること。

マニュアルだと、文書を更新して配布して「変わりました」と周知して——それでも古いやり方で続ける人がいる。ワークフローなら、フローの定義を変えた瞬間から、全員が新しいプロセスで動くことになる。古いやり方では先に進めないから。

業務プロセスの改善は、変えることよりも定着させることのほうが難しい。マニュアルは定着の道具としては弱い。ワークフローは型として強制力がある。中小製造業でも、記録を求められる業務やステップの飛ばしがリスクになる業務から、ワークフローで型を作っていく価値はある。


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中小製造業のExcelデータ、帳票型でも「行列が揃っていれば」救える

帳票型のデータは、どこにでもある

以前の記事で、Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つべきだと書いた。1行1件で上から下に積んでいく、いわゆる縦持ちの形式。データベースに入る形で持っておけば、集計もVBAでの自動化もスムーズにできる。

Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つ ── データの文法という考え方

この考え方自体は変わっていない。しかし現実の中小製造業を見ると、この形式でデータを持っている会社はほとんどない。

圧倒的に多いのは、帳票型のデータ。月別にシートが分かれている実績表、日付ごとの日報シート、案件別のブック。横軸に日付や月が並び、縦軸に品目や工程が並ぶクロス集計のレイアウト。Excelが存在する限り、この形式はなくならないだろう。

帳票型が選ばれる理由

帳票型がこれほど広く使われているのには理由がある。

一覧性が高い。 月の実績を一枚のシートで見渡せる。どの品目がどの日に何個出たのかが、目で追える。縦持ちのデータベース形式だと、同じ情報を見るためにフィルタやピボットテーブルを使う必要がある。

そのまま印刷できる。 現場に紙で貼り出す文化がある製造業では、これは大きい。縦持ちのデータを印刷しても、そのままでは使い物にならない。

入力がしやすい。 今日の実績を今日のセルに入れるだけ。行を追加する必要もないし、日付を毎回入力する必要もない。

つまり帳票型は、人間が日常的にデータを入力し、確認し、共有するための形式としては合理的。以前の記事で否定したかったのはこの形式そのものではなく、これを「データの唯一の保管場所」にしてしまうことだった。

Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つ ── データの文法という考え方

救えるかどうかの分かれ目は「行列の固定」

帳票型のデータが社内に何年分も蓄積されている。この現実に対して、自分の考えはこうなる。

行と列のレイアウトが固定されていれば、データは救える。

たとえば月次の生産実績表。毎月同じフォーマットで、A列が品目名、B列以降が日付ごとの数量。この形式が12ヶ月×数年分あったとしても、VBAやスクリプトで一括して縦持ちに変換できる。セルの位置が決まっているなら、プログラムは確実にデータを拾える。

レイアウトが固定されているなら、帳票型から縦持ちへの変換は技術的には難しくない。1シートから読み取るロジックを一度書けば、あとは全シートに同じ処理を回すだけになる。

一方、自由配置のシートは救えない。

セル結合が多用され、データの位置がシートごとに違い、余白や注釈が任意の場所に入っている。こうなるとプログラムで読み取る前提が成り立たない。人間が目で見れば情報はわかるが、機械的にデータを拾うことは不可能に近い。

この線引きは明確で、レイアウトが固定されているか、されていないか。これだけで、過去データが資産になるか、ただのアーカイブで終わるかが決まる。

今すぐやるべきことは一つ

過去のデータを今すぐ全部変換する必要はない。以前の記事でも書いたが、崩れたデータを遡って直す作業は現実的ではないことが多い。

Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つ ── データの文法という考え方

しかし、これだけは今すぐやったほうがいい。

帳票型シートのレイアウトを固定する。

具体的には:

  • 行と列の構造を統一する。 今月のシートと来月のシートで、列の並びや行の数が変わらないようにする
  • セル結合を使わない。 結合セルはプログラムから見ると位置がずれる原因になる。見た目を揃えたいなら「選択範囲内で中央」を使う
  • データ領域と見た目の装飾を分ける。 タイトルや罫線、色は好きにしていい。ただしデータが入るセルの位置は動かさない
  • テンプレートから複製する。 新しいシートやブックを作るとき、毎回ゼロから作らず、テンプレートをコピーする

帳票型をやめる必要はない。帳票型のまま、レイアウトだけ揃える。これだけで、将来データを吸い出したくなったときの難易度が劇的に下がる。

変換は後からでいい

レイアウトが固定された帳票型データがあれば、必要になったタイミングで縦持ちに変換できる。

たとえば「過去2年分の生産実績を製品別に集計したい」となったとき、24枚の月次シートから品目と数量をVBAで読み取って、1行1件のデータシートに出力する。レイアウトが固定されていれば、この変換処理は数十行のコードで書ける。

全部を一度に変換する必要もない。使うデータだけ、使うタイミングで変換すればいい。レイアウトさえ揃っていれば、「いつでも変換できる」という状態を維持できる。これは以前の記事で書いた「いつでもDBに移せる形で持つ」のもう一つの形と言える。理想的な縦持ちではないが、変換可能な状態を保っているという点で、データの再利用性は確保されている。

Excelのデータは「いつでもDBに移せる形」で持つ ── データの文法という考え方

自由配置のデータにも手段はゼロではない

レイアウトが崩れたデータは救えないと書いたが、最近はAIによるOCR・データ抽出の精度が上がっている。ExcelやPDFの帳票をAIに読ませて、テーブル形式に変換するといった手段は選択肢として存在する。

ただし、VBAで固定レイアウトを読み取る方法と比べると、確実性が違う。VBAはセルの位置を指定して読むだけだから、100回やれば100回同じ結果が返る。AIによる抽出は精度が高くなってきているとはいえ、読み取りミスや解釈の揺れが起きる可能性がある。件数が多いほど、目視での確認コストが積み上がる。

「どうしても過去データを救いたいが、レイアウトが揃っていない」という場面では検討する価値はある。しかし、これから作るデータのレイアウトを揃えるほうが、はるかに確実でコストも低い。AIは最後の手段であって、最初の戦略にはならない。

帳票型を否定しない、自由配置を否定する

帳票型のExcelは、現場の運用としては合理的な選択肢。そのまま使い続けて構わない。

問題は帳票型かどうかではなく、データの位置が決まっているかどうか。行列が固定されていれば、いつでもプログラムでデータを拾える。自由配置になっていると、そのデータは人間が目で見ることしかできない。

今すぐデータの持ち方を変える必要はない。ただ、レイアウトだけは揃えておく。帳票型のシートをテンプレートから複製するだけでいい。この小さな習慣が、将来データを活用したくなったときに、選択肢を残してくれる。


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