中小製造業の内製DXには「管理精度型」と「工数削減型」がある

一緒くたに語られがちな内製DX

内製DXという言葉で括られるソフトウェアには、実は目的が異なる二つの型がある。「管理精度を上げるソフト」と「工数を削減するソフト」。この二つは設計の方針も導入のアプローチも違うのに、あまり区別されないまま語られることが多い。

自分が内製で業務ソフトを作ってきた経験では、この区別を意識するかどうかで、定着するかしないかが大きく変わると感じている。

管理精度型と工数削減型の違い

管理精度型は、今まで見えなかったものを見えるようにするソフト。在庫の正確な把握、勤怠の記録、プロジェクト進捗の可視化など。導入後、数値化や構造化によって経営判断の質が上がるのが狙いになる。

工数削減型は、今までやっていた作業を減らす・なくすソフト。手作業の自動化、帳票生成、データ連携など。導入前後で時間が測りやすく、効果が目に見える。

この二つを混同すると問題が起きる。管理精度型を「工数削減」で評価すると、現場から「仕事が増えただけ」と反発される。工数削減型に「管理が良くなったか?」と問うても、そもそもそこは変わっていない。経営層への説明が曖昧になり、どちらも中途半端な投資判断になる。

両方を兼ねるソフトは成功しやすい

ただし、二つの型がきれいに分かれるとは限らない。ペーパーレス化はその典型で、紙を探す手間が減り(工数削減)、同時にデータが構造化されて管理精度も上がる。

こういう両立型は、導入してもまず成功する。当たり前の話だが、使う本人が楽になり、かつ管理も良くなるなら、反対する理由がない。

逆に言えば、成功しやすい内製DXには共通点がある。使う人自身にメリットがあるかどうか。ここが分かれ目になる。

分類するのは「ツール」ではなく「体験」

ここまで読んで、「そんなに簡単に二つに分けられるのか?」と思った方もいるだろう。CRMはどっちだ、工数入力はどっちだ、と。

結論から言うと、ツール単位で分類しようとするとうまくいかない。分類すべきなのは、ツールではなく使う人の体験の方になる。

CRMを例にすると、営業担当にとって商談内容を毎回入力するのは負担が増える体験(管理精度型)だが、過去の対応履歴をすぐ引き出せたり、フォロー漏れを通知してくれたりする部分は楽になる体験(工数削減型)になる。一つのツールの中に、両方の体験が混在している。

工数入力も同じ構造で、毎日作業時間を記録する部分は純粋に負担が増える。しかし、そのデータから自分の稼働状況が可視化されて、無理な仕事を断る根拠にできるなら、入力者本人にもメリットがある。

つまり、二つの型は「このソフトは管理精度型」「あのソフトは工数削減型」とラベルを貼るためのものではない。一つのソフトの中で、どの機能が誰にとってどちらの体験になっているかを見るための視点になる。

そして設計で考えるべきは、管理精度型の体験(負担が増える部分)をどれだけ小さくして、工数削減型の体験(楽になる部分)をどれだけ大きくできるかというバランス。そのバランスが「楽になる」側に傾いていれば自然に定着するし、「負担が増える」側に傾いているなら、次に述べるような設計上の工夫と導入戦略が必要になる。

管理精度だけを目的にしたソフトが定着しにくい理由

管理精度型の構造的な問題は、入力する人と恩恵を受ける人が違うことにある。

現場の担当者が毎日データを入力する。その数字を見て判断に使うのは管理者や経営層。担当者にとっては純粋に作業が増えただけで、自分の仕事が楽になるわけではない。

だから「入力が面倒」「Excelでいいじゃん」となって、次第に使われなくなる。管理精度型のソフトが形骸化するパターンは、だいたいこの構造で説明がつく。

管理精度型を成功させる設計のコツ

自分が管理精度を目的としたソフトを作るときに意識しているのは、作業者の負担をギリギリ変わらないラインに抑えること。

  • 工数が減る → 現場が喜んで使う
  • 工数が変わらない → まあ使ってくれる
  • 工数が少しでも増える → 抵抗が始まる

この閾値はかなりシビアで、紙に手書きしていたものをフォームに入力するだけでも「前のほうが早かった」と言われることがある。

だから設計では、今の作業フローをそのまま置き換える形にする。入力項目は最小限にする。選択式やデフォルト値で手間を減らす。管理側としては「せっかく作るならあの項目もこの項目も」と欲張りたくなるが、それをやった瞬間に現場の負担が増えて失敗ルートに入る。

管理精度型のソフト設計は、言い換えれば管理側の欲を削る作業でもある。内製だからこそ、このさじ加減ができるのは強みだと思う。

導入アプローチも型によって変える

設計だけでなく、導入の仕方も二つの型で変えている。

管理精度型はトップダウン寄りで進める。上長に話を通して、「会社の仕組みとして必要」というお墨付きをもらう。現場にとって自発的に使う動機がないソフトは、組織としての後押しがないと定着しない。負担がプラマイゼロに抑えられていれば、「会社で決まったことなら」と使ってくれる。

工数削減型はボトムアップ寄りで進める。上長には「こういうの作りました、使ってOKですか」と許可だけ取る。あとは現場に自由に使ってもらえば、楽になるのだから勝手に広まる。むしろ上から押し付けると「やらされ感」が出て逆効果になりかねない。

このアプローチを逆にすると失敗しやすい。工数削減ツールをトップダウンで強制すると、自分のやり方がある人ほど反発する。管理精度ツールをボトムアップで放置すると、誰も自発的に使わないまま消えていく。

まとめ:型を見極めてから設計と導入を決める

内製DXに取り組むとき、最初にやるべきは「これは管理精度型か、工数削減型か、その両方か」を見極めること。

管理精度型 工数削減型 両立型
進捗可視化、データ集計 自動化、帳票生成 ペーパーレス化
現場の負担 増えやすい 減る 減る
設計の要点 負担をプラマイゼロに抑える 使いやすさを優先する 自然に成功しやすい
導入アプローチ トップダウン寄り ボトムアップ寄り どちらでもいける
成功の難易度 高い 低い 低い

型が違えば、設計の方針も導入の戦略も変わる。ここを一緒くたにしたまま「内製DXで業務改善」と進めると、打ち手がぼやける。自分の実感としては、この型の見極めが内製DXの最初の仕事だと思っている。


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中小製造業の仕入管理は「今のやり方」から始める ── 受注番号を軸にした紐づけの実践

「ちゃんとした仕入管理」を目指すと行き詰まる

「仕入管理をちゃんとしたい」という話になったとき、パッケージの仕入管理モジュールを検討したり、ERPの導入を考えたりすることがある。

ただ受注生産・多品種少量の中小製造業に必要な仕入管理は、そこまでの仕組みを必要としないことが多い。仕入管理に求められるのは2つだけになる。「どの案件にいくら材料費がかかったか(個別原価の材料費部分)」と「誰にいくら払うか(支払管理)」——この2つが把握できれば、仕入管理として十分機能する。

そしてこの2つは、受注番号を軸にした紐づけと、直接材と間接材の区分で対応できる。

軸は受注番号による紐づけ

仕入台帳の基本設計は「発注1件 = 1行」で、必ず受注番号を入れることになる。

受注番号 品目 数量 単価 金額 仕入先 発注日 入荷 直/間
A-001 SUS304 t3×1000 2枚 12,000 24,000 ○○鋼材 4/1
共通 M6ボルト 100本 5 500 △△商事 4/1

受注番号があれば後から案件別に集計できる。どの案件に材料費がいくらかかったかが出る。これに加工費としてのアワーレートを乗せると、個別原価になる。

中小製造業の多品種少量生産における原価計算の「落とし所」

受注番号での集計と、仕入先ごとの集計は同じ台帳から出せる。案件別は月次原価の元データ、仕入先別は買掛・支払管理の元データになる。1つの台帳が2つの目的を兼ねる。

直接材と間接材を分ける

受注生産の仕入には大きく2種類ある。

直接材は、特定の案件のために購入するもの。鋼材、特殊部品、外注先への支給材料。受注番号で紐づけて追跡する対象になる。

間接材は、複数の案件に共通して使う消耗品。ボルト、ナット、塗料、研磨材。発注点方式で管理していることが多く、特定の案件に紐づけない方がシンプルに回る。原価には含めないか、固定配賦で処理する。

この2つを分けておくだけで、台帳の使い方が明確になる。直接材の行が個別原価の集計元で、間接材の行は集計対象外——この区分が設計の核になる。台帳に「直/間」の列を1つ加えるだけでいい。

粒度は割り切っていい

直接材でも、粒度を完全に合わせようとすると行き詰まる。

たとえば鋼材を定尺で購入して、必要な分を切り出す。余った端材は別の案件でも使えるかもしれない。この端材をどう按分するか——ここを厳密に追おうとすると手間が増える割に、精度はそれほど上がらない。

現実的な落とし所は、材料を購入した時点で受注番号に全額紐づけること。端材が出たら次の案件で使う。端材の在庫管理は別の話として扱う。

この割り切りで個別原価の精度は多少下がるが、ベテランの見積もり精度と大きくズレることは少ない。「思ったより利益が出た・出なかった」という肌感覚とデータが乖離したときだけ、原因を追えばいい。70〜80点の精度で十分という考え方は原価計算だけでなく、仕入管理の粒度にも当てはまる。

データは単体では意味がない ── 在庫と原価を「つなげて見る」という内製DXの基本

この台帳で何が見えるようになるか

受注番号・直間区分・仕入先の3軸を持つ台帳ができると、以下が出せるようになる。

  • 案件別材料費:受注番号で集計するだけ。アワーレートと合わせると個別原価が出る
  • 仕入先別支払:仕入先で集計して月次合算。買掛管理に連携できる
  • 発注残:入荷フラグがついていない行が発注残。どの案件の何が届いていないかが見える

逆に、この台帳では追いきれないものもある。端材の実在庫、間接材の在庫水準——これらは仕入台帳ではなく在庫管理の問題になる。受注生産の在庫をフロー在庫とストック在庫に分けて考える視点は、別の記事で書いた。

受注生産の在庫管理は「数える」より「分ける」が先 ── フロー在庫とストック在庫

Excelで十分回る

この仕組みはExcelで十分機能する。

仕入台帳を1ファイルにまとめ、受注番号・直間区分・仕入先・入荷フラグの列を持たせる。月次で案件別に集計すれば材料費が出る。仕入先別に合算すれば買掛が出る。これで個別原価と支払管理の2つに答えられる台帳が完成する。

問題になるのは、複数人が同時に編集するようになったときや、件数が増えてファイルが重くなってきたとき。その段階になったら、バックエンドにデータベースを置くか、入力フォームを別途作るかを考えればいい。ただ数十人規模の工場であれば、件数的にもユーザー数的にも、Excelで回る期間の方がずっと長い。

仕組みを変えるタイミング

大掛かりなシステムへの移行が効くのは、外的な要因で現状維持が難しくなったときになる。人員が減って属人的な運用が維持できなくなった。案件数が増えてExcelの限界を超えた。月次原価の仕組み自体を見直す必要が出た——こうした場面になって初めて、システム化のコストが見合うかを検討する。

「ちゃんとしたシステムを入れれば仕入管理が解決する」という発想で動き始めると、現場の運用を把握しないままパッケージを入れ、結果的にExcelに戻ってくることがある。受注番号による紐づけ、直接材と間接材の区分、粒度の割り切り——この3つの構造が機能していれば、器がExcelでもシステムでも仕入管理は回る。逆にこの構造を持たないままシステムを変えても、管理の質は変わらない。

仕入管理は仕組みの複雑さで精度が上がるわけではない。軸は受注番号、区分は直接材と間接材、記録単位は発注1件1行——これだけ決めれば、受注生産の中小製造業の仕入管理として十分機能する。


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多品種少量・受注生産の中小製造業に「全工程スケジューリング」は要らない

生産スケジューラーを入れると最初の壁にぶつかる

受注生産・多品種少量の工場に生産スケジューラーを導入しようとしたとき、たいてい最初の壁はマスタ整備になる。

スケジューラーを動かすには、品目ごとの工順と標準時間が必要になる。どの工程をどの順番で通るか。各工程に何分かかるか。この情報を品目ごとに登録しなければ、計画が計算できない。

多品種少量の工場は品目数が多い。受注するたびに仕様が変わる製品もある。数百・数千の品目に工順と標準時間を設定し、仕様変更のたびに更新し続けることは、数十人規模の工場には現実的ではないことが多い。

整備が追いつかないまま月日が経つ。あるいは無理やり整備しても、現場の実態と乖離した計画が出力される。「スケジューラーの計画より、自分たちで判断した方が正確だ」という声が現場から出始め、やがて使われなくなる。

全工程スケジューリングが定着しないのは、現場が怠慢なのではなく、マスタデータの整備コストがその規模の工場には見合わないからになる。スケジューラーが要求するインプットを用意できない構造的な問題で、これは見積データの再利用で一部カバーできるが、根本的な解決にはならない。

中小製造業の生産計画は、見積もりデータの再利用から始められる

管理するポイントを絞る

全工程をスケジューリングしなくても、生産は回る。

重要なのは結果として「いつ出荷できるか」と「今どこが詰まっているか」が把握できていること。そのために必要なのは全工程の管理ではなく、重要なポイントだけを管理することになる。

出荷日と、いくつかのマイルストーンだけを管理する。それ以外の工程は現場に任せる。これを「ポイントスケジューリング」と呼んでいる。

「管理を諦める」のではなく、「管理すべきポイントを絞る」という発想の転換になる。全部を管理しようとするからマスタが整備できずに破綻する。管理するポイントを絞れば、マスタは最低限で済む。

バッファで前後工程を分断する

効果的な管理ポイントは、仕掛品としてバッファを置けるところの前後に設定する。

たとえば機械加工と受注組立が順番に並ぶ工程を考える。

素材 → 機械加工 → [仕掛品バッファ] → 受注組立 → 出荷

この中間バッファで前後工程を分断すると、機械加工と組立がそれぞれ独立して動けるようになる。機械加工側は「バッファにいつまでに届ける」という目標だけ持てばいい。組立側は「バッファから取り出して組み立て、出荷日に間に合わせる」だけを考えればいい。どちらも、相手の工程の細かい状況を把握する必要がなくなる。

管理するポイントは「出荷日」「バッファ到着期限」「投入日」の3点に絞られる。この3点が機能していれば、中間工程の細かいスケジュールはなくても生産は回る。

なおこの仕掛品バッファは、受注に紐づいたフロー在庫として意図的に設けているもので、行き先のないストック在庫とは性質が違う。受注生産での在庫の分け方については別の記事で書いた。

受注生産の在庫管理は「数える」より「分ける」が先 ── フロー在庫とストック在庫

現場に任せる、ただし条件付き

ポイント間の作業を現場に任せると聞いて、「それは属人化ではないか」という反応が返ることがある。

ただ、手作業中心の現場には、スケジューラーには持てない情報がある。今この機械の調子はどうか。段取り替えにどのくらい時間がかかるか。隣の担当者が手が空いているかどうか。これらはリアルタイムの現場情報で、システムには載せようがない。この判断を生かすために、現場に裁量を渡す。ただし放任ではなく、3つの条件が必要になる。

バッファの状況が見えること。 どの仕事がバッファに届いていて、どれが届いていないか。これが見えないと、現場は優先順位をつけられない。ホワイトボードでも、シンプルなExcelでも、「今バッファがどういう状態か」が共有されている必要がある。

優先順位が現場に伝わっていること。 出荷が近い順、顧客の重要度順——何を優先するかのルールが決まっていて、現場が自律的に判断できる状態を作る。ルールがなければ、経験の長い人の判断が暗黙の基準になり、その人がいなくなると誰も判断できなくなる。

投入量がコントロールされていること。 前工程へ投入する仕事量を絞らないと、工程内で仕掛品が積み上がり、どれを優先すべきかわからなくなる。「詰め込みすぎない」こと自体が管理の一部になる。

属人化として問題になるのは、判断の根拠が1人の頭の中にあって、その人がいなくなると誰も判断できなくなる状態のこと。ここで言う現場への委任は、優先順位のルールを決めた上で裁量を渡すことで、属人化とは性格が違う。

中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

受注が積み上がったとき:負荷の見える化

ポイントスケジューリングの弱点は、受注が急増したときにボトルネックが見えにくいことになる。ポイント間は現場に任せているから、特定の工程に仕事が積み上がっていても、管理側からは気づきにくい。

ここで必要なのはスケジューリングではなく、 負荷の見える化 になる。受注ごとに「どの工程グループを通るか」「概算でどのくらいの工数か」を把握し、週単位で工程別に積み上げる。精密な工数見積もりは要らない。「重い・普通・軽い」程度のランク付けで十分機能する。

この負荷の山積みは、納期回答の判断にも直接使える。「来月第2週の加工工程はすでに埋まっている」という情報があれば、引合いに対して根拠を持って答えられる。以前の記事でも書いたが、追加入力は受注時の1項目だけで、負荷の溢れと空きは把握できる。

中小製造業の納期回答は、受注データと1項目で仕組み化できる

時間軸によって粒度を変える

生産計画の粒度は、時間軸によって変える必要がある。

数ヶ月先は月単位で見れば十分で、受注の傾向や繁忙期の予測が目的になる。経営判断の材料として使う。数週間先は週単位で、負荷の溢れと空きの検知が目的になる。外注・残業の判断に使う。1〜2週間以内は日単位で、具体的な優先順位の指示が目的になる。

遠い先はぼんやり、近づくにつれて解像度を上げる。この粒度の使い分けが、限られた管理コストで機能する仕組みを作る。全工程を毎日日単位で管理しようとするから、コストが見合わなくなる。

骨格として機能すれば十分

ポイントスケジューリングで完全に解決しない課題もある。リードタイムの長い材料の手配タイミング、突発的な仕様変更への対応、バッファ量の設定——これらは個別に対処が必要になる。

ただ、これらの多くはExcelやホワイトボードで対応できる。大掛かりなシステムは要らない。

骨格となるポイント管理と負荷把握が機能していれば、肉付けは必要に応じて後から追加できる。受注生産・多品種少量の工場に必要なのは、完璧な計画より、崩れても立て直せる骨格になる。全工程スケジューラーがなければ計画が立てられない、という状態こそが本当のリスクで、人と仕組みの組み合わせで動く体制の方が、現場の変化に追従しやすい。


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中小製造業の生産計画は、見積もりデータの再利用から始められる

生産計画の前に立ちはだかる壁

生産計画をロジックで組むには、BOM(部品表)・工順・標準時間・設備能力といった製品マスタが必要になる。しかし、受注生産・多品種少量の中小製造業では、これらがきちんと整備されているケースは少ない。

BOMはベテランの頭の中にあり、標準時間は勘と経験で回している。この状態では、どんなツールを入れても、システムとして動かすための入力データがそもそも足りない。

そして、これが悪循環になる。マスタが未整備だからシステム化が進まず、人に依存する。繁忙期にはマスタ整備に手を割く余裕がなく、いつまでも着手できない。

受注生産・多品種少量ではマスタ整備が報われにくい

受注生産で多品種少量の場合、製品単位でマスタを整備しても、その製品をもう作らないかもしれない。整備コストに対して活用機会が少なく、完璧なBOMを構築するか、あきらめるかの二択に見えてしまう。

自分もこの壁には何度もぶつかった。製品マスタを真面目に作ろうとすると工数が膨れ上がり、かといって何もしなければ計画はベテラン頼みのまま。この二択から抜け出す方法はないかと考えた結果、たどり着いたのが次のアプローチだった。

見積もりデータをそのまま簡易マスタにする

発想の転換は「粒度を変える」こと。製品単位の完璧なBOMではなく、工程・作業レベルのマスタを構築する。

ここで着目したのは、受注生産なら必ず見積もりをしているという事実。見積もり時には、工程・時間・材料の概算を既に出している。このデータを計画にそのまま流用すれば、追加作業をほとんどかけずに簡易マスタとして使える。

現状では、見積もりデータは見積もりのためだけに使われ、その後は死蔵されていることが多い。これを計画側に流す仕組みを内製で作れば、「マスタ整備」という重い作業をせずに、大まかな負荷計画や納期回答の精度向上、ボトルネック工程の把握に使える状態が作れる。

完璧なMRP展開には届かないが、中小の現場が本当に必要としているのは、完璧な計画よりも「大きく外さない見通し」であることが多い。

実績を返せば精度は自然に上がっていく

見積もりに対して実績を返す仕組みを組み込むと、精度が自然に向上していく。「溶接3時間の見積に対して実績は4.5時間だった」という差分が蓄積され、次の類似品の見積もりに反映される。

この見積→計画→実績のサイクルを回すことで、ベテランの頭の中にあった暗黙知が、少しずつデータとして形になっていく。標準時間を一から測定するのではなく、日々の業務の中で自然にデータが溜まる構造を作るという考え方になる。

まず回すべきは見積→計画→実績のサイクル

中小製造業にとって現実的なのは、完璧なマスタを整備することではなく、見積もりデータを計画に流用し、実績を返すサイクルを回し始めること。

この仕組みは大がかりなシステムでなくても実現できる。見積管理と実績入力をつなぐ小さなツールから始めれば、データは自然に溜まっていく。溜まったデータは、類似案件の検索や見積精度の改善に使える。

自分が内製で取り組んできた経験からすると、最初の一歩は「見積もりデータを捨てずに残す仕組み」を作ること。それだけで、生産計画の見通しは一段変わる。


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中小製造業の多品種少量生産における原価計算の「落とし所」

収益が見えにくいという課題

受注生産・多品種少量のビジネスモデルは、案件ごとに内容が異なるため「結局いくら儲かっているのか」が見えにくい。厳密な原価計算を目指すと、工数の記録精度、間接費の配賦ロジック、材料の按分など、事務負荷が急激に上がる。自分が見てきた範囲では、多くの現場が材料費に経験則の倍率を掛ける程度の管理で回しているのが実態だった。

怠慢ではなく、合理的な判断の結果であることが多い。「決算のための会計で手一杯」という声は珍しくなく、原価管理にまで手が回らないのが正直なところだろう。

70点の精度を目指すアワーレート方式

現実的なのは、100点の精密さを捨てて70点の実用的な精度を取るアプローチだと考えている。その具体的な方法がアワーレートの活用になる。

やり方はシンプルで、前年度の総費用から材料費・外注費を除いた金額を総労働時間で割り、「1時間あたりの単価」を固定する。現場が15分単位で記録した作業時間にこのレートを掛け合わせれば、個別案件の採算性が見えてくる。

式にすると 「材料費 +(作業時間 × アワーレート)」 だけ。1分単位の精密な計測よりも、全案件を15分単位で揃えて比較できることの方が、経営判断には役立つ。

この計算は、Excelでも内製の簡単なツールでも仕組み化できる。大事なのは計算方法そのものよりも、全案件に同じ物差しを当てて「勝ち案件」と「負け案件」の傾向を把握すること。

機械レートを分けるべき場面

手作業が中心の工場でも、特定の工程で高価な設備を使っている場合がある。このとき、設備を使う工程と手作業工程を同じアワーレートで計算すると、設備工程の原価が過小評価されてしまう。

高価設備を使う工程については、設備の償却費や維持費を加味した機械レートを別に設定する方が実態に近い。

もう一つ意識しておきたいのが機会損失の視点。稼働率を上げようとして低レートの案件を受注すると、その設備が埋まっている間に高利益の案件を断ることになり得る。フルコストを把握した上で、戦略的に受ける・断るを判断するという考え方が重要になる。

材料原価における定尺材と端材

材料原価の計算で悩ましいのが、定尺材を切り出して使う場合の端材の扱い。再利用の可能性で割り切るのが現実的だと考えている。

特殊材で他の案件に流用しにくい場合は、半分余っても全額をその案件にチャージする。汎用材で再利用が見込める場合は、歩留まり係数(1.3倍程度)を掛けて計算する。厳密な端材管理は手間に見合わないことが多く、このくらいのルールで十分に回る。

なお、定尺材の運搬にかかる時間コストも原価に含めておくと、見積もりの精度が上がる。現場では「材料を取りに行く時間」が意外と馬鹿にならない。

在庫が利益を膨らませる仕組みを理解しておく

これは原価管理とは少し角度が異なるが、中小製造業の経営者に知っておいてほしい話として書いておく。

在庫が増加すると、会計上の売上原価が圧縮され、利益が大きく見えることがある。しかし現金は材料購入時に出ていっており、手元に残っているわけではない。利益が出ているのに資金が回らないという状況は、この構造から生まれることが多い。

受注生産であっても、先行手配や予備としての在庫は発生する。在庫を持つこと自体が悪いわけではないが、「確実に現金化できる見込みがある」在庫と「念のため持っている」在庫を区別しておくことは、資金繰りの見通しを立てる上で重要になる。

簡易PLで会社全体の生存を確認する

個別原価計算は「案件ごとの勝ち負け」を見るための道具だが、それだけでは会社全体のキャッシュフローは追い切れない。

ここで組み合わせたいのが、当月の売上から変動費(材料費・外注費)と固定費の支払い分を引いて、手元現金の見通しを出す簡易PL。これにより、個別原価で「案件の勝敗」を、簡易PLで「会社全体の生存」を確認するという二階建ての管理ができる。

この簡易PLは、仕組みとしてはシンプルなので内製で十分に対応できる。売上データと仕入データが整理されていれば、集計の自動化もそれほど手間ではない。

Excelのテンプレートが多品種少量に合わない理由

「Excel 原価計算」で検索するとテンプレートがたくさん出てくる。ただ多品種少量の受注生産に当てはめようとすると、合わないことが多い。テンプレートは品目マスタ・標準原価が整った量産品向けに作られており、案件ごとに材料も工数も変わる受注生産では枠に収まらない。加えて帳票が先に固定されるため、「全案件の一覧」「特定案件の内訳」「月次集計」といった切り口の違いにも対応できない。

アワーレートで計算した原価を1案件1行のテーブルで積み上げていけば、欲しい切り口はフィルターやSUMIF、VBAで後から作れる。テンプレートを探す前に、まず自分の計算方法とデータの持ち方を決めておく方が、結果的に早く使えるものができる。

まとめ:管理の落とし所

中小製造業における管理の落とし所は、次の3つのセット運用になる。

  1. アワーレートによる個別原価 ── 案件ごとの採算を70点の精度で把握する
  2. 簡易PL ── 会社全体の資金繰りの見通しを月次で確認する
  3. 在庫の限定的な評価 ── フロー在庫に限定し、会計上の利益と実態のズレを防ぐ

これ以上細かい管理に踏み込むと、事務コストが経営判断の改善に見合わなくなるケースが多い。逆に、この3つが回っていれば、会社の状態を大きく見誤ることはないと思っている。

会社の心拍数と血圧を把握できる仕組みを持つこと。変化の激しい環境で生き残るには、精密な計器よりも、すぐに読めて継続的に使える計器の方が役に立つ。


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中小製造業は「脱属人化」ではなく「属人化のトリアージ」

標準化が現場に合わないとき

外部コンサルや業者は、判で押したように標準化や脱属人化を勧めてくる。その目的は、業務を特定の人に依存させず、誰がやっても同じように回る体制を整えること。管理する側にとっては正しいが、それをそのまま中小企業に持ち込むと、入力コストだけが膨れ上がって現場が疲弊する。

数千人規模の会社と数十人の会社では、標準化にかけられる体力がまるで違う。にもかかわらず、同じフレームワークを当てはめようとするから無理が生じる。

属人化は本当に悪か

「属人化は危険」という指摘は正しい。特定の誰かがいなくなったときに業務が止まるなら、それは経営上のリスクに他ならない。

しかし、すべての属人化を同列に扱うのは間違っている。

中小製造業では、 「属人化」と呼ばれているものの中に、その会社の強みそのものが埋まっている ことが多い。音で機械の異常がわかる、この客はこういう仕上げを好むと知っている、材料を見れば加工の段取りが頭に浮かぶ。こうした力は、同じ業務を何年もやり続けた結果として身についたもの。属人化とは、裏を返せば特定の人が時間をかけて専門性を積み上げてきた状態でもある。

そもそも中小製造業には、属人化が進みやすい構造的な理由がある。大企業のように人材が豊富ではないから、1つの業務を複数人で回す余裕がない。結果として、特定の人が特定の業務を長く担い続け、自然とベテラン化していく。これは怠慢ではなく、限られた人数で回す中小企業の必然に近い。

「誰がやっても同じように回る」ことを目指す標準化は、70点で回せる体制をつくることはできても、ベテランと同じ95点には届かない。その差の部分こそが会社の競争力になっている。そのうえ中小の人員規模では、脱属人化そのものが構造的に難しい。職人的な強みを失わせ、しかも実現もできない。

目指すべきは「脱属人化」でも「属人化の肯定」でもなく、属人化のトリアージ。つまり、どの知識が消えたら致命傷になるかでランク分けをして、対処の優先度を決めることにある。

対策の基本は「人で回す」設計

ただ、仕分けの前に一つ大事な前提がある。

属人化への最も基本的な対策は、同じ業務をできる人を複数つくること。重要な業務を定年まで1人にやらせ続ける状態は、そもそも設計ミスと言っていい。

中小企業に専任のバックアップを置く余裕はない。だから同じ部署の人が、自分の業務をこなしながら隣の業務も最低限カバーできる状態をつくる。ベテランと同じ水準にはなれなくても、いざというとき業務が止まらない体制にはできる。定年が近いベテランなら、かなり前から後任を横に付けて一緒に仕事をさせる。こうしたソフトランディングの設計が、属人化対策の基本になる。

中小製造業の現場では、文字にしづらい判断のタイミングや勘所が業務の質を左右する。マニュアルを読むより、隣で見て一緒にやった方が伝わることの方が多い。だから「人で引き継ぐ」設計がまずあって、文書化はそのうえでのプラスアルファになる。

ただし、人の配置にも限界はある。後任が辞めることもあれば、異動や体調不良もある。だからこそ、どの領域に追加の備えが必要かを仕分けるトリアージが要る。

属人化のトリアージ

致命的リスク:絶対に属人化してはいけない領域

システムの管理者パスワード、サーバーの構成情報、基幹業務が止まるプロセスの手順。これらが特定の1人の頭の中にしかない状態は、戦略ではなくただの怠慢。

ここは最優先で文書化・共有する。コストがかかるとかの問題ではなく、この人が明日いなくなったら会社が止まるかどうかで判断する。

深刻なリスク:段階的に共有すべき領域

見積もりのロジック、主要取引先との暗黙の取り決め、特殊工程の段取りノウハウなど。完全なマニュアル化は現実的ではないが、判断の根拠だけでも記録しておけば、引き継ぎ時のダメージは大幅に軽減される。

ここは「完璧な手順書」ではなく「なぜその判断をしたか」のメモで十分。

軽微なリスク:属人化を許容してよい領域

現場のベテランの微調整、経験に基づく加工順序の組み立て、長年の付き合いで成立している取引関係。これらを標準化するコストは、中小企業の体力では回収できないことが多い。

ここに無理やり標準化を持ち込むくらいなら、その時間とコストを致命的リスクの解消に使った方がいい。

線引きの基準

属人化を残すか潰すかの線引きは、その作業に判断が伴うかどうかだけでは足りない。もう一つ、その人がいなくなったとき何が起きるかという視点が必要になる。

判断が不要で、かつ誰がやっても同じであるべき作業は標準化する。判断が必要で、かつ代わりがすぐ見つかる領域は属人化を許容する。判断が必要で、かつ代わりがいない領域は、判断そのものではなく判断の根拠を共有する。

この仕分けを現場のベテランと一緒にやることが、トリアージの第一歩になる。

文書化で「もしも」に備える

人の配置で引き継ぎの設計ができたら、次はそれを補う「記録」に手をつける。「致命的リスク」に該当する領域は、引き継ぎ体制が整っていても、情報そのものを残しておく価値がある。

ここで陥りがちなのが、仕組み化=大きなシステム導入と考えてしまうこと。実際には、もっと手前にやるべきことがある。まず残すだけでいい。

パスワードが1人の頭にしかないなら、台帳を作る。サーバーの構成を誰も把握していないなら、構成図を1枚書く。見積もりのロジックがベテランの勘に頼っているなら、「なぜこの金額にしたか」のメモを1件分だけ残す。

形式はどうでもいい。Excelでも紙でも、共有フォルダに置いたテキストファイルでもいい。大事なのは、今この瞬間に1人の頭の中にしかない情報を、もう1箇所に写すこと。それだけで致命的リスクは致命的でなくなる。

完璧なマニュアルを作ろうとすると手が止まる。まずは雑でいいから残す。それが、属人化と向き合う最も確実な一歩になる。


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中小製造業がAI・RAGと付き合うための現実的な整理

AIで成果が出やすい領域、出にくい領域

RAG(Retrieval-Augmented Generation)への注目が高まっている。社内データをベクトルDBに入れてチャットボットを作れば業務が変わる、という話を耳にする機会も増えた。

一方で、自分が見聞きする範囲では、社内RAGチャットボットで明確な成果を上げている中小企業はまだ少ない。「探している情報が出てこない」「回答が的外れ」「結局自分で検索したほうが早い」という声は珍しくなく、期待と実態のギャップに戸惑っている現場は多いように感じる。

では、現時点でAIが実際に成果を出している領域はどこか。自分の経験では、大きく3つに絞られる。

  1. コード生成・開発支援 ── GitHub Copilot、Cursor、Claude Codeなど。生成物の誤りはコンパイルやテストで即座に判明するため、人間のチェックコストが低い。自分自身、内製開発でこの恩恵を日常的に受けている。
  2. 定型文書の下書き・変換 ── 契約書ドラフト、議事録要約、翻訳など。人間が80点の出力を100点に直すワークフローが自然に成立する。
  3. 画像認識・分類 ── 製造業の外観検査や帳票のOCR。タスクが明確で、出力の検証が容易な領域。

これらに共通するのは、AIの出力をそのまま使うのではなく、人間が最終判断する前提で設計されていること。逆に言えば、AIに判断そのものを委ねる方向では、どの領域でもまだ安定した成果が出ていないのが実情だと思う。

社内チャットボット導入で見落とされがちなポイント

ChatGPTやClaudeは個人ユースで広く使われている。ユーザー自身が「間違っているかもしれない」という前提で使うため、多少の誤りは問題にならない。

しかし企業が社内RAGチャットボットとして導入すると、ユーザーの期待値が変わる。「会社が用意したシステムだから正確に答えてくれるはず」という前提で使い始める。ここにギャップが生まれやすい。

見落とされがちなのは、次のような問いへの回答を事前に用意しておく必要があること。

  • 回答の正確性を誰がどう担保するのか
  • 間違った回答に基づいて業務判断した場合の責任の所在

これらを曖昧にしたまま導入すると、現場は不安を感じて使わなくなる。社内の秘匿情報を扱う必要がない範囲であれば、既存のAIチャット(ChatGPTやClaudeのエンタープライズプラン)をそのまま使う方が、コストも運用負荷も軽いケースは多い。

ベクトルDBとRDBは「別の問題を解く道具」

ここは技術的な話になるが、RAGの導入判断に直結するので整理しておきたい。

見積管理を例に考える。見積データには、数値フィールド(材質・径・長さ)と自由記述テキスト(用途・備考)が混在している。

ベクトル検索が力を発揮するのは、自由記述テキストの意味検索。たとえば「ポンプ用の軸」と「回転軸(ポンプ向け)」を意味的に近いと判断できるのは、ベクトル検索ならではの強みになる。

一方、材質の完全一致や径の範囲検索はRDB(リレーショナルデータベース)の領域。価格のように「1円の狂いも許されない」データを、確率的な類似度で扱うのはリスクが高い。

つまり、構造化データはRDBで正確に検索し、RAGは文章にしか残っていない知見の検索に使う。この使い分けが共有されないまま「とりあえず全部RAGで」と進めてしまうと、期待と実態のギャップが生まれやすい。逆に、適材適所で組み合わせれば、RAGは確かに価値のある技術になる。

中小製造業にとってAIが最も効くポイント

AI活用というと「全社員にAIツールを配る」というアプローチが思い浮かびやすい。それ自体が間違いとは言わないが、中小製造業の現場では、PCスキルのばらつきや「何を聞けばいいかわからない」という壁があり、投資に見合った効果を引き出すには工夫が要る。

自分が実感として最も効果が大きいと考えるのは、別のアプローチ。業務を理解している内製エンジニアが、AIを活用して社内システムを高速開発することにある。

見積管理、在庫・発注管理、作業日報の入力・集計。こうした「外注なら数百万かかるシステム」を、業務を知る人間がAIの力を借りて自分で作る。要件定義のズレが起きにくく、現場に合ったものが出来上がる。

中小製造業の本当のボトルネックは「やりたいことはあるけど作る人がいない」という点であることが多い。ここにAIが効く。コードを書く能力のハードルをAIが大幅に下げてくれるため、業務に精通した人間が開発者を兼ねるという選択肢が、以前よりずっと現実的になっている。

バズワードに振り回されないために

「全部AIで」という期待が膨らむのは、かつてのクラウドやDXブームと同じ構造に見える。過剰な期待のあと幻滅期が来て、最終的に「使う場所を選べば確実に価値がある」という地味な結論に落ち着く。

クラウドが「オンプレとのハイブリッド」に着地したように、AIも「人間とのハイブリッド」に着地するだろう。数年後には「コード生成と下書き支援が当たり前になった」という控えめな結論になっているのではないかと思う。

大事なのは、流行りの技術から逆算するのではなく、自社の現場の課題から出発すること。その上で、AIが効く領域に絞って小さく使い始める。中小製造業にとっては、それが最も確実な一歩になる。


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ベクトルDBとRDB ── 「意味の検索」と「値の検索」は土俵が違う

RAGの中で何が起きているのか

このシリーズでは、中小製造業がAIと付き合う際にRAG(社内データを検索してAIに回答させる仕組み)が選択肢の一つになるという話を書いた。

中小製造業がAI・RAGと付き合うための現実的な整理

RAGを導入するにせよ見送るにせよ、その中で使われているベクトルDBという技術の特性を知っておくと、業者の提案を聞くときや自分で検討するときに判断しやすくなる。少し技術的な話になるが、中身を理解しておいて損はない。

ベクトルDBとRDB(リレーショナルデータベース)は、同じ「検索」でも解いている問題が根本的に異なる。

RDBは「文字の並び」で検索する。「ステンレス」で検索すれば「ステンレス」を含むレコードだけが返る。完全一致や前方一致といった、確実な検索が得意な道具になる。

一方、ベクトルDBは「言葉の意味」で検索する。文章を数値の座標に変換し、座標同士の近さで「意味が似ている」かどうかを判定する。「ステンレス」で検索したときに「SUS304」や「耐食鋼」が近い結果として返ってくるのは、この仕組みによるもの。

「意味で検索できる」の落とし穴

ベクトルDBで知っておくべきは、データの入れ方で検索精度が変わること。たとえば「材質:SS、Φ400」のような簡潔な記述よりも、「材質はSSです。直径は400です」のように文章として入れた方が精度が上がる。AIが単語間の関係性を文脈から読み取るため、文としての構造があった方が意味の抽出がうまくいく。

つまり、ベクトルDBは「入れたデータがそのまま返る」道具ではなく、「入れ方次第で結果が変わる」道具になる。この性質を知っておくと、業者から「ベクトルDBで検索精度が上がります」と言われたときに、何がどう上がるのかを具体的に聞ける。

製造業のデータで考える使い分け

ここが一番大事なところ。中小製造業のデータには、数値や型番のように確定的なものと、備考や過去の経緯のように文章でしか残っていないものが混在している。

RDBが適するデータ:

  • 材質コード、型番、単価など「1文字の違いも許されない」検索
  • 径や重量の範囲検索(100mm〜200mmの間、など)
  • 受注件数の集計、納期順のソート

ベクトルDBが適するデータ:

  • 見積の備考欄、過去のトラブル対応メモなど自由記述の検索
  • 表記ゆれを超えたマッチング(「アルミ」と「軽合金」、「ポンプ用の軸」と「回転軸(ポンプ向け)」)
  • 「前に似たような案件なかったか」という曖昧な問いに対する検索

数値や確定コードをベクトルDBで検索するのはリスクが高い。「近い」結果が返ってくるだけなので、正確性が求められる場面には向かない。逆に、RDBでは備考欄の中身を意味で引っ張ることはできない。

どちらか一方ではなく組み合わせる

実務では、RDBとベクトルDBを組み合わせて使うのが現実的な構成になる。

たとえば、材質と径の絞り込みはRDBで確実に行い、過去の類似案件や加工時の注意点といった「文章の中にしかない情報」をベクトル検索で引き出す。構造化されたデータと自由記述を、それぞれ得意な道具で扱う考え方になる。

自分がシステムを組むときも、最初からこの組み合わせを前提にすることが多い。RDBだけでは備考欄や過去の知見が拾えず、ベクトルDBだけでは正確な値の検索ができない。両方の特性を知った上で使い分けることが、RAGを含めたAI活用の判断にもつながってくる。


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AIの構造とプロンプト手法

なぜ知っておくか

AIは仕組みを知らなくても使える。ただ、なぜこのプロンプトが効くのか、なぜ長い会話の途中で前の話を忘れるのか、RAGはどういう原理で動いているのか——仕組みを少し知っていると、こういった疑問のほとんどに説明がつく。

「ステップバイステップで考えてください」が精度を上げる理由、コンテキストの最初と最後が優先されやすい理由、ハルシネーションを完全に防ぐ方法がない理由。使い方の判断に直結する知識は、思ったより少ない。

この記事はLLMの内部構造とプロンプト技法の整理メモ。深く理解する必要はないが、この程度を知っておくと使い方の引き出しが増える。

データ構造

辞書は概念では2つ、実質1つで管理している。

  • トークナイザ辞書:文字列をトークンに分割するルール集
  • トークンID辞書:トークンと整数IDの対応表

行列は大枠で4つある。

  • エンベディング行列:トークンIDを座標(ベクトル)に変換する
  • アテンション行列:アテンション処理用の行列(Wq・Wk・Wv・Wo)
    • 処理中にアテンションスコア行列(QとKから作られる一時的な行列)が生成される
    • Q・KはWq・Wkから得られる中間結果
  • フィードフォワード行列:文脈を踏まえた上で意味を深掘りする知識の源泉
  • 出力行列:最後のトークンの座標を次のトークンの確率分布に変換する

処理の流れ

(1) トークナイザーで分割

入力テキストをモデルが扱える単位(トークン)に分割する。
「りんごが好き」→「りんご」「が」「好き」

(2) トークンID辞書でトークンを整数に変換

分割されたトークンを整数IDに変換する。
「りんご」→ 12045

(3) エンベディング行列から座標を取得

整数IDに対応する多次元の座標(ベクトル)を取得する。これが以降の計算のスタート地点になる。
12045 → [0.23, -0.87, 0.41, …]

(4) アテンション処理:文脈を取り込んで座標を更新

各トークンは(3)の座標をスタートとして、アテンション行列をかけて座標を移動させる処理を繰り返す。

BERT(双方向)とGPT/Claude(一方向)の違い

BERTはすべてのトークンが互いに参照し合う双方向の設計になっている。

  • 「りんご」は「が」「好き」を吸収して座標が変わる
  • 「が」は「りんご」「好き」を吸収して座標が変わる
  • 「好き」は「りんご」「が」を吸収して座標が変わる

GPT/ClaudeはCausal Masking(一方向)の設計で、前のトークンしか参照できない。

  • 「りんご」は他のトークンを参照しない
  • 「が」は「りんご」だけを参照する
  • 「好き」は「りんご」「が」を参照する

BERTの用途:文章を「理解・分類」するタスク向き

  • Google検索(2019年〜)
  • RAGのベクトル検索部分(BERT系アーキテクチャが使われることが多い)

吸収には重みがある

「どのトークンにどれだけ注目するか」のスコアを計算して重み付きで取り込む。その重みの計算にQuery・Key・Valueという3つの行列を使う。

  • Query:「自分は何を探しているか」
  • Key:「自分は何を持っているか」
  • Value:「実際に渡す情報」

各トークンがQueryを出し、他のトークンのKeyと照合して注目度を決め、Valueを重み付きで集める。この処理が層ごとに繰り返される。層が進むごとに、単語レベルの関係から文レベル、さらに抽象的な意味へと座標が移動していく(大規模モデルだと80〜100層以上)。

KVキャッシュ

過去のトークンが計算した「Key」と「Value」はメモリに保存しておく。新しいトークンが生成されたときはその新トークンの分だけを計算し、過去のキャッシュと合流させる仕組みをKVキャッシュと呼ぶ。

フィードフォワード(知識の源泉)

各層ごとにアテンションの後にフィードフォワード処理がある。1層の中で座標は2回動く。アテンションで他のトークンの情報を取り込み(「りんご」が「好き」の影響を受けて「好意の対象としてのりんご」という文脈上の位置に移動する)、次にフィードフォワードで自分の座標だけを内部変換する。他のトークンとは無関係に、自分が持っている知識(果物、赤い、甘い、食べ物…)の中からその文脈に関連する意味を座標に反映させる。この「自分が持っている知識」がフィードフォワード行列に格納されている。

(5) 最後のトークンの座標から次の単語の確率を生成

プロンプトの最後のトークンの座標だけを使って次の単語を予測する。

  1. 最後のトークンの座標に出力行列をかけて確率分布に変換する
  2. Temperatureの設定に合わせて次のトークンを選ぶ
  3. 選んだトークンを入力に加えて(1)から繰り返す

Temperature

Temperatureはトークン選択の確率分布の広がりを制御するパラメータ。

  • 0.0〜0.3:決定的(正確性重視)
  • 0.7〜1.0:標準
  • 1.0超:ランダム・創造的(モデルによっては1.0が上限。Claude APIなど)

コンテキストの特性

最初と最後のプロンプトが優先される仕組み

コンテキストウィンドウ内の全トークンに対してattentionを計算するため、原理的には古いトークンも新しいトークンも同等に「見える」。ただし実際には位置によるバイアスがある。

  • RLHF:最新の指示に従う挙動が学習で最適化されている
  • Positional Encoding:位置情報の扱い方はモデルによって異なる。原典のTransformerは埋め込みベクトルへの加算方式だったが、現在の主流はRoPE(Rotary Position Embedding)で、各アテンション層でQ・Kに対して回転行列として直接適用する。ALiBiのようにアテンションスコアにバイアスを加える方式も存在する
  • Lost in the Middle問題:コンテキストの中間部分は最初と最後より注目されにくい傾向がある
  • 構造的な理由:早いトークンほどそれ以降のすべてのトークンから参照されるので計算全体への影響が大きくなる

「ここまでの会話は忘れて」はある程度有効だが、影響は残ると考えておくのが妥当と言える。

強調の影響力

最初のプロンプト群はKVアンカーとして強力で、強調ワードや明示的な区切りよりも優先される。強調ワードや区切りはモデルが学習でそれを重要視するよう最適化されているか次第で、構造的な保証はない。ロールの変更はRLHFで最適化されているので途中でも効果が出やすい。

ハルシネーション

現状のLLMにはハルシネーションを確実に検知する方法がない。対策として使えるのは以下の3つ。

  • 確信度を聞く:「この回答の確信度は?」と直接聞く
  • 別の言い方で複数回聞く:ハルシネーションは一貫しないことが多い性質を利用する。ただし学習データに偏りがある場合やもっともらしい答えが1つしかない場合は一貫して同じ嘘をつくこともある。またTemperatureが低い設定だとハルシネーションでも毎回同じ答えが出てくる
  • 具体的な根拠・出典を求める:WebSearchでURLが存在していてその内容が正しいなら正確性は高いと言える

ロール

会話には3つのロールがある。

ロール 役割
システム 性格やルールを定義
ユーザ ユーザの発言
アシスタント AIの回答

プロンプトの中では各ロールが制御用マーカーで区切られているが、AIにとってはすべて「入力」として一続きに処理される。「どこまでが自分の過去の発言か」という区別はなく、全部が等しくトークンの列として見える。

RAG

RAGはユーザーが書いたプロンプトと同じ扱いになる。プロンプトに毎回膨大な情報を書けないので、ユーザーのプロンプトから関係ありそうな情報をベクトルデータベースで参照して追加する仕組みになっている。

プロンプト手法

基本の考え方:

  • 主語を省略しない
  • 指示語(こそあど)や程度語は具体的に
  • 指示と素材のセクションを分ける
  • タスクは分割する

Chain-of-Thought (CoT)
ステップバイステップで中間的な推論を出力させる。より複雑な思考が必要な場合、答えに至る思考プロセスを1〜2個例示としてプロンプトに含める。弱点として間違った方向に進むと修正できない。
※プロンプト:「ステップバイステップで考えてください。論理的に一歩ずつ順を追って説明してください。」

Tree-of-Thoughts (ToT)
複数の解決策を出し、それらを自己評価・選別し、最善の道筋を絞り込む手法。
※プロンプト:

  1. 複数の案を出させて思考を枝分かれさせる
  2. 各案の欠点や利点を評価させる
  3. 評価の高い案での思考を前進させる
  4. 全ての案を俯瞰して合理的な結論をださせる

Step-Back Prompting
具体的な問題から一歩引いて、背後にある一般原理や概念を先に特定させてから回答させる手法。原則に立ち返ることでハルシネーションを抑制し精度を高めることができる。
※プロンプト:いきなり「どうすればいい?」ではなく「基本的な仕組みは?原則は?」と質問し、その答えを踏まえてどうすればいいか確認する。

Self-Consistency
同じ問題に対して複数の推論パスを実行し、最も多い回答を最終解とする(多数決)。正しい答えは一致しやすく間違いはバラバラになりやすいという性質を利用している。

Chain-of-Verification (CoVe)
回答に含まれる事実を自ら検証してから最終回答を出す手法。

  1. 回答を生成させる
  2. その回答が正しいか確認するために自問自答させる
  3. 最初の回答と自問自答を照合して最終的な回答にする

Self-Ask
複雑な質問に対し自分への追加の質問を繰り返し行い、その答えを積み上げて最終回答を導く手法。

Reflexion
失敗やエラー結果をフィードバックとして受け取り、次の試行で修正する反復プロセス。

Meta-Prompting
プロンプトの書き方や構造そのものをAIに定義させる、あるいはプロンプトを生成するためのプロンプト。

Few-shot / One-shot / Zero-shot
例示の数による学習制御。

Rephrase and Respond (RaR)
AIにユーザーの質問をより理解しやすい形に「言い換え」させてから回答させる。

Flipped Interaction
AIに先に質問をさせ、ユーザーがそれに答えることで必要な情報を揃えてからタスクを実行する。


LLMと製造業の実務がどうつながるか:

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中小製造業の内製DXシリーズ ── 記事一覧

受注生産・多品種少量の中小製造業で、社内SEとして内製DXに取り組んできた経験をもとに書いた記事シリーズです。高額なパッケージ導入ではなく、自社の業務を理解した上で、身の丈に合った仕組みを内製で作るという考え方を軸にしています。


品質管理

品質管理をデータ管理の視点から捉えた記事です。

考え方

社内SEとして10年働く中で辿り着いた、仕事の進め方や知識との付き合い方についての記事です。

著者について

神奈川県小田原市を拠点に活動しています。中小製造業(受注生産・多品種少量)で生産管理を10年、社内SEを10年やってきました。現場で業務の流れを一通り覚えてから社内SEに転じたため、「今あるデータから何が見えるか」を業務の文脈で判断することを得意としています。

大手テック系企業の広報チームに参画し、メディアアプローチやプレスリリースを担当した経験があり、HPや社外向けの情報発信まで、ものづくりの文脈から一緒に考えられます。

このシリーズは、高額なパッケージに頼らず、身の丈に合った仕組みを自分たちで作りたい中小製造業の方に向けて書いています。数十人〜百人規模の会社に本当に必要なのは「あるべき姿」の提案ではなく、今あるデータから始めて原価・納期・在庫を少しずつ見える形にしていくことです。

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数十人〜百人規模の中小製造業(受注生産・多品種少量)を対象に、月額定額の相談サポートをお受けしています。

「社内にいないタイプの知識を持った、気軽に相談できる人が欲しい」という会社向けのサービスです。原価・納期・在庫の見える化、Excel・VBAの整理、内製ツールの設計、ツール選定の相談など、業務とITの両面から対応します。

非同期(チャット・メール)メインで、平日夜・週末に対応します。月額定額なので、都度見積もりなしに気になったことをそのまま聞ける形です。まずはスポットの相談からでも構いません。

神奈川県小田原市拠点。訪問対応については別途ご相談ください。

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